第79話 新たなる命

 その日、オレは膨大な書類の束を前に、頭を悩ませていた。

 ここは新生カリクトゥス王国の執務室だ。

 

 世界を救った勇者が国を興すと聞いて世界中から人が集まって来て、地盤改良から城の修復から不眠不休の勢いで工事をしてくれている。

 お陰で外見だけはすっかり元通りだ。


 舗装こそまだ済んでいないものの、通りも区画もしっかりできて、宿屋も飲食店も病院や教会、果ては子供たち用の学校まであっという間に揃った。

 続々と町が整いつつある。

 マンパワーの凄さに驚くばかりだ。


 だが、予算は無限じゃない。

 魔王城から引き揚げたお宝があるから当面は何とかなるものの、それもいずれ無くなるだろう。そうなったときにどうするか……。


「今年いっぱいまでに入植した者には来年の税金を安くしましょう。併せて、カルナックス、オーバル、ネクスフェリアの有力な商人たちには今我が国で商売を開始すれば今後何年か税金が安くなる旨、通達済みです。それと、三か国には無償資金協力を申し込んでおきました。こちらも程なく了承の連絡が入るでしょう」


 いつもの眼鏡を掛けた金髪美人――フヴァーラ伯令嬢・ステラ=フヴァーラが書類片手に執務室に入って来た。

 服は半袖セーラー服。

 ミニ丈のスカートと紺のオーバーニーソックスの作り出す絶対領域が眩しすぎて目が離せない。

 どことなく、職員室に訪ねてきた生徒会長の雰囲気を醸しだしている。

 どうでもいいけど、ステラはどこからこんな服を入手してくるんだろう。


「そいつは助かる。が、商人さんも王さまたちもよくその話を飲んだな。こんな何も無い土地への投資なんて誰もやりたがらないだろうに」

「いえいえ、『魔王を倒した勇者の国興しに手を貸した』という事実は、商人にとって何よりの宣伝になります。皆、喜んで了承しましたわ。それに、三国の王さまたちにはこの地の封が解けたらどういう事になるかしっかり伝えましたので、快く協力を申し出てくれましたわ」

「あはは。喋っちゃったのね。でもさすがステラだ。頼りになるな」

「でしょう? 徹平さまがお妃さまの件を了承してくれたらもっと頑張りますわよ?」


 ステラは椅子に座ったオレの膝の上に乗ると、オレに熱烈なキスをした。

 ……ぷはぁ。このキスの威力、凄ぇ。

 三人娘には悪いが、そろそろステラに手を出してもいいかもしれん。


「あら。それだったら私がお妃さまの役をやってもいいわよ? こうして受肉した事だしぃー」


 ソファに寝転がって本を読んでいた銀髪の女性が立ち上がった。

 豊かな銀色の髪。真っ白なドレス。背中に生えた白鳥のように真っ白な翼。

 元・色欲帝のルクシャーナ=デルタだ。

 ステラと目をバチバチとやり合う。


「キミたち、何でまだここにいるんだよ。神格が一個上がったんだろ? メロディアースさまの下で修業とかするんじゃなかったの?」

「それはいつだっていいのよ。魔族から神族にクラスチェンジしたとはいえ、時間は無限にあるしね」

「そうだよ、僕らはどこで何してたっていいんだよー。だからしばらくここで遊ぶんだー」

「遊ぶんだー」


 オレの足元を、オモチャの車に乗ったプルディシオとアウロラが通り過ぎて行く。

 コイツら、この執務室を遊び場と勘違いしていやがる。 


「テッペイ兄ちゃん!」


 そこへ、チビドラゴンのバルが飛び込んで来た。

 思わず両手で受け止める。


「どうした、バル。何かあったか?」

「う、産まれるって!!」

「何だって!?」


 オレはステラと顔を見合わせると、慌てて執務室を飛び出した。

 ステラも走って追いかけてくる。

 オレは走りながら左肩に留まったバルに状況を聞いた。


「三人はどうしてる? 大丈夫か?」

「うん。三人ともスタンバイしてるよ。いつでも大丈夫って感じ!」

「そうか。元気な子が産まれてくれるといいが」


 オレは走って厩舎まで行った。

 厩舎入り口で、お腹を大きくしたリーサ、フィオナ、ユリーシャと合流する。


「大丈夫か! 具合は?」

「もうすぐ生まれるって!」


 オレは慌てて厩舎を覗き込んだ。

 その途端。


「ピィピィピィピィ!」


 厩舎の三か所――黒いパルフェと白いパルフェ、ピンク色のパルフェの下から、小さく甲高いヒヨコの泣き声が響いた。

 あっという間にヒヨコの大合唱になる。


「ずんだぁぁあ! お前もパパかぁぁ!! やったな!」


 出産に関しては何もしていないずんだが、オレを見てドヤ顔をする。

 三羽がそれぞれ卵を産み、温めていたことは分かっていたが、よもや三羽ともに、ほぼほぼ同じようなタイミングでかえるとは。


「にしてもお前、いつの間に三羽とも手を付けていたんだ。言われるまで全く分からなかったぞ? ささ、お前の奥さんたちをねぎらってやれ、ずんだ」


 ずんだの肩を叩くと、ずんだはノソノソと三羽のパルフェの元に行った。

 それを見ていたオレの後ろから、フィオナの微かな呟きが聞こえた。 


「あ、痛っ……」


 振り返ると、フィオナが厩舎の柱にしがみついて、苦しそうにしている。


「フィオ? フィオ! 旦那さま、フィオが破水してる! お医者さんを!」

「ユリちたちが付いてるから、今の内に、早くお医者さんを呼んで!」


 呆然とその場に突っ立つオレをよそに、ステラが風のように駆けていく。

 これまで町医者が彼女たちを診てくれていたのだが、どうやらそれを呼んでくるようだ。


 ぐったりしているフィオナをリーサとユリーシャが励ましているが、そのリーサとユリーシャだってお腹が大きくて、いつ産まれてもおかしくない状態だ。

 テキパキと指示をする女性陣と違って、オレは逆におろおろしてしまう。

 情けない。


「で、でも、町医者は産科は専門外だって言ってたよな? だ、大丈夫なのか?」

「落ち着いて、センセ。二、三日後にはカルナックスから産科医さんが来てくれる予定だったの。それがちょっと早まっただけだよ」

「そうそう、今までの定期健診で町医者さんとカルナックスの産科医さんとで綿密に打ち合わせをしていたから、何とかやってくれるよ、旦那さま」

「しかし!」

「いや、もう限界のようじゃぞ。町医者が来るまで間に合いそうもないな。……仕方ない。ワシらで取り上げるとしようかの」


 不意にオレの後ろから声がした。

 振り返ると、見知った顔が立っている。


「イルデフォンゾの爺さん! あんた、赤ちゃんを取り上げた経験があるのか!?」

「無い。そんなものは無いが、人間界の知識だけはあるでな。人間用の医学などお手の物よ。あとはホレ、ワシ今、神族の一員じゃろ? 幸運ラックがべらぼうに高くなっておるからの。それで何とかなる」

「本当に何とかなるのかよぉぉぉぉ!!」

「とはいえ時間もないぞ! ワシに任せい!!」


 そして、格闘四十分――。


「おぎゃあ! おぎゃあ! おぎゃあ!!」


 厩舎中に赤ん坊の泣き声が響いた。

 その声に腰が抜けたか、オレは厩舎の床にペタンと尻をついた。

 赤ちゃんパルフェの甲高い鳴き声に混じって、ちゃんと赤ん坊の泣き声が聞こえている。


「生まれた……」


 新たな命の誕生に、自然と涙が流れる。 

 幼くして親を亡くし、親戚にも捨てられ、一人孤独に生きてきたオレにも、まだこんな感情が残っていたとは……。 


 ふと見ると、厩舎の壁に沿って七聖帝が立っていた。

 どうやら赤ちゃんが無事生まれてくるよう、幸運の上乗せをしてくれていたらしい。

 七聖帝はオレに向かって軽く手を振ると、フっと消えた。


「テッペー、わたし頑張ったよ」

「お、おぉ! 頑張った! ホントよくぞ頑張ってくれた、フィオナ。ゆっくり休んでくれ」


 ステラ専用騎士団・薔薇の騎士団ミリタスロザィエの少女たちによって、担架に乗せられたフィオナと赤ん坊が宮殿内に運ばれていく。

 と、騎士団の少女に手を取られて宮殿へ戻ろうとするお腹の大きなリーサが、自分のことのように、笑顔をオレに向けた。


「旦那さま、赤ちゃんの顔、見ました? 旦那さまにそっくりでしたよ」

「そうだな。さ、リーサ。温かくして部屋に入れ。次はお前らの番なんだから、くれぐれも身体を大事にしてくれよ」

「うん、旦那さま!」


 続いてユリーシャも騎士団の手を借りてオレの前を通る。


「ユリちも頑張ってセンセの子供を産むから待っててね」

「あぁ、楽しみにしているぞ、ユリーシャ。さ、部屋でゆっくり休め」


 ステラが遠話えんわで交渉してくれたお陰で、明日にはカルナックス王国から医者が集団で到着することになっている。

 それまでは町医者がつきっきりで面倒を見てくれるそうだ。

 オレ自身が産んだわけでもないのに、なんでこんなにぐったりしているんだか……。

 三人を見送ったオレは、執務室に戻ると、安堵のため息をつきながら椅子に崩れ落ちた。 

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