14.天馬、再会する。
営業で顧客先の訪問を終えた天馬は、平日なのに人で賑わうショッピングセンターへと向かっていた。昼食を兼ねた買い物。天馬はまっすぐにスポーツコーナーへと足を運ぶ。
(意外と種類があるんだな。値段もピンキリ……)
天馬のお目当てはバスケットボール。架純にスリーポイントシュート対決を頼まれ、その練習をする為だ。幾つか手に取ってみたが素人の天馬には違いが分からない。とりあえず中間ぐらいの値段の物を購入し店を出る。
(結構目立つな……)
ビニール袋に入れて貰ったがサラリーマンが持って歩くと意外と目立つ。天馬はすぐにいつも使っている買い物袋に入れ替え駅へと向かう。
「あ」
「あっ」
そんな天馬の前に黒髪のひとつ結びで黒メガネを掛けた女性が現れ、驚いた顔で声を出した。女性が言う。
「西園寺さん?」
「あ、あの、
生駒と呼ばれた女性が天馬の前に行き目をぱちぱちさせながら言う。
「そうです! 生駒です。ご無沙汰しています」
「こちらこそ! こんなところで……」
天馬も何度も頷いて生駒を見つめる。
「こんな所で偶然ですね!」
「そ、そう……、ですね……」
佳代は真っ黒な髪を後ろでひとつに縛っただけの目立たなく大人しい女性。人柄はとても良いのだが何かに怯えるようにいつもおどおどしていた。佳代が言う。
「退職して、今は別のことをしていまして……」
天馬が頷いて言う。
「そうですか。突然いなくなったんで驚いていたんですよ」
退職したとは言え取引先のお世話になった元社員。懐かしい気持ちが先走り、天馬がやや興奮気味に言う。そんな天馬を佳代は少し恥ずかしそうに見つめて答える。
「あ、ありがとうございます。私、西園寺さんがいつもお茶をお出しする度に笑顔でお礼を言ってくれるのがとても好きで。またお会いできて嬉しいです」
そう言ってにっこり笑う佳代は、以前の暗いイメージからは想像もできないぐらい明るい。佳代が天馬が持っている袋を見て言う。
「お買い物ですか?」
「え、ええ。まあ……」
仕事中にバスケットボールを買っているとは中々言い辛い。佳代が尋ねる。
「あの、今お仕事中ですよね……?」
「はい、そうですけど」
佳代は顔を真っ赤にしながら下を向き言う。
「ちょっとだけ、少しだけお時間を頂けませんか」
「え、時間?」
意外な佳代の言葉に天馬が驚く。
「はい。来週、父の誕生日でプレゼントを探したいのですが、何を買っていいのか分からなくて。もしアドバイス頂けたら嬉しいかなぁって……」
今は仕事中。本来このような私用はできないのだが、昼食をまだ食べておらず休憩時間が少しある。天馬が言う。
「少しだけなら……」
「ありがとうございます!」
佳代は安堵したのか嬉しそうな顔になってお礼を言う。
天馬はその後ショッピングセンターに再び戻り一緒にプレゼントを購入。結局ハンカチと言う誰にでも選べそうな品に落ち着いた時は自分のセンスの無さを心から恨んだ。
「本当に助かりました。西園寺さん」
「いえ、ほとんど力になれなくてごめんなさい」
天馬が申し訳なさそうに頭を下げる。佳代は首を左右に振りながら言う。
「そんなことないです! ありがとうございました。それで今度お礼をしたいのですが、よければアドレス……、交換して頂けますか?」
「え?」
そう言って上目づかいで天馬を見つめながら佳代がスマホを取り出す。戸惑う天馬が言う。
「あ、でも、そんな大したことはしていないし……」
「お礼をさせてください。西園寺さん」
「……はい」
元取引先の女性の声でそう頼まれると反射的に返事をしてしまう。天馬はスマホを取り出し佳代とアドレス交換する。佳代が嬉しそうに言う。
「ありがとうございます! じゃあ今度連絡しますね」
「は、はい」
その後佳代は再びお礼を言って立ち去って行った。天馬は意外な人との久しぶりの再会に少し驚いたが、すぐに会社へと帰った。
「西園寺、ちょっといいか」
会社に戻った天馬に上司が声を掛けた。
「はい」
呼ばれた時から嫌な予感しかない。そんなオーラが、会社全体を包んでいるようだ。机の傍に来た天馬に上司が言う。
「B工業なんだけど、来月から担当を佐山にやって貰うことになった。まあそういうことだ」
「……」
佐山とは愛嬌だけはある天馬の後輩。その愛嬌のお陰で取引先からの評判も良く、天馬の後を継いだ企業とも今のところ上手くやっている。天馬はすぐに大手取引先のB工業から外された理由を理解した。
(原因はあの提案書だろ!!)
天馬が作り、目の前の無能な上司が自分好みに書き換えた提案書。あれで競合先に競り負け、今回の担当変更へと繋がった。部下の足を引っ張る最悪な上司。
発情期の鳥のようにピーピーつぶやく上司の顔を天馬はしばらく無表情で見つめた。
「西園寺さーん、俺、B工業の担当になったっす。引継ぎ、よろしくっす」
「ああ……」
これまで天馬が築き上げて来たB工業との信頼関係。こんなにも理不尽な理由でそれが崩されるのかと悔しくて声が震える。
(俺は必要とされていないのかな……)
そんな風に思いながら、後輩の愛嬌だけはある佐山の顔を見つめた。
トントントン、シュッ……
仕事帰り、天馬は駅とアパートの間にある公園にやって来ていた。小さいながらもバスケのゴールがある公園。暗くなり、辺りには誰もいないが公園の明かりが点いており少しぐらいなら練習できる。
天馬は買ったばかりのバスケットボールを取り出しゴールへと投げる。
トン、トントン……
外れ。天馬が投げたボールはゴールの板にぶつかって音を立てて落ちる。
「そう簡単にはいかないか……」
ほぼ経験のないバスケ。スリーポイントシュートなど尚更だ。天馬はしばらくひとりでボールを投げ、汗だくになって夜のベンチに座る。
「明日から頑張ろう……」
ワイシャツ姿の天馬。どうしてこうなったのかよく分からないが、会社の出来事を思い出すと無心でボールなど投げていられない。
(架純ちゃん、何してるのかな……)
鞄を持ちアパートへ歩き出した天馬。いつしか自分の心の癒しを、その隣に住む天使ちゃんに求めるようになっていた。
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