28.天馬と架純の約束
「でさぁ、えっ!? とか思ってぇ~!!」
「マジ受けるぅ~!!」
天馬の会社の事務所。相変わらず無駄話の多い女性社員。気を遣う客先へのメール構文がきちんと打てなく苛立つ天馬。仕方なしにコンビニにコーヒーを買いに席を立つ。
(ああ、くそっ。何しに会社来てやがるんだよ)
とにかくうるさい。顧客先からの電話がかかって来ようが大声で笑ったりしている。恥ずかしくないのか、社会人にもなって。イライラしながら廊下を歩く天馬がスマホを見ると、佳代からのメッセージが届いていることに気付いた。
『明日、お伝えした場所で待っています』
天馬がスマホを見たまま無言となる。
明日はいよいよ『
『西園寺さん、私と一緒に三方祭りに行ってくれませんか』
そう誘われた天馬が申し訳なさそうな顔で答える。
『ごめんなさい。一緒に行くって約束した人が居て……』
『女性の方なんですか?』
『ええ……』
佳代は追加したビールをグイッと飲んでから言う。
『待っています。それでも私、待っていますから』
「はあ……」
アルコールが入っていたとは言え、控え目な佳代の性格から考えてとても勇気の要る言葉だったに違いない。自分ならあんな言葉言えない。だから断るのが辛かった。天馬は廊下で立ったまま佳代に返事を返す。
『ごめんなさい。やはり行く約束があるので……』
『待っていますから』
早い返事。もう何を言っても無駄なようだ。
(せっかく架純ちゃんに許して貰ったんだから、俺はそっちをきちんとしなきゃ)
佳代のコスプレである『かよん』は確かに応援している。そんな彼女から一緒に行こうと誘われたことは身に余る光栄だと思うが、天馬は自分の中でいつも笑顔で接してくれる架純のことが忘れられない。いいおっさんが女子高生と何を期待しているんだ、とやや自虐的になるのだがこれが本心だから仕方ない。
「おい、西園寺!!」
そんなことを考えていた天馬に専務が青い顔をして小走りに掛けて来た。
(あ、絶対ヤな案件……)
もう雰囲気というかオーラと言うか、同じ空間を共有しているだけで伝わる『
「西園寺、えらいことになった!! T製作所の納期が遅れそうなんだ!!」
「え、納期!?」
商社に限らず『納期が遅れる』と言うのは絶対にあってはならないこと。信頼が取引を左右するとも言えるこの世界で、納期遅れはやってはいけない最たるもの。T製作所の担当は愛想の良い後輩の佐山。その前はもちろん天馬自身だった。専務が言う。
「今、大至急で間に合わせるようにしているが、どうやっても明日になってしまいそうなんだ」
明日と言えば土曜。品物が入って来たとしてもそこから書類作成や、更に取引先への謝罪にも出向かなければならない。専務が申し訳なさそうに言う。
「悪い、西園寺。明日、佐山と一緒に対応に当たってくれないか」
「え、明日ですか!?」
明日土曜日は『三方祭り』。話からすると夜までかかってもおかしくない事態。
(どうしよう……、架純ちゃんとお祭りに行く約束が……)
そう思いつつも必死に懇願する専務を見てそれを断ることはできなかった。
「ねえ、架純~。明日の三方祭りって、結局一緒に行けるの~??」
高校の教室。昼ごはん時間、向かい合って弁当を食べる友人の真由が架純に尋ねる。真由は以前から架純と天馬と一緒に行きたいと誘っているのだが、何度も断られながらもまだ諦められないようだ。架純がため息をついて答える。
「だから行かないって。私は天馬さんとふたりだけで行きたいの」
白米におかず一品という質素な弁当。それをパクパク食べながら架純が答える。真由が自慢のポニーテールを揺らしながら尋ねる。
「え~、だってふたりが一緒の所みたいじゃん。架純、天馬さんのこと話す時、超デレて可愛いしー」
「何それ? 変わらないわよ、何にも」
そう言いつつも明日の天馬との踊りを想像し段々と顔がデレてくる架純。真由が言う。
「ほらー、それそれ!!」
「変わらないってば! 真由は
「え~、いいじゃん。架純の浴衣姿見たいよー」
架純は明日の祭りの為に、食費を切り詰めて安物だが浴衣のセットを買った。すべては天馬の為。明日、天馬に見て貰いたい為。可愛い彼女として横に立つ為。そして佳代に負けたくない為。
(あっ、天馬さんからだ)
そんな彼女の目に、天馬からのメッセージ受信の表示が映る。すぐに確認する架純。だが同時にスマホを持つ手が固まる。
「架純? どうしたの??」
固まったまま動かない架純が、小さな声で言う。
「天馬さん、明日仕事が入ってお祭り行けないかもしれないんだって……」
そう答える架純の目は既に悲しみで潤み始めていた。
「西園寺さん、本当すみません……」
会社を出ようとした天馬に、後輩の佐山が駆けて来て頭を下げて言った。明日の土曜日、彼のミスで納期遅れが確定し、その対応で休日出勤となった天馬。今日できるだけのことはやったが、もうこれ以上は明日頑張るしかない。天馬が言う。
「仕方ないよ。やれるだけのことはやろう」
「はい、すんません……」
天馬は自分の仕事が全くできずに、疲労感だけを残して帰宅する。そして電車の中でスマホを見て再度ため息をつく。
(架純ちゃん、めちゃくちゃ怒ってるな……)
ようやく佳代との誤解が解け機嫌を直してくれた架純。それが突然の仕事で明日のお祭りに行けないと知り、再び激怒している。
(いや、怒っていると言うより悲しんでいるって言った方がいいのかも……)
天馬は申し訳ない気持ちで急ぎ駅へと向かう。
「天馬さん!」
「架純ちゃん」
駅の改札。制服姿で天馬を待っていた架純が泣きそうな顔で駆け寄って来る。そして尋ねる。
「本当なんですか、明日仕事って!?」
「うん。後輩がミスしちゃって、そのフォローに行かなきゃならないんだ。ごめん」
もうすでに架純の目は涙で溢れそうになっている。
「じゃあ、お祭りは? 架純と一緒に行ってくれるんじゃないんですか?」
「ううっ、ご、ごめん。できるだけ早く終わらせてすぐに駆け付けるから」
本当に申し訳ない。せっかく楽しみにしていてくれたのに。本当は仕事なんて行きたくない。架純と一緒に祭りに行きたい。だが天馬もサラリーマン。会社の命令には逆らえない。架純が尋ねる。
「本当は佳代さんと一緒に行くんじゃないですよね……」
天馬が首をブンブン振って答える。
「違う違うっ!! 生駒さんのはちゃんと断ったって言ったでしょ」
「そうだけど……」
やはり架純としては納得いかないようだ。なぜ休日に仕事をするのか。月曜じゃダメなのか。高校生の架純には頭で理解できても感情的には理解できない。むっとした表情の架純に天馬が両手を合わせながら言う。
「今日の夕飯おごるから。ね、ごめん!!」
「またそうやって物で釣るぅ~」
少し笑みになった架純。天馬が尋ねる。
「嫌だった?」
「嫌な訳ないでしょ!! さ、何おごってくれるんですか??」
そう言って天馬の腕に手を絡め歩き始める架純。
「架純ちゃんの好きなもの」
「高くつきますよ~」
「どうぞどうぞ」
唯一架純にマウントを取れる話題。腕を引っ張って歩く架純に天馬が言う。
「架純ちゃん」
「ん、なんですか?」
横を向き顔を上げて尋ねる架純に天馬が言う。
「明日、絶対行くから」
「はい。待ってます」
天馬は誓った。
彼女の笑顔を奪うようなことは、何があってもしちゃいけないんだと。
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