16.天使の笑顔は疲れを吹き飛ばします!!
(あの架純が服を買いに行くとはねえ~)
真由は電車に乗りながら隣に座る架純を横目で見ながらひとり思った。
決して付き合いが悪い方ではない架純だが、カラオケやファミレスなど金銭的な負担が生じる場にはほとんど参加しない。みんなもそれを分かっていていつも同じ服を着ていても誰も何も言わなかった。
「架純、なんか嬉しそうだね」
「分かる? 天馬さんがどんな服が好きなのかな~って考えると楽しくて」
「はあ……」
学校でも男子高生から大人気の架純。成績優秀で浮いた噂話もなく『美人だけど真面目』と思われていた彼女が、いつの間にか恋する乙女になっている。
「行くわよ~、真由」
「あ、うん!」
駅に電車が止まると、架純は楽しそうな表情で改札に向かった。
「う~ん、どれにしよう……」
途中下車ふたり。駅近くにある大型のリサイクルセンターに入り、レディースコーナーへとやって来た。
季節は間もなく夏。半袖や薄手のシャツ、ワンピースなどが大量に売られている。みな定価の半分以下、クーポンを使えばさらに安くなる服を一生懸命手にする架純を見て真由が思う。
(『パパ活』は本当にやってないんだ)
相手が年上の社会人だと知った時は少々驚いたが、もし本当にそっち系のパパ活をやっているならばこんなに安い服を買うことはない。金銭的やり取りが発生していない証拠だ。だとしても真由は思う。
(こんなに可愛くてスタイルもいい架純を見て、何とも思わないのかね~)
制服姿だが大きく張り出した胸にくびれた腰。真っ白で美しいラインを描く足に、光沢を放つ艶やかな黒髪。彼女と一緒に歩くといつも男子からの視線が集まるのを感じる。真由が架純に小声で尋ねる。
「ねえ、架純」
「なに?」
服を手にしたまま架純が返事をする。
「天馬さんとはどこまで行ったの?」
「え?」
架純がゆっくりと振り返り、目をぱちぱちさせて真由の顔を見つめる。架純が聞き返す。
「どこまでって、どういう意味?」
「どういう意味って決まってるじゃん、男女の仲」
「……」
架純が顔を赤くして下を向く。いつも堂々としている架純の意外な一面を見て可愛いと思った真由が尋ねる。
「え、なに? どうしたの? 教えてよ~」
架純が首を振りながら答える。
「な、なにもしてないよ! 私まだ高校生だし、天馬さん触ろうともしないし……」
「そうなの? どうして??」
こんなに極上の女子高生に好かれながら触れもしないとは一体? 架純が真由に言う。
「なんか私に触れたら、『つうほー』とか『けんきょー』とか言って逃げちゃうの」
「通報、検挙……」
真由が笑いを堪えながら言う。
「ぷぷっ、そうだよね~、確かに社会人だったらそうなるわ。意外と真面目じゃん、天馬さんって」
「うーん、私は別に構わないんだけどなあ~」
「おうおう、あの架純様がこれまた大胆発言っ!!」
「そんなんじゃないって! 真由はどうなの?
珪とは真由の彼氏。付き合ってもう長い間柄だ。真由が架純の耳元で何やら小声で伝える。
「え!? 本当に!!??」
真由が顔を赤らめ小さく舌を出して言う。
「本当。だって私達、愛し合ってるんだもん」
「羨ましい~」
架純は友人の幸せな顔を見て心からそう思った。架純が言う。
「私も頑張らなきゃ! で、真由。こっちのとこっちのとどっちがいい?」
架純は手にした白の花柄のワンピースと、薄い青色のワンピースを持って真由に尋ねる。真由がふたつのワンピースをじっと見てから言う。
「青のかな? これから夏だし爽やかで可愛いよ」
架純はふたつを再度交互に見てから白の花柄のワンピースを前に出して言う。
「でもこっちかな。前に天馬さんが白が好きって言ってたからこれがいいかも」
「だったら私に聞くなよー!!」
「ごめんね〜」
そう言って小悪魔的に謝る架純を見て、真由は同じ女性として色々彼女には敵わないなと内心思った。
「て~んまさん!!」
仕事を終え、真っ暗な夜道を歩いて帰って来た天馬に、アパートのドアの前にいた架純が笑顔で迎えた。ここ最近の日課。スマホで連絡を取り合い天馬の帰宅時間を架純は把握している。
「ただいま、架純ちゃん」
「お帰りなさい。ご飯はもう食べた?」
これだけ聞くともはや新婚夫婦の会話である。天馬が首を振って答える。
「ううん、まだ。コンビニかどこかで買って食べるよ」
「はい。架純はもう食べましたので、ここで待ってますね」
「了解」
天馬はそう言うと部屋に入って鞄を置き、ジャージに着替えて戻って来る。無論手にはバスケットボール。これからふたりで日課になっているシュート練習をする為公園へ向かう。
アパートを出て、歩きながら天馬が言う。
「架純ちゃん、こんなに毎日付き合ってくれなくていいよ」
バスケ対決が決まって数週間。夜も練習する天馬に架純はよく一緒に付き合った。架純が答える。
「私の為に天馬さんが頑張ってくれているんですよ。私が行かなくてどうするんですか!」
「そ、そうだね……」
基本架純は天馬が練習する姿を座って見ているだけ。時々持参したお茶やタオルを手渡したりして応援している。
ドン、トントントン……
公園の練習場。天馬の投げたボールがゴール版に当たり音を立てて弾かれる。あまり進歩がない。それは毎日練習に付き合っている架純自身も感じている。でもそれでも良かった。
「天馬さーん、頑張れ~!!」
ベンチに座って健気に応援する架純。天馬は何だか申し訳ない気持ちと、嬉しい気持ちを抱えながら軽く手を上げて再びシュートを放つ。
ドン、トントントン……
再び弾かれるボール。天馬が汗だくになりながらボールを拾い再び練習を続ける。
「天馬さーん、そろそろご飯にしませんか?」
ひとしきり練習した後、架純が天馬に声を掛ける。
彼女の隣にはコンビニで買った弁当。温めて貰ったが既に冷めてしまっている。天馬が汗をタオルで拭きながらやって来て、架純の隣に座って言う。
「そうだね、はあはあ……、お腹も減って来た」
そう言いながら大量の汗を拭う天馬。架純は彼から漂ってくる汗の臭いになぜか興奮し、体をぶるっと震わせる。
架純がお茶を手渡し、弁当のビニールを開け箸にご飯を乗せて言う。
「はい、あ~ん」
「え? 架純ちゃん!?」
いつもはないサービス。戸惑う天馬に架純が言う。
「今日はいっぱいサービスしてあげたい気分なんです!! はい、あ~んして」
天馬は暗くなった公園に誰もいないことを確認してからゆっくりと口を開ける。
パク……
「美味しい」
恥ずかしくて顔を真っ赤にした天馬が小声で言う。架純が笑いながら尋ねる。
「あー、天馬さん、照れてるぅ~、カワイイ~!!」
「か、架純ちゃん!!」
架純は小悪魔のような笑みを浮かべて甘い声で言う。
「天馬さんの弱点、みーっけ!!」
天馬はどれだけ疲れたとしてもこの可愛い天使の笑顔が見られるなら、きっとどこまでも頑張れると思った。
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