25.天使のライバル?
「佳代さん、コスプレやってますか?」
佳代は耳を疑った。
なぜ知っている? なぜバレた? なぜ……
目が泳ぐ佳代を前に天馬が続けて言う。
「俺、あるコスプレやっている人のファンで、隠れですけど応援していて、SNSもフォローしていて……」
(あっ)
佳代は気付いた。
(さっきの投稿、見られちゃったんだ……)
アルコールも程よく回り、浮かれ気分で上げた投稿が見られてしまったらしい。軽はずみな投稿や、場所を特定される写真、個人情報などには十分注意していたのだが、アルコールと天馬との食事に浮かれていた彼女にそんな注意力はなかった。
佳代がふうと息を吐いてから覚悟を決めて言う。
「そうですか。バレちゃいましたね。はい、私が『かよん』です……」
後ろでひとつ結びされた真っ黒な髪、黒縁の眼鏡。まるでそんな雰囲気はない佳代だが、『かよん』と名乗った時の自信ある瞳は間違いなく別人のもの。目を見開いて固まる天馬に佳代が言う。
「もともと趣味でやっていまして、楽しくて結構人気が出ちゃいましてね。今の仕事はコスプレだけなんです」
「え、すごい。さすが人気コスプレイヤー……」
佳代が首を振って答える。
「いいえ。コスプレだけではとても食べていけません。だから新しい仕事を探しながらコスプレもやっているんです」
そう話す目は少し寂しそう。天馬が尋ねる。
「会社はどうして辞めちゃったんですか?」
佳代はグラスに残ったビールを一気飲みしてから答える。
「私、苛められていたんです」
(えっ)
天馬は聞いて行けない質問をしてしまったと後悔する。佳代が言う。
「『ネクラ』とか『キモい』とか言われるような陰湿ないじめで、ずっと我慢していたんですけど……、ううっ……」
「い、
慌てる天馬に佳代は取り出したハンカチで涙を拭きながら言う。
「いいんです。西園寺さんが謝ることじゃないです。西園寺さんは素の私にも笑顔で接してくれた大切な人だったんです」
「素の、私……?」
よく意味が分からない天馬に佳代は笑顔を作って言う。
「コスプレやっている時の私は
「……」
黙って聞く天馬。佳代が続ける。
「露骨に嫌そうな顔をする人や舌打ちをする人。私自身、本当の自分が嫌で嫌で……、だけど西園寺さんだけは違ったんです。会う度に素敵な笑顔を見せてくれて、『生駒佳代』の誘いでもこうやって付き合ってくれて……」
「俺は、ただ……」
そこまで深く考えずにやって来た。誘われたからやって来た。そこに誰がいいとか嫌だとかはなかった。佳代が言う。
「だから今日は確かにプレゼントを選んでくれたお礼だったんですけど、本当は『生駒佳代に普通に接してくれてありがとう』という感謝を伝えたかったんです」
「生駒さん、そんな、俺は何もしていないし……」
佳代が首を振って言う。
「何もしていない、普通にしている。その『普通』が私にとっては特別なんです!」
アルコールが入っているせいかやや興奮気味に話す佳代。天馬が戸惑いながら答える。
「俺、本当に何て答えたらいいのか、女性にもあまり慣れていないし……」
「西園寺さん!!」
「はい!」
佳代が身を乗り出して尋ねる。
「西園寺さんは『かよん』のファンなんですよね?」
「え、ええ。応援しています……」
佳代に見つめられて思わずドキッとする天馬。眼鏡の奥にある澄んだ目。それはまさしくあの『かよん』そのもの。佳代が言う。
「私も『西園寺天馬』のファンなんです!」
(えっ……)
もはやオタキャラの天馬の手に負える状況ではなくなっていた。ふたりともアルコールが回り感情が表に出やすくなっている。昼間のお洒落なカフェでの想定外の事態に、酩酊した天馬の頭が混乱し始める。
「ちょっと俺、その……」
やや困った顔をする天馬を見て佳代が言う。
「西園寺さん、『
「え? あ、はい。知っています」
架純に誘われていた祭り。確か来週の土曜日に行われるはず。佳代が言う。
「どんなお祭りか知っています?」
「いえ、あまり……」
詳しくは知らない。夏祭りで、確か踊りがあった程度の知識だ。佳代が説明し始める。
「昔の娯楽が少なかった頃からあるお祭りで、出会う機会が少なかった男女が楽しみにしていたそうです」
「そうだったんですか」
「はい。それが現在に続き、今ではお祭りに一緒に行った者は結ばれると言われているんです」
「え……」
そんなことは知らなかった。就職と共にこの街に越して来た天馬は祭り自体の存在は知っていたがもちろん行ったことはなく、そんな云われがあることも当然知らない。
「それでですね。そのお祭りで踊った男女は、『生涯を共にする』と言われているんです」
初めて知ったその云われを聞いて驚く天馬に佳代が言う。
「西園寺さん、私と一緒に『三方祭り』に行ってくれませんか」
時間が止まるという表現があるとすればきっとこのような状態のことを言うのだろうと、天馬は動けなくなった自分を見て思った。
(『三方祭り』にそんな意味があるとは知らなかった……)
佳代と別れ、ひとり電車に揺られながら天馬が今日のことを思う。
(いや、それよりあの『かよん』が生駒さんだったなんて……、マジびっくりだな……)
まずまず有名なコスプレイヤー。完全に役になり切るそのプロ精神は見事でファンも多いのだが、まさかその素性があの大人しい佳代だったことに驚きを隠せない。
(しかも俺、好感持たれているのかも……)
どうしてこんな急にモテ期がやって来たのは良く分からないが、間違いなく人生の転換期のような気がする。だが、
(俺は隣の天使ちゃんに会いたいと思っている……、だから……)
「天馬さん!!」
「架純ちゃん……」
アパートの階段を上がり、天馬の部屋のドアの前で体育座りしていた架純を見た天馬は驚いたというよりかは安堵した。
(だから、こうして彼女が待っていてくれるのが一番嬉しい……)
「どうしたの、架純ちゃん? こんな所で」
架純が立ち上がって言う。
「今日は絶対天馬さんに会いたいと思ってずっと待っていました」
「ずっとって、いつから……?」
可愛い。そんな風に言ってくれる彼女を強く抱きしめたくなる衝動に駆られながら天馬が尋ねる。
「……朝から」
(架純ちゃん……)
天馬はもう耐えきれなくなり、優しく架純を抱きしめる。触れてはいけない女子高生。歩いて来て汗だくの自分。そんな天馬の理性が天使のひと言で一瞬で吹き飛んだ。架純が小声で言う。
「遅い。帰って来るの……」
「ごめん……」
天馬は思った。彼女の前では自分はこんなに無力なんだと。そして思う。もうそれでいいのだと。
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