23.天使の添い寝写真

「天馬さ~ん」


 氷川とのバスケ対決に勝利した天馬と架純は、そのまま隼人に挨拶をして街の中へと歩き出す。その後素性がバレ、バスケファンに囲まれてしまった隼人のことはもちろん知らない。

 横を歩く架純に天馬がやや戸惑いながら思う。


(か、架純ちゃん。ちょっとくっつき過ぎじゃないのか……?)


 駅前のバスケットコートからずっと天馬の腕にしがみ付いて歩く架純。七月の日差しは強く、外を歩いているだけで汗が出てくるのだけどお構いなしのようだ。架純が天馬を見上げて言う。



「天馬さん、本当にありがとうございました。架純、嬉しかったです」


「い、いや、でも勝てて良かったよ」


 架純がぎゅっと腕に力を入れて小声で言う。


「天馬さん、カッコ良かったし……」


「え? 何か言った?」


 週末駅前の雑踏。その雑音に小さな声がかき消される。架純が天馬に甘い声で言う。



「天馬さんは~、架純をこ〜んなにさせてどうするつもりなんですか~?」


(うぐっ!?)


 とても一回り以上下の女子高生には見えない艶かしい顔。真っ白な花柄のワンピース。いつもの制服を着ていないせいもあるだろうが、妙に色っぽく見える。天馬は目が泳ぎながら答える。



「架純ちゃん、あの、俺……」


 架純が笑顔で言う。


「本当にカッコ良かったですよ!」


 眩しい笑顔。最高の笑顔。これが見られるならどんなことでもやろうと天馬が思う。架純が天馬の腕を引き言う。


「さ、行きましょう。天馬さん!!」


「わっ、架純ちゃん!?」


 架純に引っ張られ天馬が歩き出す。ふたりはそのまま暗くなるまで買い物などして一緒に過ごした。





「じゃあ、おやすみなさい。天馬さん」


「あ、ああ。おやすみ。架純ちゃん」


 夕飯を終え、アパートに帰って来たふたり。辺りは既に真っ暗で虫の鳴き声が辺りを静かに包む。架純が部屋に行こうとする天馬に声を掛ける。



「天馬さん……」


「ん、なに?」


 振り返る天馬。架純が傍にやって来て耳元で囁くように言う。



「『三方みかた祭り』、楽しみにしてますから」


「あ、ああ、そうだね。うん」


「おやすみなさい!!」


 架純は小さく手を振って部屋へと消えて行く。



(可愛い……)


 こんな傍に居るのに別れるのが辛い。女子高生には決して抱いてはいけない感情。だが天馬の中でそれを抑えるのはもう無理なことであった。



「とりあえず飲むか」


 正直言うと勝てるかどうか分からなかったバスケ対決。架純や隼人のお陰で勝つことができたが、今思い出しても鳥肌が立つ。

 天馬はシャワーを浴び、髪をタオルで吹きながら冷蔵庫にあった缶ビールを取り出す。部屋に座りプシュッッと音を立ててキンキンに冷えたビールを口にする。


「ぷはーっ、美味い!!」



(……ん?)


 そんな彼の目に架純からメッセージが届いているのが映る。それを開けてみた瞬間飲んでいたビールを噴き出した。



「ぶーっ!!」


(な、なんだこれっ!!??)


 スマホにはベッドの上で横になる自分の隣に、制服を着た架純、肩や短いスカートから太腿を大胆に露出して添い寝する彼女の写真が映し出されていた。



「い、いつのまにこんな写真……、あっ!!」


 それは先日『顔マッサージ』をして貰った日。あまりの気持ち良さに知らぬ間に眠ってしまったのだが、まさかその後こんな写真を撮られていたとは。そしてその写真に添えられたメッセージ。



『今日の天馬さんがとってもカッコ良かったから、架純をにしたことも許してあげますね!』



「ぶーーーっ!!」


 再び吹き出すビール。まじまじと写真を見ながら言う。


「お、俺がいつ手籠めにしたんだよ……」


 そう言いながらも写真に写る架純は高校生には見えないほど色っぽく、妖艶さすら感じる。天馬は苦笑しながら思う。



(ほんと架純ちゃんには敵わないな……)


 また弱点を握られた。そう思いながら天馬が別で来ていたメッセージに気付き開ける。




(あ、生駒いこまさんからだ……)


 すっかり忘れていたのだが、明日の日曜日は生駒佳代と一緒に昼食を食べに行く約束をしている。メッセージには場所と時間が再度書かれており、最後は『よろしくお願いします』と締められていた。天馬が返事を打ちビールを再び口にする。



(土日が女の子との予定で埋まるなんて、人生初のことだな……)


 基本オタクキャラの天馬。週末はいつもアニメや映画などを見てひとりで過ごしていた彼が、女の子、しかも別々の子との約束が入っているなど少し前では考えられなかったこと。


「俺にもついにモテ期が来たのか!?」


 仕事がつまらなくて苦痛な分、週末が楽しい。ましてや女の子と予定が入っているなど経験のない事態に心が躍る。



(でも一体何を話せばいいのかな……)


 それほど親しくない佳代との食事。どんな話をすればよいのかやはり悩む。

 モテ期だと浮かれる天馬。そんな彼にある意味、試練の始まりともなる日曜の佳代との昼食の時間が迫っていた。






 ガチャ……


 日曜の朝。静かに開かれる架純のアパートのドア。

 無言で入る金色の長髪の女性。タバコと香水の匂いを体から発しながら、手にした大きなボストンバックをテーブルの上に置く。


「架純、まだ寝てんのかい?」


 架純の母親、柊木裕子は部屋の布団で眠る架純に声を掛ける。架純が目をこすりながら起き上がり母親に気付いて声を出す。


「お母さん……」


 あまり得意じゃない母親。ここまで育ててくれた恩はあるが、同時に今の自分が彼女にとって邪魔であることも感じ取っている。裕子がバックを指差しながら言う。



「あれ、お願いね。あとこれ」


 そう言ってテーブルの上に生活費を置く。いつも通り少ない金額。ただ最近は天馬と外で食事をしたりするお陰でその金額でもなんとかやっていけている。架純が立ち上がって答える。



「ありがとう……」


 緊張。タバコと香水の匂い。親子でありながら既にその距離は実際の距離より遠く離れている。裕子が尋ねる。



「あなた卒業後の仕事先は決まったの?」


 裕子の頭の中では進学という言葉は一切なく、高校卒業と同時に就職するものだと決めつけている。少し考えた架純が言う。


「まだ。……ねえ、お母さん。卒業後は私、ここに住めないんだよね?」


「そうだよ。悪いけど出てっておくれ」


 裕子は鞄から取り出した煙草に火をつけながら答える。



「じゃあ友達とか、その、好きな人とかの家に行ってもいい?」


 意外な表情をした裕子が答える。


「男かい? まあ、好きにしな。もう大人なんだし、あんたが決めればいいよ」


「分かった……」


 なんて無機質な会話なんだろう。感情も優しさも温かさもない。冷たい鉄のような会話。昨日は一日天馬と過ごし幸せだった状況から一変、架純はまるで心に鉄枷をはめられたように気持ちが沈む。裕子がふうと煙を吐きながら言う。



「あんたも知ってるとは思うけど、卒業後に私は再婚するの。訳あって紹介はできないけど、あんたはあんたで頑張りなよ」


「うん……」


 辛い言葉。もはや卒業後は会わないと言われているようなもの。ただ同時に架純は机の上にあるに目をやる。


(会いたくない。私だって会わなくて済むのなら、会いたくない……)


 裕子は煙草の吸殻をキッチンのタンクにポイと捨てると、洗濯された新しい服を手にそのまま部屋を出て行く。




「天馬さん……」


 架純は母親が出て行った後、脱衣所のカゴに入れられた昨日着た白のワンピースを両手ですくい上げるように取る。


(天馬さんと一緒に過ごしたワンピース……)


 架純はワンピースをぎゅっと胸に抱きしめ言う。



「天馬さん、会いたいです……」


 床に座り込んだ架純の目が涙で潤んだ。

 その少し前、アパートの部屋を出た天馬が駅へと向かう。そして待ち合わせ場所でひとりで待っていた佳代が天馬を見つけて笑顔で言う。



「あ、天馬さん。こっちです!!」


「こ、こんにちは……」


 やや緊張気味の天馬。

 簡単な挨拶を終え、天馬と佳代のふたりは並んで駅の雑踏の中へと歩き出した。

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