17.天使ちゃん、心配する。
「架純ちゃん、僕と一緒に踊ってくれないかい?」
「はい、天馬さん。喜んで!!」
ふたりが住む地域で行われる『
暗い空、輝く星。可愛らしい浴衣を着た架純が、超イケメンの天馬の手を取り音楽に乗って踊り出す。架純をぎゅっと引き寄せる天馬。彼の強い腕に抱かれた架純が、その身のすべてを委ねる。架純が言う。
「天馬さん、このまま私をどこかへ連れて行ってくれませんか?」
踊りながら天馬が答える。
「ああ、行こう。地球の裏でも星の裏でも、どこへでも」
「嬉しいですっ!!」
ふたりは永遠と鳴り響く祭りの音楽に身を任せ、求め合うように踊り続ける。
(……ん?)
架純は横になっていることに気付いた。
目に映る天井。布団。それを理解した瞬間、ガバッと上半身を起こしてガッツポーズと取る。
「やったっ!!」
ぎゅっと握りしめた拳。体を震わせて感じる喜び。架純が立ち上がって言う。
「天馬さんとお祭りに行く夢、見ちゃった!!」
架純は子供の頃からよく正夢を見た。荒唐無稽な夢ももちろんたくさん見たが、正夢を見た後の感覚は不思議と自分で分かる。だから嬉しかった。天馬と一緒に祭りに行った夢を見たことが。
架純が机の上にあるカレンダーを見つめながら思う。
(私と天馬さんは結ばれる。だから負けない。きっと彼が私を救ってくれる……)
嬉しさ反面、そのことを思い出した架純が額に汗を流しながら目を閉じる。
すべて順調。天馬は自分を捨てない。きっと助けてくれる。彼しかいないのだから。架純は薄い壁の向こうにいる天馬のことを想い、『大丈夫』だと自分に言い聞かせた。
「なあ、裕子。お前んとこのガキ、来年卒業だったよな?」
その日の夕方。柊木裕子は同棲相手の馬場信二との食事を終え、一緒に戻った車の中で彼に尋ねられた。薄暗い夕暮れ、車内に漂う強い香水。裕子は架純のことを聞かれ動揺しないよう心を落ち着かせながら答える。
「そうよ」
煙草に火をつけた信二が、ふうと煙を吐いてから言う。
「俺と一緒になるんだったら、そのガキにも一度ぐらい会った方がいいんじゃねえか?」
それは避けたい。
自己中の信二の口から思いがけぬ言葉を聞いた裕子がやや焦りながら答える。
「い、いいわよ。そんなこと。あの子には高校卒業と共にどこかで働いて貰うつもりだから。すぐにあのアパートも引き払うつもりよ」
裕子の頭の中で着々と進められている卒業後の青写真。ここでつまらぬミスを犯してこれからの人生を台無しにはできない。
信二が車のエンジンをかけ煙草を灰皿に入れてから言う。
「寂しいこと言ってんじゃねえよ。一度ぐらい会ったっていいだろ? メシぐらい連れて行ってやるわ」
そう言って車を走らせる信二。裕子が慌ててその腕を掴んで言う。
「いいって!! 本当に関わらなくてもいいんだから!!」
「なにムキになってんだよ? お前、いつもそうだな、ガキの話をする時」
「そ、そんなことないわよ……」
裕子は可能な限り自然体を装う。
時刻は夕方。普通なら架純が学校からアパートに帰って来る時間。裕子は頭をフル回転させどうやって彼の考えを翻意させるか思案する。だが結局何を言っても聞かない信二の前に、車は裕子のアパート前に無情に到着した。
「まだ学校にいるみたい。だから行こうよ」
裕子がスマホを見つめそう信二に伝える。もちろん架純とは何のやり取りもしていない。架純は部屋に居ないようだが、いつ帰って来るか分からないので一刻も早く立ち去りたい。信二がアパートを見て言う。
「だったら部屋の中で待とうぜ。鍵、持ってるんだろ?」
「い、嫌よ。すごい汚いんだから。男の部屋だから変な虫とかいっぱいだよ」
「虫、か……、それは勘弁して欲しいな。じゃあ仕方ねえ。ここで待つか」
とりあえず部屋への突撃は阻止できた。女性の学生服が見つかったらいい訳もできない。
だがまだ安心はできない。運良く架純はまだ帰っていないようだが、すぐにでもここを立ち去らねばならない。裕子は目を閉じ何かいい案はないかと再び考えた。
「う~ん、疲れたな」
架純は学校を終え、最寄りの駅に降りてから背伸びして言った。時刻は夕方。部活帰りの高校生や家へと帰る主婦の姿が目立つ。架純は時計を見てから考える。
(このまま一度部屋に戻って天馬さんを待つか、それともこのままここで待つか……)
天馬が戻ってくるまでまだ数時間ある。学校の制服姿で一緒に歩くと妙に距離を取りたがる天馬の姿を思い出し架純が言う。
「いったん部屋に帰ろうかな」
部屋に帰って着替えてバスケの練習に付き合う。そう決めた架純が歩き出そうとすると、後ろからその聞き慣れた声が響いた。
『行っちゃダメ!!』
(え?)
架純が立ち止まり、振り返る。
「天馬、さん……?」
間違いなくそれは天馬の声。だが後ろには誰もいない。まだ仕事中の天馬がこんな所にいるはずもないし、声が聞こえるはずもない。
(空耳……?)
その割にははっきり聞こえた。間違いなく天馬の声。それだけは絶対に聞き間違えるはずはない。少し不安を覚えた架純が、急ぎアパートへ帰る為に歩き始める。
「!!」
今度は何かに腕を掴まれたような感覚が走る。同時に頭の中に響く声。
『行かないで、架純ちゃん!!』
「天馬さん!?」
はっきりと聞こえた。それは天馬の声。腕に残る強く掴まれた感覚。行くなという天馬の呼びかけ。架純は急いで家路に帰る他人の中、ひとり佇んで尋ねる。
(天馬さん、そこにいるの……?)
もちろん天馬はいない。だが彼をはっきりと感じたのも確か。架純はスマホを取り出し天馬にメッセージを打つ。
『天馬さん、生きていますか!!??』
送信済と表示されるも、仕事中なので未読のまま。架純は駅構内に戻り、壁にもたれながらひとりじっと待つことにした。
「ねえ、もういいでしょ? 仕事に遅れちゃうわよ」
日が沈むまで裕子のアパートの前で待っていた信二。まったく帰って来ない彼女の息子にやや苛立ちながら言う。
「うっせえな。何やってんだよ、てめえのガキ」
「知らないわよ。部活かバイトか。さ、早く行こ」
「仕方ねえなあ、まあいいか」
信二はそうぶつぶつ言いながら車のエンジンをかけ、裕子の店へと走らせる。裕子は娘が暗くなっても帰らない心配よりも、当然のように『娘』であることがバレなかったことに安堵した。
「天馬さんっ!!!」
「か、架純ちゃん……」
仕事を終えた天馬が駅の改札までやって来る。たくさんのサラリーマンに紛れて歩いて来る天馬に、架純が改札ぎりぎりまで行って大きく手を振る。美少女女子高生のその行動に、家路に急ぐサラリーマン達も横目で見ながら歩いて行く。
「天馬さん!!」
「わっ、ちょ、ちょっと!?」
改札から出て来た天馬に架純が思い切り抱き着きついた。周りはサラリーマンと女子高生が抱き合う姿に足を緩めて見つめていく。天馬が架純を離してから尋ねる。
「どうしたの、架純ちゃん? 生きているとか??」
目を赤くした架純が言う。
「天馬さんが、死んじゃったのかと思って私……」
ずっと我慢していたのか、そう話す架純の目から涙がこぼれる。天馬が彼女を落ち着かせるようにして言う。
「わ、分かった。何があったのか分からないけど、ちょっと落ち着こうか。歩きながら話せる?」
「うん……」
架純が手で涙を拭きながら小さく頷く。
「じゃあ、行こ」
「……」
頷いた架純がそっと天馬の服を指で掴み、上目づかいでじっと見つめる。
「架純、ちゃん……?」
いつもと雰囲気の違う架純に少し戸惑いながら天馬が声を掛ける。架純が天馬の目を見つめながら言う。
「天馬さんのお部屋に、行ってもいいですか……?」
駅構内の雑踏。何の意味もなさないその雑音が、時間が止まったように天馬の耳へと流れ込む。架純の真剣な目。それはこれまでのような小悪魔のような目ではない、何か全く違うもののように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます