32.杞人天憂
(うわっ!! 可愛いいーーーーっ!!!!)
天馬はそう大声で叫びたくなるのを必死に堪えた。
架純と佳代。白と青のビキニを纏ったふたりは、まさに天から降りて来た天使のようであった。
「どうですか~、天馬さん??」
架純が一歩前に出てクルッと一回転し、その見事な肢体を天馬に見せつける。
真っ白なビキニに負けないぐらいの白い肌。程よく肉の付いた肢体に大きな胸。これがとても高校生かと思うレベルの見事なスタイル。
「か、可愛いと思うよ……」
辛うじて絞り出したひと言。前に試着の際に見てはいるが、改めてこうして太陽の下で見る架純のビキニ姿はこの上なく尊いものであった。
「あ、あの……」
その架純の後ろで顔を赤くしている佳代が小さな声で言う。
(こ、これもまた格別っ!!)
取引先の制服のイメージが強い佳代。だが脱いで見ると、架純とは違ったスタイルの良さが天馬を圧倒する。長い足に無駄な肉のない肢体。胸は控えめだが、佳代の性格と相まって奥ゆかしさがある。何より制服のイメージしかない佳代が、『ビキニ』を着て目の前にいるという状況に妙に興奮する。天馬が言う。
「よ、よく似合ってますよ……」
「ありがとうございます……」
佳代が下を向き顔を真っ赤にする。
(『生駒佳代』で褒められた!!)
恥ずかしがる仕草とは別に、内心爆発するほどの嬉しさを感じる佳代。両手を上げて走り回りたいぐらいだが、さすがにそれはできない。
架純が天馬の傍に立ち、お腹や腕を突きながら言う。
「うわ~、天馬さん。すごくいい体~」
「ちょ、ちょっと架純ちゃん!?」
実際天馬の体は以前とは別人のように引き締まっていた。
何か月も続けた朝晩のバスケの猛特訓。投げて拾う、という単純動作の繰り返しだが、汗だくになって何時間も続けた結果天馬の体は見事に仕上がっていた。
(あ、あんなにすごい体していたの? 西園寺さんって……)
佳代も同様にスーツやワイシャツ姿の天馬しか知らない。初めて見る上半身の筋肉を見て思わずうっとりとする。
(私も触りたい!!)
同時に、架純を見て自分も触りたいと気持ちを抑えられなくなる。
すっ……
自然と手が伸びた。
天馬の腕に自然と佳代が手を回す。
(え!?)
驚いたのは天馬。佳代とは触れることすらなかったのに、いきなりの腕組み。それを見た架純も負けじと反対側の腕に手を回す。
「さ、泳ぎましょ!!」
「わわっ!?」
ふたりの天使に引っ張られるように天馬はプールへと連れて行かれた。
「何か飲み物買ってきますね!」
たくさんの人で賑わうプール。パラソルの下のチェアーで寛ぐ天馬達。架純が立ち上がって飲み物を買いに歩いて行った。
(めっちゃいいスタイルだよな……)
後ろから見てもよだれが出てくるような架純の水着姿。もちろん朝からずっと男達の視線を集めている。
(西園寺さんと、ふたりきり……)
佳代はこの薄っぺらい布切れだけで天馬と向き合わなければならない状況に焦り始める。コスをやっている時には全く感じない恥ずかしさ。肌を出しても堂々していられる『かよん』とは全く違う感覚。佳代が恐る恐る尋ねる。
「あの……」
「はい?」
天馬が佳代の方を向く。
(み、見られてる……、恥ずかしい!!)
佳代は天馬の視線が自分の体に向けられていることを感じ体中真っ赤になる。それでもやはりそれは聞いておきたい。
「水着、変じゃないですか……?」
「え? 俺の水着、変?」
佳代が慌てて両手を振って答える。
「い、いえ!! 西園寺さんのじゃなくて、わ、私のです……」
最後は消え入りそうな声になる佳代。天馬が言う。
「か、可愛いと思いますよ」
「本当ですか……?」
「ええ」
天馬自身、こんな会話を佳代とすること自体不思議な感覚であった。佳代は取引先のお客様。今は違うとはいえ、やはりこうして一緒にプールに来ていることが不思議で仕方ない。
佳代がチェアーに座りながら真っすぐプールを見つめながら言う。
「『生駒佳代』は本当にダメな人間で、仕事も辞めてしまって自暴自棄になりながら毎日を過ごしています……」
「生駒さん……?」
天馬が佳代を見つめその話に耳を傾ける。
「毎日が怖いんです。朝目が覚めること、一日が始まること、時間が過ぎること。そのすべてが」
天馬は黙って話を聞く。
「コスが好きで『かよん』も頑張ってますけどこれだけで食べていけないですし、もう二十六ですからこの先そんなに長くは続けられないですよね」
そう言いながら買い物に行った架純の方を見つめる。若くて綺麗な子がどんどん出て来るコスの世界。少しばかり有名になっても、多くが年齢と共に辞めてしまう。
「母親には早く就職しろって言われてるんです。毎日」
そう苦笑しながら話す佳代が天馬の顔を見て尋ねる。
「西園寺さん。私、ダメな人間ですよね」
驚いた顔をした天馬が言う。
「え、どうしてですか? そんなことないと思うけど」
「本当ですか?」
「ええ。だって会社にお邪魔していた時だって、生駒さん、すごく丁寧にお茶出してくれて、暑い時なんか本当に冷たいお茶が美味しくて、俺、ちょっと楽しみにしてたんですよ」
「それは……」
それは天馬に少し気があったとは恥ずかしくて言えない。
「それに、今の生駒さんだってすごく魅力的ですよ」
「えっ……」
佳代が目をぱちぱちさせて天馬を見つめる。
「コスやるのって結構スタイルとか気にしなきゃいけないんですよね? どんな衣装でも似合うように」
「は、はい……」
スタイルだけじゃない。肌の艶や髪の痛みなどにも日頃から気を配っている。
「今日の水着だってすごく似合ってるし、正直目のやり場に困るぐらいで……」
そう言いながら下を向く天馬を見て佳代は『可愛い』と思ってしまった。
「気付いていると思うけど俺も結構オタキャラで、こんな場所、正直眩しすぎて眩暈がするんですよ。そんな俺に比べれば生駒さんは十分すぎるぐらい輝いてますよ」
(あなたが認めてくれたから、『生駒佳代』でいられた。あなたが普通に接してくれたからここまで来れた。あなたが……)
そう思った佳代の目が赤くなる。そして笑顔になって天馬に言う。
「西園寺さん。ありがとうございます」
「え? な、何のことかな……?」
チケット代のことかと思った天馬が少し首を傾げる。
「ジュース買ってきましたよー!!」
そこへ両手に冷たい飲み物を抱えた架純が戻って来る。佳代は溢れそうになった涙をこっそり拭き取り、架純からジュースを貰って笑顔で飲んだ。
翌々日の月曜日。朝食を食べた佳代は、母親がパートに出て行くのを見送ってからスマホを手に大きく息を吐いた。
(やれる、私ならやれる……)
机の上には近くのスーパーに置いてあった求人誌。その中で興味を持った会社の電話番号に赤線が引いてある。
「ふう……」
佳代は再び大きく息を吐いてからその番号に電話を掛ける。
「……はい。はい、ありがとうございました」
佳代が静かに電話を終える。
同時にスマホを両手に持ち胸に当てながら思う。
(西園寺さん、私電話出来ました。面接行けます。やっと一歩、踏み出せました……)
佳代は頬に流れ落ちた涙を自分で優しく拭き取った。
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