第78話 てっちゃんとみっちゃん
城門から魔王城に侵入したオレは、誰にも邪魔されることなく中へ中へとずんずん歩いていった。
やはり、魔王は全兵力を城門に集結したらしい。
だろうな……。
と、突如、オレの身体がまばゆい光に包まれた。
「これは……」
感じる。三人の聖女による守護の力だ。
おそらくこの真上――カリクトゥス王国の王の間で、リーサ、フィオナ、ユリーシャの三人が全力で祈りを捧げてくれているのだろう。
全ての装備を整えたサンクトゥス三人の絶対守護の力だけあって、溢れるほどのパワーが身体の内外を駆け巡っているのが分かる。
攻撃力、防御力、回復力、その他諸々、様々な能力が倍増しているのを肌で感じる。
今のオレならブースト無しで岩を砕けそうだ。
「こいつは凄ぇや」
テンションアゲアゲになったオレは、微かに笑いながら魔王の間への扉を開いた。
やはりと言うべきか、王の間にいたのは魔王一人だけだった。
言うまでもなくわざとだろう。
邪魔者を排除し、オレと話したかったのだ。
「お待たせ。……みっちゃん」
そう。玉座でオレを待っていたのは、いつもの眼鏡を掛け、黒いマントを羽織った親友――
随分と疲れた顔をしている。
「どうしてそんなことになっているんだ? みっちゃん」
「うむ。シュバルツバーン城で下半身を削られた俺は、上半身だけで異空間を漂っていた。だが、魂までもが消える直前、魔王・ゼクス=ハーケンが現れて、勇者を倒すために異世界の知識が必要だといって無理矢理俺を取り込んだんだ。残念ながら俺の力の方が強くて、逆に取り込んでやったがな。……いや、拮抗中か。だが、どうして俺と分かった?」
「ガイエス=ヴァルディは、いじめっ子たちを踏みつぶすモンスターの名だよ。それを聞いてピンと来た」
「そうか、覚えていたんだな……、うぅ……」
「大丈夫か? みっちゃん!」
「近寄るな! まだだ。話は終わっていない」
久我は必死の形相で玉座のひじ掛けを力いっぱい握りしめた。
まるで、そうして踏ん張っていないと中から何かが飛び出すのを止められないとでも言わんばかりだ。
「どうしたら分離できる?」
「できない。元々俺の身体は半分しか無い。仮に上手いこと分離できたとしても上半身しかないからすぐ死ぬ。だから、今ここで、俺ごと魔王を倒せ。どっちみち俺たちは死人だ。死んでこの地——アストラーゼに来た。今まで生かして貰っただけありがたいと思うしかない」
「そうか……。そうだ、みっちゃんに伝えたいことがあったんだ」
「何だ?」
久我が苦しそうな顔で俺を見る。
その顔には、すでに覚悟の表情が浮かんでいる。
「三人娘のお腹にそれぞれオレの子供がいる。どうやらオレは父親になるらしい。欲しくて堪らなかった家族を持てそうなんだ。ようやく愛を手に入れたよ。泣きたいくらい、嬉しいんだ」
「そうか! それはおめでとう! 良かったな、てっちゃん。なら安心だな。……もう俺は必要ないか?」
「あぁ、もう大丈夫だ。オレは……一人で立てる」
「くっ。うぅ……。駄目だ、もう抑えられない……。じゃあな、てっちゃん。必ず勝てよ……」
「任せろ。必ずみっちゃんを解放してやる!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
オレの目の前で久我の身体がドンドン大きくなっていく。
身長十メートルの巨体だ。
仁王像のような怒りの形相に巨大な二本のツノ。
筋骨隆々の見事な身体に、背中に生える巨大な蝙蝠の羽根。
身体の左右から生える六本の手にはそれぞれ形の違った剣を持っている。
七霊帝も強かったが、アレとは桁の違う強さだ。
覇気のようなものがビリビリと伝わってくる。
「いや、こりゃ凄いな。これを倒せって? 無茶を言ってくれるぜ」
呆れ顔を浮かべつつもオレは剣を構えた。
どうあっても勝たなきゃならない。
でないと、異世界アストラーゼの人類は滅亡する。
「さぁて、正真正銘、最後の戦いだ。行くぜ、シルバーファング。出でよ、第五の牙、
そして、オレは光と化した。
◇◆◇◆◇
「でい!」
「いてえっ!」
オレは久我が乗ろうとした椅子を直前で蹴っ飛ばした。
足場を失った久我が床に転がる。
埃が激しく舞う。
「な、何だ何だ? め、眼鏡はどこだ? あ、あった。……藤ヶ谷ぁ??」
「ケホ、ケホ。よぅ、みっちゃん。ここがみっちゃんの部屋か。ずいぶんと広い部屋だな。家賃幾らだよ。あぁあぁ、広くて豪華そうな部屋なんだから掃除くらいしろよ」
オレはそこら辺に転がっているゴミの入ったビニール袋を一か所に纏め始めた。
にしても多い。台所の一角があっという間にゴミ袋で山となる。どれだけ溜め込んでいたんだか呆れ返るばかりだ。
久我が呆然とした顔でオレを見る。
ま、そりゃそうだ。今まさに首を吊って死のうとした直前にそれを邪魔されたのだから。
「ここは持ち家だ。マンションだけど」
「あ、霞が関勤務だっけ? そりゃ金持ちなはずだ。はー、億ションってこんな内装なのか。初めて見たよ。凄いな」
床に転がったまま、久我が信じられないといった表情でオレを見る。
と、何かを思い出したらしく、その目に光が灯る。
久我が両手で頭を押さえて、記憶を探る。
「待て待て待て待て、ちょっと待て。何だこの記憶。え? 異世界アストラーゼ? 待て待て、魔王はどうした? 何で藤ヶ谷がここにいる? あれからどうなったんだ?」
「落ち着け、落ち着け。魔王は無事倒したよ。全身ボロボロで死にそうな目にあったけどな。いやー、ホントよく生きて帰ってこれたもんだ。凄ぇや、オレ。そんで、報酬をみっちゃんの命を救うことに使ったところだ。な、メロディちゃん」
『うむ。久我よ、お茶、勝手にいただいておるぞ』
久我が驚いて立ち上がると、勝手知ったるといった様子で居間のソファにだらしなく寝そべり、ペットボトルのお茶を飲みつつテレビを見ていた女神メロディアースが軽く手を振る。
お笑いでもやっているのか、テレビを見ながら銀髪ロリ女神がゲラゲラ笑っている。
おいおい、女神だからって勝手に
なんともシュールな光景である。
「メロディアースさま!? 何で! まさかお前……。馬鹿野郎! 何で願いを俺に使った、藤ヶ谷!」
久我がそこら中に転がったゴミを乗り越えて、つんのめりつつオレの襟首を掴んだ。
髪はボサボサ、ヒゲもボウボウ。ただでさえ酷い有様なのに、泣いてやがる。
オレは優しくその手を包み込むと、そっと久我の手を外した。
「親友を生き返らせたかったから。ま、生きてりゃ色々あるさ。だが、オレに生き返らせてもらったと思えば、これから先、何があっても死ぬのは申し訳ないと自殺を思い止まれるだろうさ」
「藤ヶ谷……。だけどお前は?」
「オレには向こうに家族がいる。言ったろ? 愛を手に入れたって。オレは死ぬんじゃない。向こうで生きるんだ。家族と共にな。それはとても幸せなことだ。だろ?」
「そうか。そうだったな。愛を見つけられたんだったな」
「そうさ。だから帰るんだ。さ、メロディちゃん。転送を頼む。じゃあな、みっちゃん。二度と会うことはないだろうが、達者でな」
「元気で。てっちゃん……」
そうしてオレはガン泣きする久我を残して、現世を後にしたのだった。
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