22.一念通天
七月も終わりに近づいた週末の土曜日。
梅雨も明け、青空と入道雲、公園の木々から響く蝉の声を聞きながら天馬と架純がその決戦の駅に降り立つ。架純が言う。
「天馬さん、頑張りましょうね!」
「ああ」
架純はリサイクルショップで買った白のワンピースを、勝手に勝負服だと思って気合を入れて着て来た。天馬は片手にバスケットボールを持ち、その指定された駅前の広場へと歩き出す。
(うわ、結構人がいるんだな……)
その駅は繁華街にある中央駅で、駅前の大きな広場の一角にストリートバスケ用のゴールが幾つか設置されている。誰でも使用できるこの場所が、今回のスリーポイントシュート対決の場所となる。
「天馬さん、いっぱい人が来てますね」
「そうだね……」
繁華街の中心、人が集まる駅前。そこにはカジュアルな服を着た若者が楽しそうに汗を流している。
(マジで陽キャ系の人達だよな、あれ……)
茶髪に長髪、ウェーブヘアにマッシュなど、基本天馬が交わることのない人達ばかり。近くで同じバスケットボールを持っていると声を掛けられそうになって正直怖い。
「ちぃーす、
そこへ背後から低い男の声が響いた。現れたのは黄金色で少し長めのナチュラルマッシュが似合う長身の男、バスケ部キャプテンの氷川恭介である。架純が言う。
「なに? ひとりじゃ来れなかったの?」
氷川の後ろには同じバスケ部の仲間が数名立っている。氷川が言う。
「ちげーよ。俺達が本当のバスケってもんを教えてやろうかと思ってな」
(で、デカい……)
天馬は目の前に現れた見上げる様な高い氷川を見て内心驚いた。バスケ部キャプテン、これとまともにやって勝てるのだろうか。氷川が言う。
「俺、氷川っす。おっさん、女子高生
「い、いや、俺は何も……」
慌てて否定する天馬を見て、取り巻き達が笑うように言う。
「なにビビってんの? ダッセえ~」
「きゃははっ、意味分かんねえ~」
慣れない人混み、ストリートバスケ。見上げるような氷川達。天馬はいきなりその場の雰囲気に飲み込まれそうになった。架純が前に出て言う。
「あなた達うるさいわ。外野は黙ってて」
一切動揺することなくそう言い放つ架純に、取り巻き達は舌打ちして後ろに下がる。氷川が言う。
「おっさん。言っておくが、これは柊木を賭けた勝負。負けたらみっともない『パパ活』は止めてくださいよ~」
「ふざけないで!! そんなことしてないわ!!」
ひとり声を上げて怒る架純。そんな彼女に声を掛けようとした天馬に、別の所から男の声が掛かる。
「天馬さん」
天馬がその男を見つめる。氷川とは違ったマッシュヘアの似合う長身の男の子。キャップを被り色の付いたメガネの中から天馬を見つめる。
「あ、隼人君。来てくれたんだ」
「ういっす。天馬さんの頑張るとこ、見たくって」
氷川は突然現れた何か強い圧を放つ隼人を見て固まる。その間約数秒。そして気付いた。
(え、え!? この人って、まさか『瀬古隼人さん』じゃねえのか? マジで!? あの瀬古さんが、な、なんでこのおっさんと知り合いなんだよ??)
県内でバスケをやっている者なら誰でも知っているほどの有名人。キャップに色付きメガネと一応変装はしているが、その発せられるオーラまでは隠しきれない。
隼人が天馬の背中に回り、肩を掴んで揉みながら言う。
「天馬さん、なんか緊張してないっすか? リラックスっすよ。リラックス」
「そ、そうだね」
「バスケ、楽しみましょ」
「ああ」
天馬が手にしたボールをトントンと床につく。指導してくれた隼人の登場でリラックスできた天馬。対照的に氷川はなぜ相手にあの瀬古隼人がいるのかと動揺し始める。取り巻きが言う。
「恭さん、あれってまさか『瀬古隼人』じゃないっすか……?」
その言葉に皆の視線が隼人に向けられる。
「え、マジで!?」
「ほんとだ!! すげえ!!」
その反応のひとつひとつが氷川を少しずつ追い詰める。天馬と言う男、瀬古隼人と知り合いということはもしかして相当な手練れじゃないかと警戒し始める。天馬が言う。
「じゃあ、始めよっか」
「あ、ああ……」
カチコチに固まった氷川。天馬の後ろで腕を組んでこちらを見る隼人がどうしても目に入ってしまう。
ルールは単純。スリーポイントシュートをそれぞれ三本打って多く入った方の勝ち。天馬と氷川がじゃんけんをして、氷川先攻が決まる。
「恭さーん、ナイシュー!!」
「落ち着いて来ましょー!!!」
駅前を歩く人達がチラチラとその対決を見つめていく。だが氷川の意識はゴールよりも隼人へと向いてしまう。
(あの瀬古さんが、『瀬古隼人』が俺を見ている……)
憧れのプレイヤー。いずれ彼と一緒に全国で戦いたい。そんな高校生の憧れの対象が今自分を見ている。
シュッ、トントン……
「ナイス!! 恭さん!!!」
「さすが!!!」
氷川の一本目。見事にゴールに吸い込まれる。
(や、やった。やった……)
これ以上ない緊張の中、氷川は実力通りの力を見せつける。その様子を上空から見つめるふたり。ひとりが言う。
『ねえ、どうするの?』
『どうするって?』
『負けたら大変でしょ? 手伝う?』
『どうしようかな……』
その彼は腕を組んでじっと天馬を見つめて考える。
「天馬さん、がんばー!!」
「楽しんできましょ~」
架純や隼人の声に応えるように天馬がシュートを放つ。
ドン、トントントン……
「きゃー!! すごい、天馬さん!!」
「ナイス!!!」
綺麗な放物線を描いて天馬のシュートもゴールに吸い込まれる。
「普通に上手いじゃん……」
「バスケ、初心者じゃなかったのかよ??」
氷川の取り巻き達から不安の声が上がる。
「うるせえ、黙ってろ!!」
そんな声をかき消すように氷川が二本目のシュートを放つ。
ドン、トントントン……
「ナイス、恭さん!!!」
「すごいっす、マジすごいっす!!!」
氷川の二本目も危なげなく決まる。さすがバスケ部キャプテン。ここに来て二本連続は見事である。
トン、トントントン……
「え?」
そんな氷川達の取り巻きがその光景を見て驚く。
「天馬さん、すごーい!!!」
天馬の二投目も見事に決まる。二対二。最後の一投に勝負が持ち込まれる。
『どうするのよ、あれ入ったら大変だよ!!』
『わ、分かってるって。でも自力で勝って欲しいとも思うだろ?』
『そうだけど、負けたら大変だよ……』
『大丈夫だと思うよ……』
氷川の三投目が放物線を描いて空を舞う。
ドン、トンドン……
「あっ!」
氷川のボールはバスケットゴールの枠に当たって宙を舞い、そして再度枠に当たって地面に落ちた。ボールが外れたのを見た氷川が地面を蹴って悔しがる。
「くそっ!!」
そしてすぐに天馬が入れ替わってコートに立つ。これを決めれば勝ち。外せば延長となる。
「天馬さんの彼女さんですよね?」
そんなコートに立つ彼を一緒に見ていた長身の隼人が架純に声を掛ける。架純が顔を赤くして答える。
「いえ、その私は……」
まだ彼女ではない。だけどもうすぐそうなるはず。戸惑う架純に隼人が言う。
「めっちゃ可愛い彼女さんがいるんだ。だから天馬さんも頑張ってるんっすね」
「え? ええ、ありがとうございます。本当に天馬さん。毎晩一生懸命練習して……」
「毎晩? 毎朝の間違いじゃないっすか?」
「毎朝? 違いますよ、だって天馬さんは毎晩私と一緒に練習をして」
驚いた顔で見つめ合うふたり。隼人が言う。
「じゃあ、毎日、朝晩練習していたってこと?」
「うそ……」
その事実を初めて知った架純が口に手を当てて驚く。
(天馬さん、天馬さん……)
架純が目を赤くしてひとりコートに立つ天馬を見つめる。隼人が言う。
「天馬さん、彼女さんに褒めて欲しいそうですよ」
架純が頷いて答える。
「はい。たくさんたくさん褒めてあげます。いっぱい……」
架純は流れ落ちた涙を拭きながら天馬を見つめる。
(落ち着け、落ち着いて投げろ。いつも通りに……)
練習を重ねて来た天馬も、さすがに勝負が決まる一投を前に緊張を隠せない。手に滲む汗。これまで感じなかった暑さが熱風となって体を締め付ける。
「はあっ!!」
気合の籠った一投。掛け声と共に天馬のボールが美しい放物線を描く。
ドン!!
「あっ!」
神の悪戯か。先の氷川同様、ボールは無情にゴールの枠に当たり真上へと跳ねる。
ドン、トントン……
静寂。皆が見つめるゴールの上。勢いよく跳ねたボールは、その後もう一度枠に当たり、くるりとその枠を一周してからゴールへと吸い込まれた。
「よっしゃああああ!!!!!」
コートに両膝をついて喜びを表す天馬。
「天馬さーーーーーーん!!!!」
架純も思わず駆け足で天馬へ向かい、喜びで体を震わせる彼を抱きしめる。
「すごい、すごい、勝ったよ!! 勝ったんだよ!!!」
「ああ、ありがとう。架純ちゃん。やったよ、俺っ!!!」
喜びを爆発させる天馬達。そこから少し離れた上空でふたりが会話する。
『やったね! 勝ったよ!!』
『ああ、勝った!!』
『手助け、したの……?』
『さあね~』
『もぉ、教えてよ~!!』
そう言いながらふたりはそこから消えて行く。
「負けた、だと……」
敗北した氷川。勝利に酔いしれる天馬達とは対照的に、呆然とその場に立ち尽くした。
(カッコいいっすよ、天馬さん)
その様子を後ろから見つめていた隼人が心の中で天馬の勝利を祝う。そして地面に転がっていたボールを拾い、コートに立つ。
(バスケって、マジ楽しいっすよね)
天馬の頭をぐちゃぐちゃにして喜びを表す架純を見て隼人が苦笑する。シュートの構えを取る隼人。そして誓う。
(天馬さん。これが決まれば、俺、あいつに
隼人の心の中に居る幼なじみ。ガキの頃一緒にバスケを楽しんだ自分の原点。
――そして、俺もいっぱい褒めてもらいますっ!!
隼人のシュートが青い空に美しい放物線を描いて放たれた。
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