6.天馬のささやかな反撃!?

(今日はいるかな……)


 最近いつもより早く仕事を終え帰宅するようになった天馬。その理由は至極簡単。隣に住む黒髪の女の子に会いたい。気が付くと無意識のうちに彼女を探している。

 僅かな期待を胸に天馬が駅を出ていつも通りコンビニへと向かう。


(いるはずがない。時間も連絡していないし、ずっと待っている事なんて……)



「天馬さーん!!」


(えっ)


 そんな彼の不安を吹き飛ばすような明るい声。暗くなったコンビニの前に、薄手のカーディガンを着た架純が立っている。待っていた? そんなことはあり得ない。こんなおっさんを待っているなんて。天馬が答える。



柊木ひいらぎさん!? どうしたの??」


 架純の白い頬は冷たい風のせいか少し赤くなっており、長い時間ここに居たことが分かる。架純がにこっと笑って挨拶する。


「こんばんは」


 天馬が小声で尋ねる。


「こんばんは……、あの、まさか俺を待っていたとか……??」


 そんなことはないと思いつつも、『もしかしたら』と思いながら天馬が架純を見つめる。



「はい」



「え、ほんとに……?」


 これまで色のなかった架純の瞳に色がつき始める。架純が尋ねる。


「迷惑でした?」


「いやいや、そんなことはない! うん、その、ありがと……」


 架純は安堵したのか少し強張んでいた顔が優しい笑顔となる。どうしていいのか分からない天馬がコンビニを指差して言う。



「コ、コンビニ入ろうか……」


「はい!」


 そう言ってすっと天馬の腕に手を絡める架純は、言葉で言い表せないぐらい可愛い。こんなことを思ってはいけないのだが、架純が『彼女』だったらどれだけ幸せだろうか。



(相手は女子高生。おっさんが絡んでいい存在ではない……)


 自分はただのおっさん。相手は女子高生。それを考えれば会話して貰えるだけでも大変貴重なこと。だから決して勘違いしてはいけない。自分は多分からかわれている。そう思いたいんだけど、



「これ~、天馬さんがいつも飲むビールですよね~??」


 そう言ってコンビニの棚からビールの缶を持ってにっこり微笑む架純を見ると、やはり変な期待をしてしまう。天馬が手にしたカゴを差し出して言う。



「うん。そうだよ、ありがと」


「はーい!」


 そう答えてビール缶をカゴに入れる架純。



(なんか、いいな。こう言うの……)


 ここまで独身で来た天馬。結婚願望がない訳ではないし少しの憧れはある。だけど非モテで、オタクっぽいところがある自分がそんなリア充な人生を歩める訳はないとどこか諦めていた。天馬が尋ねる。



「柊木さん、夕飯ってまだでしょ?」


「え、あ、はい……」


 天馬がお弁当コーナーにある『一番高い弁当』を手にして言う。



「こう言うの好き?」


 それはどこかの一流レストランとコラボして作られた特製ステーキ弁当。千円を超えるコンビニとしては破格の高値。架純が首を振って断る。



「こ、こんな高いのダメです!! 高すぎます……」


「嫌いなの?」


「いえ、あまり食べたことがないんで……」


 天馬がカゴに弁当を入れ言う。



「じゃあ食べて。その……、待っててくれたお礼と言うか……」


 そう言いながらだんだん恥ずかしくなっていく天馬。彼女でもない女子高生相手にこんな事を言っている自分が恥ずかしい。架純が言う。


「でも……」


「いいから」


 観念した架純が頷いて答える。



「ありがとう、ございます……」


「うん」


 少し前に給料が出たばかり。そうでなくてもこの程度で目の前の可愛い天使が喜んでくれるなら安いもんだ。天馬は自分の弁当とチューハイをカゴに入れ会計し、ふたりで一緒にコンビニを出る。




「ありがとうございます、天馬さん」


「あ、ああ、いいってそんなの……」


 コンビニからの帰り道。暗い夜道。何度か一緒に歩いた道だが、天馬は緊張で体が固まっていた。



(なぜ、腕を組んで歩くんだ……)


 これまでは並んで歩いていたふたり。それが今夜はまるでそれが当たり前のように架純が腕に手を絡めて来る。


(聞くべきか? どうして手を絡めて……、いや、そんな無粋なことを聞くのもどうかと……)


 素直に嬉しい。女子高生と腕を組んで歩けるなんて喜ばない奴の方がおかしいぐらいだ。

 無言で歩く架純が何かを思い出したのか急に声を上げる。



「あ、そうだ。天馬さん、お願いがあるんですけど……」


 聞く。頼みごとをま未だ聞いていないけど聞く。天馬が答える。



「なに?」


 架純はポケットの中からスマホを取り出して言う。



「アドレス、交換してくれませんか?」


 それは友達などと連絡を取り合うSNSのこと。くっそ嬉しい。架純とスマホで繋がれるのはこの上なく嬉しいことだ。だがここで初めて天馬がに出る。



「いいけどさ。ひとつ条件がある」


「え? 条件ですか?」


 意外な言葉に架純がやや驚いた顔をする。天馬が言う。



「うん。俺を撮った、その、あの恥ずかしい写真をどれか消してくれないかな……」


 自分で言っておきながらこんな取引上手く行くとは思っていない。そう思った天馬に意外な言葉が返って来る。



「いいですよ」


「え、いいの!?」


 逆に天馬が聞き返す。架純はにこっと笑ってからスマホに映った『ベランダで天馬がブラを持つ写真』を見せ尋ねる。




「じゃあ、これを消しますけど……」


「あ、ああ、うん」


 意外なほど順応な架純。天馬が尋ねる。


「変なこと聞くけどどこかにコピーとかバックアップとかしていないよね?」


 架純が首を左右に振って答える。


「してないです!」


「う、うん。ごめん……」


 疑ったことを申し訳なさそうに謝る天馬。架純がスマホを天馬の前に差し出し、SNSのアプリを立ち上げる。



「はい。じゃあ先にアドレス交換」


「ああ……」


 ほとんど使わないが天馬も偶然入れていたアプリ。無事にアドレス交換が終わると架純が満面の笑みで言う。



「やったー!! 天馬さんのアドレス、ゲットだぜ!!」


(可愛い……)


 無邪気に喜ぶ架純の顔を見て天馬は素直に思った。架純はすぐに先ほどのスマホの写真を表示し、天馬に見せながら言う。



「じゃあ、この写真消しますね」


「うん……」


 未だ半信半疑の天馬。だがアプリから写真が音を立てて消去されるのを見て胸をなでおろす。



(疑ったりしていた自分が恥ずかしい……)


 本当に消してくれるのか先程まで心のどこかで信じていなかった天馬が反省する。誠実に向き合わなきゃ、そう思った天馬がふと尋ねる。



「でも、それってよく分からないけど柊木さんのコレクションなんでしょ? 消して良かったの?」


 自分で消させておいて何を聞いているのだと思いながら尋ねた天馬に、架純は少し笑って答える。


「大丈夫です。があるから」


「他の……?」


 嫌な予感がした天馬。架純が言う。



「あの写真、連写で撮っていて同じような写真がまだ他にたーくさんあるんです!! ほら」


 そう言って見せてくれた写真はほぼ同じ構図で、撮影時間が数秒違うだけのもの。口を開けて唖然とする天馬に架純が言う。


「きゃは!! 天馬さん、カワイイ~」


 天馬のささやかな反撃が終わりを告げる。やはり自分はどう足掻いてもこの女子高生の手の上で転がされるのだと心から思った。

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