5.天使ちゃんの弱点!?

 朝の電車の中。西園寺天馬は憂鬱過ぎる出社後のことを思い、ひとりため息をつく。今日は新たな社内体制に関する会議の日。会社を良くしようと思っているのか、思い付きで仕事をした気持ちになっているのか分からない急な変更。

 重い足取りで会社に着いた天馬は、午前中に始まる会議に出席する為に大きな会議室へと向かった。


「……以上です。再来月から新体制に移行します。みんな頑張るように」


 ほとんど発言のない会議。強い権力を持つ役員達による一方的な押し付け。会議と言いながら意見が出るとあからさまに機嫌が悪くなるので、誰も何も言おうとしない。

 天馬も無表情で黙って会議を聞く。自分の顧客を担当することになった愛想だけは良い後輩を遠目に見ながら、朝なのに早く家に帰りたいと窓の外を見て思った。






 暗くなった仕事帰り、いつも通り天馬はカップ麺とビールを買う為にコンビニへと向かう。自然と黒髪の隣人を探してしまう自分に苦笑しながら買い物を終え、ひとりアパートへ戻った。



 コンコン……


 部屋に帰り天馬がシャワーを浴びてカップ麺にお湯を入れて待っていると、不意にアパートのドアがノックする音が聞こえた。誰だろうと思いつつも、セールス以外ほとんど人など尋ねて来ない現状を思うに多分しかいない。



「あ、はい!」


 期待と共に天馬が慌ててドアへと走る。のぞき穴から見ると予想通り黒髪の少女が立っている。ここ最近ずっと犯罪級の写真ばかり撮られておりいつ通報されるかどきどきしていたが、粗相があってはいけないと思いすぐにドアを開ける。


「こんばんは。天馬さん」


 相変わらず一瞬で男を溶かすような天使の笑顔。冷たい夜風が吹く中、彼女の周りだけは春のようなオーラが漂っている。


「こ、こんばんは……」


 少し大きめのパーカー。真っ白な太腿が惜しみもなく出された短パン。架純がにこっとしながら言う。



「あの、お醤油が切れちゃって。よかったら少し貸して頂けませんか」


 どこかのラブコメにありそうなベタな展開。天馬が頭に手をやり申し訳なさそうに言う。


「ごめん、うち醬油とかなくって……」


 自炊などしない天馬。調味料もコーヒーを飲むときに使う砂糖ぐらいしかない。架純が少し首を斜めにして言う。



「じゃあ、代わりにさん、頂けませんか」


(え?)


 女子高生と言う生き物が一体何を考えているのか。とても可愛いのだが全く理解できない目の前の存在に天馬が呆然とする。架純が口に手を当てて言う。



「冗談ですよ~、ないなら仕方ないですよね。コンビニ行って買ってきます」


「あっ」


 そう言って立ち去ろうとした架純を見て思わず声が出る。振り返る架純。そして笑顔で言う。



「あれー、もしかして一緒に来てくれるとか~??」


 自分は一体どれだけ分かりやすい男なのだろうかと思いながら小さく頷いた。





「夜は冷えますね~」


「うん、そうだね」


 ふたり並んで歩く夜の道。春になったばかりの夜風はまだ冷たく架純もパーカーのフードを被り寒そうにする。


(その短パンじゃ寒いよな……)


 短パンから出た真っ白で長い架純の足。外に出掛けるつもりはなかったかもしれないが、確かに寒そうだ。


(俺が温めてやる、なんて言ったらドン引きだろうな。いやその前に通報だな)


 ひとりにやにやする天馬に架純が尋ねる。


「どうしたんですか?」


「あ、いや、何でもない!! ごめんね」


 咄嗟に謝ってしまうあたり馬鹿なことを考えていたと自ら晒すようなもの。架純が少し真面目な顔で尋ねる。



「私と一緒だと迷惑でしたか?」


 天馬が首をブンブン振って答える。


「そ、そんなことないよ! 柊木さんこそこんなおっさんと一緒じゃ恥ずかしいでしょ?」


 それは本音。どう考えてもこんな可愛い女子高生とうだつが上がらないおっさんじゃ釣り合わない。それを聞いた架純は少し前に行き、振り返って言う。



「私は楽しいですよ!」


 この『微笑みJK光線』を食らってまともに理性を保てる奴はこの世にいないだろうと思う。本当にこのままじゃしてしまいそうだ。こういう時になんて言っていい分からない天馬が苦笑いしながら答える。


「いや、その、なんかごめん……」


 何で謝っているのだろうかと思いつつも架純に手を引かれて夜のコンビニへ向かった。





「本当にありがとうございます。お醤油だけでなくデザートまで」


 天馬はコンビニで醤油と一緒に架純にスイーツを買ってあげた。自分のビールのついでと言うことにしたが、喜んでくれるか少し不安だったので彼女の笑顔を見て安心した。帰り道、隣を歩く架純に天馬が答える。


「いや、いいって。なんか色々あったし……」


 天馬の脳裏に浮かぶ架純のパンツとブラ事件。どちらとも彼女の陰謀はかりごとではあったが、天馬自身美味しい思いをしたことに変わりはない。架純が尋ねる。


「怒ってます?」


「ううん」


 嵌められた時は唖然としたが、不思議と彼女に悪意が感じられずあまり怒る気にはならなかった。相手が女の子だからか、女子高生だからか。理由は分からないが怒ってはいない。



(弱点、彼女の弱点か……)


 一方的に通報級の写真を撮られた天馬。どこか架純の弱点を見つけたいとここ最近ずっと考えていたが、そう簡単に見つかるものではない。架純のように騙すようなこともできない。JKの扱いはひとつ間違えば検挙の危険もある。ただは聞いておきたかった。



「あの、柊木さん」


「はい?」


 横を向いて天馬を見つめる架純。少しどきっとしながら天馬が尋ねる。



「どうして俺の弱点なんて見つけるの?」


 ずっと疑問に思っていたこと。自分ようなおっさんに女子高生が興味を持つこと自体おかしい。ほぼ一人暮らしと言う女子高生。謎が多過ぎる。架純が小さく頷いて答える。


「お醤油買ってくれたお礼に少しだけ教えますね」


「うん……」


 答えてくれるとは思っていなかった天馬が架純を見つめる。



「私を、欲しいんです……」



 その表情は決して嘘を言っているような顔ではなかった。

 冗談とか騙すとか言うものと対極にある表情。不思議な点が多い架純だが、この表情だけは信頼できる。天馬が尋ねる。


「助けるって、何から??」


 架純がにこっと笑い答える。


「さあ~、何でしょう??」


(これ以上は教えてくれないのか……)


 天馬はこれ以上尋ねるのをやめた。聞いてもきっと教えてくれない。そう架純の顔に書いてあるようだった。

 架純はクスッと笑いながらポケットからスマホを取り出し天馬に見せる。



「天馬さんコレクション、結構増えて来ましたよ!」


 そう言いながら架純が四つん這いになった写真や、ベランダで自分がブラを持つ写真を見せる。天馬が顔を手に当て俯きながら言う。


「マジ消して、それ、お願い……」


 こちらはお願いベース。何かあった時にそれを拡散されたら間違いなく検挙。架純がスマホを隠すように後ろに持って行き言う。



「だーめ。架純の大事な天馬さんコレクションなんだから」


「はあ、何だか知らないけどこんなおっさんの写真撮ってどうするの?」


「まだ秘密でーす」


 そう答える架純はやはり可愛い。和んだ雰囲気になった天馬が思わず口にする。



「俺も柊木さんの弱点知りたいな……」


 言った瞬間しまったと思った。

 これ以上深入りは危険。相手の弱点は知りたいが目的が分からない以上距離を取った方がいいかもしれない。架純は一瞬驚いたような表情をしたがすぐに笑顔になって答える。



「いいよ」


「え?」


 その顔を、言葉を何度も頭で繰り返す。架純が手にしたコンビニのビニール袋を持ち上げて言う。


「スイーツ買って貰っちゃったし、架純の弱点教えてあげるね」


「ほんと……?」


 天馬の中に感じたことのない興奮が生まれる。女子高生の弱点。可愛い隣人の弱点。天馬が架純の言葉をじっと待つ。



「架純ね、なの……」


「まだ? なにが……??」


 思わず止まって尋ね返す天馬。架純は恥ずかしいのか前を向いたまま答える。


「学校の友達はね、もうみんなしてるの」


「な、んなの……?」


 天馬はもうそれ以上聞いていいのか分からなくなるぐらい動揺し、焦る。架純が振り返り小声で言う。



「えっちなこと」


 ドン……


 天馬が持っていたビールの入ったビニール袋を落とした。そして直ぐに真っ黒な長髪を風に靡かせながら前を向く架純を見て思った。



(それ全然弱点じゃないじゃん……)


 架純は恥ずかしそうに『さ、行こ』と言って天馬の腕を掴んで歩き始める。天馬はこの『可愛らしい悪魔のような天使ちゃん』を見て、やはり自分のような凡人では勝てないと心底思った。

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