13.天使ちゃん、イケメンの挑発に乗る。
「うわっ、やべえ! マジ遅刻するっ!!」
早朝、天馬はどこかのアニメみたいにパンを咥えたままアパートの駐車場を駆けて行く。予想以上に疲れた週末と、会社に行きたくない気持ちが早起きを妨げる。
「ふふっ、天馬さん」
そんな彼を同じアパートの二階の窓から架純が見つめる。そして思い出す週末彼と過ごした時間。
「彼女、居ないんだ。ふふふっ……」
聞かれたから勢いで聞き返してしまった。彼女の有無は分からなかったけど、居ないと分かった時は爆発する嬉しさを抑えるのが大変であった。
架純は朝食を食べ制服に着替えて、天馬より少し遅れて駅へと向かった。
「架純、あのさ……」
「なに?」
高校の昼食。仲の良い友達の
「あのさ、ちょっと噂で聞いたんだけど、架純って『パパ活』やってるの?」
「はあ?」
あまり物事に動揺しない架純もさすがに驚いた。真由が言う。
「なんか駅前のショッピングセンターで、どこかのおじさんと一緒に仲良しそうにご飯食べてたって聞いたんだけど」
架純は週末の天馬との買い物のことだと直ぐに思った。架純が笑って言う。
「そんなんじゃないよ~、天馬さんは特別な人だよ」
「天馬さん? 特別? パパ活じゃないの?」
「違うって~!! そんなんじゃないってば」
口に手を当てて笑う架純。だが真由は真剣な顔で尋ねる。
「じゃあ、どんな関係なの?」
「う~ん、そうだな……」
仲の良い友達。架純が答える。
「私を助けてくれる人。天馬さんだけが私を救えるの」
「救える? なにそれ? やっぱパパ活じゃん」
「だから違うって~」
やや呆れた顔の真由が架純に尋ねる。
「好きなの? その天馬さんって人のこと」
架純が笑顔で答える。
「好きだよ」
真由は高校でも人気のある架純が全然男っ気がないことを心配していたが、まさか初めての恋バナの相手がおっさんだったことに正直驚いた。
「おい、
午後の授業。体育の授業の為に体育館へ向かっていた架純と真由に、その長身の男が現れて声を掛けた。
「なに?」
架純の前に現れたのはバスケ部キャプテンの
「お前、パパ活やってんのか?」
「はあ?」
長身の恭介。まさに上から目線でものを言う。学校一のイケメンと、それに匹敵する美少女の突然の絡みに真由の目が泳ぐ。架純がイラっとした表情で立ち去りながら言う。
「やってる訳ないでしょ。馬鹿じゃないの? 行こ、真由」
「う、うん……」
真由の手を引いて立ち去ろうとする架純に恭介が言う。
「週末に見たんだよ。お前がしょぼいおっさんとメシ食ってんの」
「……」
歩きかけていた架純の足が止まる。そして振り返り恭介を睨みつけながら言う。
「なに言ってんの、あなた? 訂正しなさいよ、今の言葉」
表情は変わらないが口調には怒りが込められている。恭介はにやりと笑い、架純の前に立って言う。
「俺と付き合えよ、柊木」
「!!」
真由は目を丸くして驚いた。学校一のイケメンで彼と付き合いたい女子は山ほどおり、次々と女を替えていたと噂の恭介。一度も彼の方からアプローチしたと言う話は聞いたことがないほどのモテ男。その彼からのまさかの言葉。
真由が架純を見つめる。驚いたことに表情ひとつ変えていない。架純が答える。
「あなたに興味はないわ。じゃあね」
そう言って立ち去ろうとする架純に恭平がやや大きな声で言う。
「あんなダセえおっさんより、俺の方がお前を楽しませてやれるぜ。素直になれよ、柊木」
架純の顔が怒りで徐々に赤く染まっていく。
「あなたより天馬さんの方がずっと素敵だわ。男としても」
その言葉にカチンときた恭平が怒気の籠った声で言う。
「そんな訳ねえだろ。俺の方が上だ」
「天馬さんの方が上。全てにおいて」
「ほお、じゃあ俺がその天馬って奴に何も勝てねってことか?」
「そうよ」
そう言い切る架純を見て真由がおろおろする。相手は勉強もできる文武両道のイケメン。彼を凌駕する男などそうそういない。恭平が言う。
「じゃあ、その男と勝負する」
「勝負?」
ここに来て架純に少しだけ後悔の念が沸き始める。
「ああ、バスケで勝負だ。スリーポイントシュートでだ」
「そ、それは……」
相手はバスケ部キャプテン。そんな相手に勝てるはずがない。恭平が笑いながら言う。
「ほら見ろ。俺に勝てねえんだろ、そのダセえおっさん」
その言葉に半分切れかかった架純が指を差して言う。
「いいわ。勝負してあげる。あなたが負けたら天馬さんに土下座して謝罪しなさいよ!」
恭平が満面の笑みを浮かべて答える。
「ああ、いいぜ。その代わり俺が勝ったらお前は俺と『
「え?」
強気だった架純の顔色が一瞬変わる。
『三方祭り』、それはこの地域の大きな祭りで、男女が一緒に行くと『結ばれる』と言われるお祭り。更に一緒に踊ると『生涯を共にできる』とも言われている。毎年若い男女で賑わうお祭りだ。
「何を勝手に……」
その祭りには天馬と行きたい。そう思っていた架純に思わぬ障壁が現れる。恭平が手を上げ去りながら言う。
「勝負は祭りの一週間前。いいな? 俺が勝ったら、お前は俺のもんだ」
長身で爽やかな外見に似合わずかなりの肉食系。たくさんの女生徒を泣かせてきたイケメンが架純と天馬の前に立ちはだかった。
(はあ、マジ会社ってストレスしか溜まらんよな……)
仕事終わり、くたくたに疲れた天馬が帰りの電車に乗る。時刻は二十時過ぎ。外は真っ暗で周りは急ぎ帰宅する人で溢れている。
(架純ちゃんが待っててくれたら元気出るんだけどな)
会社から逃げるように帰って来た天馬。架純に会えば元気が出る。そんな都合の良いことを考えていた彼の目に、駅の改札の隅でじっと佇立する架純の姿が映る。
「架純ちゃん……?」
傍に行き小さく声を掛ける。まさか誰かと待ち合わせ? そんな不安を抱えながら尋ねる天馬に架純が笑顔になって答える。
「天馬さん、会いたかったです……」
そう言ってすっと天馬に密着するよう立つ架純。高校の制服の架純。ワイシャツ姿の天馬。構図的にはあまり良くない。天馬が尋ねる。
「どうしたの?」
そう尋ねる天馬は、彼女の目が赤くなっていることに気付いた。
(泣いていた……?)
理由は分からない。だがそんな気がした。駅の外へ歩きながら架純が尋ねる。
「あの、天馬さん。ちょっとお聞きしてもいいですか?」
「えっ、な、なに……??」
随分改まった尋ね方。緊張する天馬に架純が尋ねる。
「天馬さんってバスケとかしたことありますか?」
「バスケ? いや、ないけど……」
正確に言えば高校の授業でボールに触れた程度はある。だがほぼ未経験。きょとんとする天馬に架純が事情を話す。
「……俺が、バスケ勝負?」
想像していなかった話に天馬の目が点になる。バスケの経験どころか、運動自体得意じゃない。ゲーム勝負なら勝てたのに、と思った天馬に架純が頭を下げて言う。
「ごめんなさい!! 私、天馬さんを馬鹿にされて悔しくて、つい……」
「架純ちゃん……」
どうやら断ることはできそうにないようだ。天馬が言う。
「分かった。絶対に負けたくないんでしょ? やれるだけやってみるよ」
とりあえずバスケのボールを買って近くの公園で練習をしようと思った天馬。架純が天馬の手を握りながら言う。
「ありがとうございます、天馬さん!! もし勝ったら私が一緒に三方祭りに行ってあげますね!!」
「あ、ああ……」
結局天使ちゃんに上手く利用された天馬。翌日より運動嫌いな天馬のバスケ特訓が始まった。
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