20.天然君、やらかしてしまう。
(いかん、マジ眠い……)
天馬は会社のデスクに座りながら、強力な重力によって閉じられようとする瞼と格闘していた。
ここ最近ずっと早朝と夜のバスケの練習を続けている天馬。勢いで乗り切れる年齢はとっくに過ぎた彼にとって、この睡眠を削って行う練習はかなり負担になっていた。
(コンビニにコーヒーでも買って来るか……)
天馬はふらりと立ち上がり会社横にあるコンビニへと向かう。ただこの時、天馬の会社ではとある大きな事件が起きようとしていた。
「でさあ、まじっパネエっすよ!!」
天馬の後任として多くの企業を引き継いだ後輩の佐山。仕事はあまり出来ないが、愛想が良く引き継ぎ当初は顧客からの評判も悪くなかった。だがそのめっきに徐々に綻びが現れ始める。
「あれ? 西園寺さんは?」
女性社員が天馬が居なくなっていることに気付き周りに尋ねる。佐山が答える。
「また、コンビニにコーヒー買いに行ったんじゃないっすか」
「うっそぉ~、またサボりなの??」
「ほんと、名前だけはどこかの名家みたいなのに、やることセコイよね~」
「きゃははっ、言えてるぅ」
盛り上がる会話。だが女性社員とくだらない話で盛り上がっていた佐山に、専務が顔色を変えてやって来て言う。
「おい、佐山。ここに居たのか! すぐに社長室に来い」
「え? 社長室!? なんすっか?」
「いいから早く行け!!」
「了解っす」
佐山は軽い返事と共に事務所を出て社長室へと向かう。専務が女性社員に尋ねる。
「西園寺はどこに居る?」
「あ、さっき会社の外に出たと思いますけど……」
「そうか」
専務はそう言うと仕方ないと言った顔で事務所を出る。女性社員達は専務の去った事務所で再び世間話を始めた。
「お疲れっす!」
社長室に入った佐山。いつも通り元気で愛嬌の良い顔で挨拶をする。だがさすがの佐山もそこに社長の他、常務に営業部長、そして専務が入って来るのを見て様子がおかしいと思った。営業部長が尋ねる。
「B工業の社長からお怒りの電話が入った。佐山、心当たりはあるか?」
少し考えた佐山が答える。
「いや、ないっす」
そこに座る役員達が小さくため息をつく。専務が言う。
「お前、B工業の社長と頭の話をしなかったか?」
そう言われた佐山が思い出したかのように笑顔で言う。
「あー、しましたよ! 社長さん、いつも頭のネタ言うんで、この間天気がいいって話になって『社長の頭みたいにまぶしいっすね』って言ったらちょっと怒られました」
「……」
B工業の社長はいわゆる禿だ。ほぼ天然のスキンヘッドでだが、大らか性格なためよく自分の頭をネタに笑いを取ったりする。佐山も社長から頭ネタを聞かされていたので言っていいものと思い自らそのネタを口にした。常務が言う。
「馬鹿なのか、お前は」
「え? でもB工業の社長は少し怒っただけで……」
「いい加減しろっ!!!」
「!!」
それまで黙って聞いていた社長が大声を上げて怒鳴った。
「例え社長が自分でそう言う話をしても、お前がが言っていいはずがないだろ!! それぐらいも分からんのか」
天馬もよくB工業の社長からこの頭ネタを聞かされていた。だがほとんどを笑って対応するだけでこちらからそれをネタにすることはない。そこはこちらから踏み入れてはいけない領域。長年通った天馬でさえそれだけは気を付けて訪問していた。
「前の担当は誰だ?」
「西園寺です」
「直ぐに戻せ!! 最近失態だらけじゃないか、どうなってる!!」
激怒する社長。それを慌ててなだめる役員達。ようやく事態の重大さに気付いた佐山は真っ青になってぼうっと立ち尽くした。
「ねえ、あれって柊木さんでしょ? パパ活やってるって噂の」
「そうそう。あんなに美人で頭もいいのに、やることちゃんとやってるんだよね」
架純の高校。彼女が天馬と一緒に食事をしていたという話は、一部の生徒の間で今なお話題となっていた。美人で聡明。浮いた話など全くなかった架純に降って沸いた噂話。彼女を妬む女生徒の間では陰口の対象となっていた。
「おい、柊木」
学校が終わり、帰宅しようとした架純にその長身のイケメンが現れ声を掛けた。架純が迷惑そうな顔で言う。
「なに?」
その男バスケ部主将の氷川恭介は、黄金色で少し長めのナチュラルマッシュに手をやりながら架純に言う。
「お前、知ってるのか?」
「何が?」
「未だに女共の間で『パパ活』やってんじゃないかって噂されてんの」
架純がため息をつきながら言う。
「別に、どうでもいいわよ。そんなこと」
そう言って帰ろうとする架純の腕を恭介が掴んで言う。
「あんなおっさんが俺に勝てる訳ねえだろ? 俺と付き合えよ。そうすれば変な噂立てられなくて済むぞ」
架純が掴まれた手を振り払って言う。
「ふざけないで!! 誰があんたなんかと!!」
「俺みたいなイイ男、いねえだろ!!」
「ばーか!! 私に関わらないで!!」
架純はそう言って小走りに去って行く。
「恭さん……」
少し離れた場所でそれを見ていた恭介の取り巻きのような連中がやってきて、心配そうな顔をする。恭介が怒りで顔を紅潮させて言う。
「絶対、バスケでボコボコにしてやる。あのおっさん!!」
恭介はそう言うと練習のため取り巻きと一緒に体育館へと歩き出した。
「天馬さーん!! 本当に上手になりましたね!!」
その日の夜、いつものバスケの練習に顔を出した架純が、次々とゴールを決める天馬を見て驚きの声を上げた。早朝練習で瀬古隼人からシュートの基本を教えて貰った天馬。的確な指導でめきめきとバスケの腕が上達していた。
「ありがと! 結構長いこと練習してるからね」
春先からこの暑くなった夏までほぼ毎日。朝晩の練習を続けて来た天馬。練習は嘘をつかないという言葉通り、最初の頃とは全くの別人のように上達していた。架純が天馬の額から流れる汗を拭きながら言う。
「本当に架純の為にありがとうございます。でも、ちょっと無理していませんか?」
最近明らかに天馬の顔色が悪い。架純は夜だけの練習しか知らないが、天馬は早朝練習も行っている。社会人にとってこのスケジュールは中々ハードだ。天馬が言う。
「そうだね。最近暑くなって来たし、もう若くないからね」
「もぉ、またそう言うことを言う~!!」
「わ、ごめん!!」
むっとした架純に天馬が謝る。架純が腕を後ろで組み天馬に言う。
「天馬さん、私に何かできることありませんか?」
「え?」
「天馬さんが望むことなら架純、何でもしますから」
「か、架純ちゃん……」
そう言って恥じらう制服姿の架純は夏の夜に舞い降りた天使。天馬の頭に様々な妄想が広がる。
(な、何でもって、そんなこと言われたらあんな事やこんな事など、うぐっ……、それは通報案件だぞ……)
眉間に皺を寄せて考える天馬を見て架純が笑って言う。
「天馬さん、またエッチなこと考えていたでしょ?」
「ぐぎゃ!? ち、違うって!!」
その動揺した否定の仕方自体が肯定しているようなもの。架純が冷えたお茶を手渡しながら天馬に言う。
「じゃあ、天馬さん。ここ最近お顔が疲れているようですので、架純が『お顔マッサージ』してあげますね」
「え、お顔マッサージ?」
意外な言葉に天馬の目が点となる。架純が天馬の腕を掴んで言う。
「じゃあ、行きましょうか。天馬さんのお部屋へ」
『女子高生が部屋でマッサージ』、その言葉が天馬の頭で何度もリフレインする。甘美な言葉。それだけで疲れた天馬の脳を癒すには十分過ぎる響きがあった。
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