3.天馬、反撃の狼煙を上げる!?

(女子高生のパンツ……)


 天馬はその日、一日中仕事が手につかなかった。

 ただでさえ女性と絡むことが少ない天馬。そんなおっさんの自分にとってある意味タブーな女子高生がグイグイ絡んでくる。



(俺、一生分の運を使い果たしちゃったのかも……)


 生で見た架純のパンツがずっと脳裏に焼き付いている。眼福と背徳感。経験したことのない興奮が天馬を包む。




 トゥルルル……


 そんな天馬の業務用スマホが鳴る。外出中の上司からだ。天馬が嫌々電話に出る。


「はい、お疲れ様です」


「お疲れ。昨日の見積もりと提案書だけどさ……」


 上司に送った提案書とそれに係る見積書。天馬なりに誠意を尽くして作成した。だがこの後細々な点を幾つも注意され、結局絶対顧客が喜ばないであろう的外れな案に半ば無理やり変更させられた。



「はあ……、ほんと頼むよ。まったく……」


「……すみません」


 反射的に謝ってしまうのは日本人の悪いところだろう。上司の提案では顧客はあまり惹かれないのは明白。長年通った天馬にはそれがすぐに分かったが、『自分がすべて正しい』と言う上司の部下の話を聞かない性格を思えば、泣く泣くその案を飲まざるを得ない。



(あー、本当にくだらねえ……)


 決して口には出さないが会社に来るだけでこれほど心が削られるのかと天馬はひとり嘆く。



「でさでさ、あそこのスーパーがさとっても安くて……」

「やだぁ!? そんなに安いの! 絶対行かなきゃ!!」


 相変わらずうるさい女性社員。仕事と関係ない話ばかりしている。うるさくて仕事に集中できなくなった天馬は手帳と時計を見てから席を立ちあがり、ひとり外回りへと出かけた。





「はあ……」


 仕事帰り。来週ある会議を思うと無意識のうちにため息が出る。


(今日も飲むか……)


 駅近くにあるコンビニ。決して安くはないのだが便利さ故にいつもビールを買ってしまう。文字通り便利なお店だ。



「あっ」


 二十時を過ぎ真っ暗になった空。コンビニの明るい光が暗闇に浮かぶ中、その黒髪の可愛らしい女の子は天馬の姿を見つけると小走りに近付いて来て言った。



「天馬さん、みーっけ!」


「あ、ひ、柊木ひいらぎさん……」


 天馬の足が止まる。真っ白な頬を少しだけ赤く染めてやって来た架純を見て、天馬の体から力が抜ける。可愛い。そんな感情を女子高生に抱いてはいけないのだが、男してそれを止めることはできなかった。架純がにこっと笑いながら尋ねる。



「お買い物ですか?」


「あ、ああ、柊木さんはどうして……?」


 暗い空。高校生が夜歩くには遅い時間だ。架純が両手を後ろに回し上目遣いで天馬に言う。



「待ってたの」


「待って……た? 何を?」



「天馬さん」


「え!?」


 思わず後ずさりするほどの衝撃。だがすぐに架純は小悪魔的な顔になって言う。



「うそうそ。偶然、散歩してたの」


「あ、ああ、そうか。そうだよね……」


 中年サラリーマンと制服姿の女子高生。コンビニの前とは言え夜遅い時間に一緒に居るのは周りからの見た目は良くない。それよりも天馬の頭に今朝の架純のパンツが再び蘇る。背徳感。興奮。架純が尋ねる。



「お買い物ですか?」


「あ、うん……」


「またビール?」



「え、どうして分かるの?」


 架純がクスッと笑って答える。



「だって見てたもん。いつも」


「え、どういうこと……??」


 架純はいきなり天馬の腕に手をと大きな目で見つめて言う。



「一緒にお買い物していいですか。天馬さんが何を買うのか知りたいの」


 天馬の体から力が抜ける。肌寒い春なのに一瞬で吹き出す汗。天馬にとっては空想上、いや二次元の中でしか生存しない女子高生に。接触している腕がまるで鉛のように重くなり、同時に噴き出した汗が風に吹かれて冷たくなる。



「ちょ、ちょっと待て!! なに、急に!?」


 思わず手を解き後ずさる天馬。きょとんとする架純が首を傾げて言う。


「え、ダメでしたか……? 買い物」


 百歩譲って買い物は良い。だがなぜ腕を組む必要があるのか。女子高生に触れると検挙されると思っている天馬にとっては、嬉しいのだがその対処が分からない。コンビニから出てきた仕事帰りのサラリーマンが天馬達をじろじろと見て行く。



「と、とりあず中に入ろうか」


「はい!」


 天馬の後に続いて架純がコンビニへと入る。



「うわー、お酒って色々種類あるんですね! ビールとチューハイって何が違うんですか?」


 店内に入りアルコールの棚を前に架純が陳列された色とりどりのお酒を見て言う。


「え、何が違うって、味? ……かな」


「それぐらい架純でも分かりますぅ」


 馬鹿にされたと思ったのか架純はちょっとだけむっとした顔になって言う。



(な、なんだ、この天使の様な可愛さは!!!)


 架純の傍に立っているだけで全身が高揚感に包まれる。女子高生は怖い存在だけど、でも一緒に居ると幸せを感じてしまう。天馬が無意識に手にした弁当を見て架純が尋ねる。



「夜はお弁当が多いんですか?」


「え、ああ、ひとり暮らしだし。作るの面倒だし……」


「分かるぅ~、架純もいつも苦労してますぅ」


 そう言って微笑む架純を見て天馬は、一体この女の子には何種類の微笑みがあるのだろうかと思った。



「ご飯は食べたの?」


「……」


 無言になる架純。それを察した天馬が尋ねる。



「まだなんでしょ? 一緒に買うよ」


「でも……」


 少し俯く架純を見て天馬が言う。



「いいって。スマホ、拾ってくれたお礼もあるし」


「……」


 黙り込む架純。天馬が尋ねる。



「あれ、もしかしてもう食べたとか?」


 架純が顔を上げ首を左右に振って答える。



「ううん。天馬さんに、取られたくなくて……」


「??」


 何を言っているのかよく分からない。何故弁当を買うことが弱点になるのか。天馬が笑って言う。



「いいって。好きなの選んできて。一緒に買うからさ」


「……はい。分かりました」


 結局素直に弁当を選ぶ架純。そして一番安いのり弁当を選んできた彼女を見て、天馬はやはり彼女はよく理解のできない子だと思った。





「寒いですね~」


「そうだね……」


 コンビニからの帰り。まだ冷たい春の夜風がふたりを包む。架純はいつも通りの制服のミニスカート。見ないようにはしているがすらっとした白い足が風に吹かれて寒そうだ。何度も頭をよぎるパンツの映像は男だから仕方のないことだろう。

 こつこつと静かな闇に響くふたりの足音。少しの静寂。天馬が思い切って尋ねる。



「あ、あのさ……」


「はい?」


 架純が少し天馬を方を向く。



「あのさ、俺のスマホの中身って、見た?」


「……見ていいんですか?」


「え、見てないの?」


 架純は前を向き少し笑って言う。



「さあ、どうでしょう~」


「……」


 まったく理解できない。

 あの変態性癖丸出し動画をもしこの女子高生に見られていたとすれば、それこそ西園寺天馬最大の汚点。想像するだけで恥ずかしくて顔から火が吹き出しそうになる。天馬が尋ねる。



「で、でもさ、俺の名前、天馬って知ってたよね?」


「ふふっ」


 急に笑い出す架純。理解できないその笑いに戸惑う天馬に彼女が言う。



「お弁当のお礼に教えてあげますね。郵便受けに溢れ出ていた郵便物を見ちゃったの。偶然です。偶然に」


「あっ」


 アパートの表札の他にもその手があったか。天馬が納得する。意外に素直な架純に天馬がなぜか安堵する。





「これ、頂きますね。ありがとうございます」


「うん……」


 アパートに到着後、架純は弁当の入ったビニール袋を軽く持ち上げて笑顔でお礼を言った。そしてドアの鍵を開けながら天馬に言う。


「それじゃあ、おやすみなさい」


「あ、ああ。おやすみ……、あ、あのさ……」


 呼ばれた架純が振り返って言う。


「どうしましたか?」


「いや、あの……」


 なぜ引き留めたのか分からない。勝手に口が動いた。架純が小悪魔的な笑みを浮かべて言う。



「もしかして私の可愛さに惹かれちゃったのかな~??」


「えっ」


 架純が頭を斜めにして言う。



「天馬さんの、弱点みーっけ」


 架純は軽く『おやすみ』と言って部屋に消えて行く。




(弱点、俺の……)


 天馬はひとりアパートの廊下に立ち彼女が消えて行ったドアを見つめる。



「俺も、見つける……」


 手にしていたコンビニの袋をぎゅっと握りしめて思う。



(俺も彼女の弱点を見つけてやる!!)


 自分の弱点ばかりを彼女に掴まれる。だったら俺もあの子の弱点を掴んでやる。大人として、男として彼女に反撃したい。天馬はひとり反撃の狼煙のろしを上げることを誓う。

 ビニール袋に入った冷えた缶ビール。景気付けの一杯としては最高だなと笑いながら天馬がアパートのドアを開けた。

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