31.いざ、天使とプールへ!!

「天馬さーん!!」


「あ、架純ちゃん」


 仕事帰り、改札で待っていた架純はサラリーマン達の雑踏の中から天馬の姿を見つけると満面の笑みを浮かべて手を振った。随分慣れてきたとは言え、制服姿の女子高生に駅構内でこうやって手を振られたり腕を組まれることにはやはり抵抗がある。


「今日も暑いですね!」


「そ、そうだね……」


 組まれた腕に当たる架純の大きな胸。彼女も汗をかいているのかうっすらとブラウスの下の下着が透けて見える。


(いかん、犯罪だぁあああ!!!)


 このような視線を向け、その服の中を想像するだけで犯罪であると自覚する天馬。通報されないうちに暗くなった外へと歩き出す。天馬が尋ねる。



「夕飯まだだよね? 食べる?」


「はい!」


 少し前なら食事に誘っても遠慮する仕草を見せていた架純。最近は天馬の言葉にも随分と素直に応じるようになった。ふたりは腕を組んだまま駅前のファミレスへと入る。




「それで今週の土曜日のプールだけど、どこへ行く?」


 注文を終えた天馬が架純に尋ねる。


「えーっと、公立プール……かな……」


「公立プール?」


 聞いたことがない場所。やや戸惑う天馬に架純がスマホを見せて言う。


「学生ならとても安く利用できるんです……」


 スマホの画面に表示された公立プールのサイトの案内。学生の利用料金はコンビニのおにぎり程度と格安。社会人だってコンビニ弁当程度だ。天馬が首を傾げて言う。



「こんな所へ行くの?」


「え、ええ。ダメでしたか……?」


 ダメではないがサイトを見るに小学生などの子供が多く利用するプールのようだ。特別な施設もない。レジャープールを想像していた天馬が言う。


「もっと民間のところの方がよくない? 流れるプールとかスライダーとかあって面白いと思うよ」


「そ、そうですよね……」


 そう言いながら俯く架純。そんな彼女を見て天馬は察した。



(あ、お金の心配してるのかな?)


 架純はまだ高校生。色々と人間的に敵わない相手だが、最初から彼女にプールのお金など払わせるつもりはない。天馬が自分のスマホを取り出しプールがあるレジャー施設のサイトを開き、架純に言う。


「ここでいいよね? チケットは俺が買うから」


「え? で、でも……」


 ひとり分のチケット代だけでも架純の食費の一週間分弱に相当する。自分なら絶対に買えない。そう思いながら画面を見つめる架純に天馬が言う。


「せっかく可愛い水着買ったんだから、一日遊べるような場所に行こうよ」


「だけど……」


 そう戸惑う架純に笑顔で答えながら天馬がネット決済でチケットを三枚購入。こんな可愛い女子高生と一緒にプールに行けるのならばこの程度の金額なんてことない。架純が申し訳なさそうな顔で言う。


「ごめんなさい。私の我儘の為に……」


 自分が『プールに行きたい』と言ったからと負い目を感じる架純。天馬が笑って言う。


「そんな思いつめたような顔をしないの。架純ちゃんのビキニ姿見られるだけで俺は嬉しいんだから」


 その言葉でようやく笑顔が戻った架純が、テール部の上にあって天馬の手を握りながら言う。



「ありがとうございます、天馬さん!! 架純のビキニが見たいならこれからお部屋に行く時はビキニを着て行きましょうか?」


(ぐはっ!!)


 想像しただけで興奮して顔が赤くなる天馬。架純はそんな彼を笑いながら運ばれて来た料理を口にした。






「おはようございます、天馬さん!!」


「おはよ、架純ちゃん」


 土曜の朝。天馬がアパートのドアを開けるとそこに満面の笑みを浮かべた天使が立っていた。白いTシャツにジーンズをカットしたような短パン。髪はアップに纏められており、普段見ないキャップを被っている。架純が天馬の腕に手を絡めていう。



「さ、行きましょ!」


「う、うん」


 本当にいいのだろうか。自分のようなおっさんがこんな可愛い女子高生と一緒にプールなんて行って。さらに今日はコスプレ天使の『かよん』こと、佳代も一緒に行く。オタキャラの天馬にとって非現実の世界がこれより始まる。




「おはようございます!!」


「お、おはようございます……」


 駅前。約束していた佳代に、架純が元気のよい声で挨拶をする。夏だと言うのに紺色の長スカートに茶色のブラウス。唯一麦わら帽子が夏らしさを感じさせるが、暗いオーラに黒眼鏡がそれを打ち消す。

 佳代が架純が天馬に抱き着くように組む腕を見てむっとして言う。


「西園寺さん、それは一体……」


 天馬は彼女の視線が自分と架純の腕にあることに気付き、慌てて腕を解いて言う。


「あ、ああ、そうだね。架純ちゃん、やっぱりこれは……」


 社会人と女子高生の接触。その禁忌を常に感じている天馬が自然と行動に出る。


「えー、ダメなんですか~? いつもやってるのに……」


 その言葉ひとつひとつが佳代を刺激する。だが架純はやはり皆の上手を行く。



「じゃあ、佳代さん。一緒に行きましょう!!」


「え? ええ!?」


 架純はそう言うと今度は佳代の腕に手を絡めて歩き出す。予想外の行動に唖然とする佳代に架純が耳元で小声で言う。



「今日は勝負ですよ。負けませんから」


 佳代もその言葉で冷静になって小声で返す。


「望む所よ。子供には負けないから」


「ふふっ。さ、行きましょ」


 架純はそんな佳代の言葉にも全く動じることなく腕を取って歩き出す。



「な、仲が良いのかな? あのふたり……」


 腕を組み歩き出すふたりを見て天馬は思わずそんな事を思った。






「西園寺さん、すみません。私の分まで出して貰っちゃって……」


 プールに着いた後、佳代は自分のチケットまでもう購入済みなのを知ってやや驚いた。失業中だけどもう大人。天馬に対して申し訳なくなり謝る。


「いいですって。一応ボーナス入りましたんで」


 金額は少ないが夏のボーナスが出たばかりの天馬。今年はアニメなどに使う分をふたりに使うことにした。架純が佳代の腕を引っ張って言う。


「じゃあ、私達着替えて来ますね~。また後で!」


「あ、ああ……」


 天馬はそう言って佳代と歩き出す架純に、やや戸惑いながら小さく手を振って応えた。





「架純さん。西園寺さんとはどういう関係なの?」


 女性用更衣室に入ったふたり。ロッカーに荷物を入れながら佳代が架純に尋ねる。架純が前を向いたまま答える。


「関係ですか? う~ん、架純は天馬さんのことが好きですけど、そうですね。とりあえずアパートのお隣さんかな」


「アパートの隣……」


 佳代は距離的にも負けていると思った。


「西園寺さんは架純さんとお付き合いしている訳じゃないのよね?」


「私はそう思っていますけど、天馬さんはそう言ってくれないんですよ」


「そりゃ女子高生と社会人じゃ簡単には付き合えないでしょ?」


「えー、でも私、もう十八ですよ。問題ないと思うんだけどな……」


 そう言いながら架純は白いTシャツを躊躇いなく脱ぐ。



(綺麗……)


 女性である佳代ですら思わず見とれてしまう架純の体。無駄な肉がなく均整の取れたスタイル。ふくよかな胸に形の良いお尻。これで女子高生、やや童顔である架純は正に男の理想。逆に架純が尋ねる。



「佳代さんも天馬さんのことが好きなんですか?」


「……」


 ここで即答できないのが悪いところ。臆病な『佳代』が口を重く塞ぐ。



「好きなんですよね? 見れば分かりますよ」


「う、うん……」


 架純はそう言いながら天馬に買って貰った白いビキニへと着替えて行く。見事な体。同じ女性の佳代ですら触りたくなる。タオルを巻いてさっと着替える架純に対して、佳代は少し離れたカーテン付きの更衣室へと歩き出す。



(私も負けたくない……)


 頑張って買った青いビキニ。胸の部分にひらひらの付いた可愛らしいもの。これを見た天馬がどういった反応を示すのか。怖い。恥ずかしい。だけど前に進むためには乗り越えなきゃならないこと。



(あっ、カワイイ……)


 青ビキニに着替えて出てきた佳代を見て架純は素直に思った。

 黒眼鏡は掛けたままだがポニーテールの黒髪が歩く度に左右に揺れ、すらっとした長い足に映える青いビキニ。胸も大きくはないが均整の取れたモデルタイプ。私服とは真逆のイメージを与えてくる。佳代が少し引きつった顔で言う。



「さ、い、行きましょうか」


「あ、はい!」


 架純と佳代はふたり並んで天馬の待つプールサイドへと歩き出す。この後ふたりの天使による天馬争奪戦が開始される。

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