27.激おこ天使ちゃん
「この女、誰なんですか!!」
夕方過ぎの駅。改札横で仁王立ちした架純がむっとした表情で天馬に言い放った。手のスマホにはいつ撮られたのか昨日の佳代との食事の写真。ただでさえ女性経験の少ない天馬には、もうこれだけでお手上げ、全面降伏の心境であった。
「か、架純ちゃん。それは……」
「誰だって聞いてるんです!!」
周りのサラリーマンや学生達がちらちらとふたりの様子を見ながら歩いて行く。駅前で起きたプチ修羅場。そんな風景を興味深そうに皆が横目で見ていく。天馬が答える。
「取引先の事務だった人で、偶然街で会って……、一緒にお昼をって……」
混乱する頭で必死に説明する天馬。架純が顔を近づけて言う。
「彼女じゃないんですね??」
「はい……」
「本当に彼女じゃないんですね!!!」
「違います。それは絶対に……」
こんな時でも『本当は架純ちゃんを彼女にしたい』等とは決して言えない。相手は女子高生。社会人とは交わることのできない存在。
腕を組んで、じっと天馬を見つめる架純の表情が徐々に緩んでいく。
「いいです。信じます。でも、架純は怒ってるんですからね!!」
「はい、ごめんなさい……」
最後は立てた人差し指を振りながら、まるで子供を叱るように言う架純。天馬ももちろん叱られた子供のようにしゅんとして下を向く。
架純とは付き合っていない。彼女でもない。だから叱られること自体本来はおかしな話なのだが、血が頭に上って怒る架純を見て天馬は無条件で白旗を上げる。
その後ふたりは場所をファミレスに変えて尋問が続けられる。
「……なるほど。取引先の事務の方で、今はコスプレイヤーなんですね」
「うん……」
そう言いながらスマホに映し出された佳代のコスプレ写真、『かよん』を架純が無表情で見つめる。真由が撮って来た写真は暗そうな女性で心のどこかで安堵のようなものを感じていた架純だが、このコスプレ写真の彼女はかなり危険度が高い。美人だし色っぽいし、何より女性として自信に溢れている。
「それで天馬さんはコスプレとかが好きなんですか?」
「うん、それほどって訳じゃないけど、嫌いじゃないかな……」
もうどんな恥ずかしいことでも言わなきゃならないと覚悟した天馬。徐々に露出されていく自分の性癖を前に先程から汗が止まらない。
「コスプレ、ねえ……」
じっとスマホの写真を見つめながら架純が小さく言う。天馬が恥ずかしそうに言う。
「ごめんね。なんかキモいよね……」
きっと普通の子にはこういうのは理解されない。そう思って言った天馬に架純が意外な言葉を口にする。
「私も、やってみようかな……」
「え?」
スマホをじっと見つめる架純を、天馬がじっと見つめる。気のせいか、今架純がコスプレをやると言ったような気がする。
「架純ちゃん、コスプレ興味あるの……?」
架純が顔を上げて答える。
「負けたくないんです。誰にも」
何の誰に対して怒っているのか理解できない。架純が運ばれて来た料理を口にしながら天馬に尋ねる。
「それで今週の土曜日の『
(あっ)
天馬が思い出す。佳代からも一緒に行って欲しいとお願いされたことを。返事が一瞬遅れた天馬を見て架純が問う。
「まさか、その佳代さんって方からも誘われたとか?」
(うぐっ……)
こういう時の架純の勘は背筋が凍るほど鋭い。返事が来ない天馬に架純が言う。
「誘われたんですね。まったく……」
再び不機嫌モードに入った架純。その怒りを鎮めるかのように水をごくごく飲み干す。天馬が思う。
(でも『三方祭り』に行くってことは男女が付き合うというか、一緒になりたいって訳で……、架純ちゃん、まさか俺と本気でそんな風に思っているのかな……)
天馬なりにこれまでの架純の行動は単にからかっているか、何か『助けて欲しいこと』があってその為にやっているものだと思っていた。だが、『生涯を共にする』と言った云われがあるお祭りに誘うと言うことは、またそれはそれで意味が違って来る。
(本当に可愛くて、魅力的な子なんだよな……)
艶のある長い黒髪。透き通るような白い肌。制服の上からでも分かる大きな胸。長い足にツンと上がったお尻。美少女であり守ってあげたくなるような瞳。女子高生でなければどれだけ我慢できていたか分からない。
(いやいや。勘違いするな、天馬よ。彼女は理由があって俺に近付いている。そこ、間違えるな)
これまでの天馬のヘタレ人生を鑑みるに、やはりこれには何かの理由があるべきだ。どう考えてもそう思わざるを得ない。ずっと黙り込む天馬に架純が苛立ちながら言う。
「まさか悩んでいるんですか!!」
「え? そ、そりゃ悩むよ……、こんなに可愛いんだし……」
「なっ!?」
それを聞いた架純の顔が一気に真っ赤に染まる。持っていたコップをバンとテーブルに置いて言う。
「そんなに可愛いんですか!! その佳代とか言う女が!!」
「え?」
言われた天馬が唖然とする。
「それだから迷っているんですね!! 天馬さん、うっ、ううっ……」
それまで怒っていた架純が急に涙目になる。呆然と目の前の光景を見つめてその顔が悲しみに包まれる。天馬が慌てて否定する。
「ち、違うよ!! 違う違う!!」
「何が違うんですか!」
「か、可愛いと思ったのは架純ちゃんのこと!!」
「え、私……??」
架純が目に溜まった涙を指で拭いながら尋ねる。
「私が、可愛いんですか……?」
天馬が恥ずかしそうに答える。
「う、うん。そうだよ……」
「本当に?」
「本当」
架純が少し笑顔になって言う。
「どうしてそう言う大切なことをもっと早く言ってくれないんですか?」
「いや、だって女子高生の架純ちゃんにそう言う感情は持っていけないと言うか、検挙されるし……」
架純がため息をついて言う。
「架純のことそういう風に思っていけないなんて誰が決めたんですか? それにそんなことで検挙なんてされませんよ!」
「だ、だけど……」
「架純は怒ってるんですからね!!」
「ごめんなさい……」
今回はやはり色々自分が悪い。反省すべき点がいくつかある。客観的に観れば謝ることなどそれほどないような気もするのだが、やはり架純には敵わない。自然と謝ってしまう。架純が尋ねる。
「それで、お祭りは誰と行くんですか?」
「架純ちゃん……」
架純が耳に手を当てて尋ねる。
「聞こえません。もっと大きな声で」
「架純ちゃんと行きます!!」
「うむ。よろしい」
ようやく笑顔が戻った架純。それに安堵したのか天馬が言う。
「本当にごめんね、架純ちゃん」
「また謝る! 天馬さんは悪いことなんてしてないじゃないですか」
そう言う自覚が彼女にあったのかとやや驚く天馬。架純が言う。
「それじゃあ許してあげる代わりに、あれ、飲んでみたいです」
そう言って彼女が指さしたのは、窓から見える道路沿いに建つカフェのお店。
「あそこのフラッペ、飲んでみたいです……」
それは有名カフェチェーン店のフローズン状のドリンク。中高生の間でとても流行っている飲み物。それを見た天馬が言う。
「うん、いいよ!」
「でも結構高いですよ……」
架純にとっては普段の生活では決して飲むことのない高価な飲み物。言わば贅沢品だ。天馬が言う。
「いいって。値段は気にしないで。俺、社会人だし、架純ちゃんが喜んでくれるならそれだけで嬉しいよ」
架純がテーブルの上にあった天馬の手を両手で握って言う。
「ありがとうございます、天馬さん。やっぱり天馬さんは可愛いなぁ」
そう言いながら天馬の手を頬に当て嬉しそうにする。
(架純ちゃん、やっぱりマジ天使だ……)
隣に住む天使の笑顔。天馬はそれを見て心の底まで魅了されていることに改めて気付いた。例えそれが『悪魔のような天使ちゃん』であったとしても。
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