第77話 魔王城突入

 ドラゴンのバルに乗ったオレたち四人は、古代カリクトゥス王国跡地に向かって順調に飛んでいた。

 古代カリクトゥス王国は、魔王を倒した後、先代勇者カノージンが興した国だ。

 場所は、カルナックス、オーバル、ネクスフェリア三国のほぼ中央にあたる。


 千年経った今、跡地は沼地となってしまっている。

 当時は砂や土でしっかり地盤を固めたのだろうが、千年経ってすっかり元の沼地へと戻ってしまった。

 そんな場所が国を建てる場所としてふさわしいとは、とてもじゃないが思えない。


 勿論、当時存在していた他国との力関係などもあっただろう。

 勇者であるとはいえ、魔王を倒した英雄が国を興すとなれば、周辺諸国は相当警戒するはずだ。


 嫌々ではあるが、勇者の国興しを黙認するとすれば、それなりの理由が必要だ。

 例えば誰も手を出さない場所、価値の無さそうなところであるとか。

 あるいは、誰もがやりたがらない嫌な仕事を押し付けられたか。

 すなわち、魔王城の封印の役目を。


 そう、魔王城を封印する目的で古代カリクトゥス王国は建てられた。

 カノージンはそこに人柱として封じられている。千年経った今でも。

 

「ただの魔族でいる間は外を自由に歩ける。だが、魔王という称号を入手した途端、魔王さまは魔王城に強力に縛り付けられるのだ。女神によってそういう呪いが掛けられている。そしてその封となる存在、それが勇者なのだ。そして封印はまだ生きている」


 もう隠す必要も無いと思ったのだろう。

 オレの胸のガイコツ人形――嫉妬帝イルデフォンゾ=ジェルミの爺さんはそれまで黙っていた分を取り戻すが如く、ベラベラと隠された真実を教えてくれた。


「つまり、オレが魔王に勝てば、封印はオレを人柱として次の千年分貼り直されるってわけだな? だが、メロディちゃんは魔王討伐を果たせば生き返れるって言ってたぞ? その時はカノージンの爺さんに人柱延長させるってか? 千年一人で頑張ったのに? それも気の毒な話だな」

「……帰るつもりなのか?」

「さぁてね。だが、だからこそ、オレが帰りたくなる気をなくすようこれだけ美女を取り揃えたんじゃねーかな。いやはや女神メロディアースもとんでもない罠を仕掛けてくれたもんだ。ちなみにもしオレが負けたらどうなるんだ?」

「魔王さまが地上に出てくる。あのゴーレムを見ただろう? 魔王城の中にいてさえそれだけのことができる。その力をフルに使えるとしたら、それは人類の滅亡を意味する」

「だろうね。三体だけで、あっぷあっぷだよ」


 オレがイルデフォンゾの爺さんとコッソリ話していると、後ろで会話をしていたらしい三人娘がツンツンとオレをつついて来た。

 振り返ると、三人娘が神妙な顔をして、揃って正座している。

 互いを肘で突いているところを見ると、言い出しっぺを誰にするか決めかねているらしい。

 しばし逡巡した挙句、リーサがまず口を開いた。

 

「ねぇ、旦那さま。実はボクたち、旦那さまに報告しなくっちゃならないことがあるんだ……」

「そうそう、そうなのよ、テッペー。ちょっと驚きだったんだけどね」

「だよねぇ、ユリち、ビックリしちゃったよ」


 見ると、三人とも顔を赤くしている。


「報告? 何だよ、いきなり」


 訝し気に問うと、三人揃って口を開いた。


「えっとぉ……できちゃいました」

「いるみたいよ?」

「ユリちたちも何か最近おかしいなぁって思ってたんだけどね」

「……は?」


 思わず顔が固まる。

 え? どういうこと? まさか……!?


「だから、旦那さまの子供がお腹にいるみたいなんです」

「よりにもよって三人揃ってよ?」

「そういえば最近、月のモノも来てなかったからまさかとは思ったんだけどね」

「お前ら……」


 三人が急に真剣な表情になる。

 オレの反応が気になるのだろう。

  

「ふはっ。ははっ。あははははは。あっはっはっはっは!! お前らでかした!」


 オレが両手を開くと、三人娘が勢い込んで飛び込んできた。


「旦那さま、嫌がらないの? 迷惑じゃありませんか?」

「迷惑なんかじゃないよ! 最っ高なニュースじゃないか!」

「喜んでくれる? テッペー」

「勿論! これ以上嬉しいことなんかないよ!」

「ユリち、産んでいいの?」

「おぉ! むしろオレから頼む。元気な子を産んでくれ!」


 オレは三人をギュっと抱き締めた。

 大丈夫、オレにはこの子たちがいる。

 こんなオレとの子を望んでくれるんだぞ? これが愛でなくてなんだよ。

 だから……オレは勝ってこの物語を終わりにする。

 オレは、ようやく眼下に見えて来た古代カリクトゥス王国跡地を見て、決意を新たにした。 


 ◇◆◇◆◇


 王の間に入ると、銀色の甲冑群が最敬礼でオレたちを出迎えた。

 中身は入っていないが、何となく分かる。

 コイツらはかつての古代カリクトゥス王国の騎士たちだ。

 人柱となった先代勇者カノージンと共にここに眠ることを選んだ、偉大な勇者たちだ。


『待っておったぞ、次代よ。さぁ、そこに立て。お主を魔王城へと転送してやろう。準備はいいな?』


 緋色のマントと銀の略王冠を被った白髪の日本人が玉座から立ち上がる。

 千年前――平安時代に召喚された先代勇者・加納尽かのうじん、その亡霊だ。

 オレは、後ろをついてくる三人娘をその場に留めた。


「三人はここで待て。魔王城へはオレ一人で行く。先代さん、それでいいだろ?」

「旦那さま!?」

「テッペー!」

「センセ!!」

『構わんが……いいのか?』

「ここからでも三人の加護はオレまで届くだろ? それに、どうしても二人で話さなくっちゃいけないんだ、アイツと」

『そうか。……そうじゃな。好きにするがいいさ。ではそこに立て!』


 オレは緋色の絨毯の上に立った。

 途端に絨毯の上を縦横に光が走り、オレを中心に複雑な魔法陣が形成されていく。

 下から強風でも吹いているかのように、オレの羽織ったマントがバサバサとひるがえる。

 そして、光に包まれたオレは、いずこかへと転送された。

 

 ◇◆◇◆◇


 気付いたオレは、巨大な城の中庭に立っていた。

 空は真っ暗。だが星は無い。夜空では無いということだ。

 あちこち篝火が焚かれているが、夜だからという理由では無いのだろう。

 ここにはそもそもが、昼も夜も無いのだ。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。


 城門が開くと同時に、黒い影が大勢出てきた。

 大きい者、小さい者、太い者、細い者、人間のような者、獣のような者、色々いるがひと目で分かった。

 こいつら全員魔族だ。しかもかなり手強い。

 百人を超える魔族の大群だ。

 だが、そんなことは予想済みだよ。


 オレは聖剣シルバーファングのつかを開いた。

 柄にしまっておいた七つの宝玉――七霊帝の魔核デモンズコアが飛び出して、意思ある者かのようにオレの周囲を飛び回る。

 オレは胸のガイコツ人形に向かって声を掛けた。


「爺さん何やってんの。あんたもだよ。覚悟を決めなさいって」

「やぁれやれ、年寄りをこき使いおって。ほいっ」


 ガイコツ人形から出た宝玉が合流し、オレの周りを八つの光となってグルグルと回る。

 オレは剣を地面に突き立てると、八つの宝玉に向かって叫んだ。


「七霊帝よ、オレがお前たちに新たな身体を与えよう。我が命を使ってよみがえれ、七聖帝!!!!」


 途端に、身体からゴッソリと何かが抜けて行くのを感じる。

 オレは膝を付きそうになるのを必死に耐えた。

 この感じ。想像していた通り、七聖帝の身体形成にはオレの寿命何年か分かを差し出す必要があったのだろう。

 だが大丈夫。オレには三聖女から力が流れ込んで来ている。耐えられる。

 オレの目の前で七聖帝の魔核が眩い光に包まれ、徐々にその身体が形成されて行く。

 

 魔王直属の部下・最精鋭たる七霊帝だった彼らは、黒い礼服を着て、黒い髪、黒い目、そして黒いツノを頭から、背中には黒い蝙蝠羽根を生やしていた。

 だが今彼らは、その時とは対照的に真っ白な恰好になり、後光を放っていた。


 白い礼服に銀色の髪と銀色の目。ツノは無くなり、代わりに背中に白鳥のような真っ白な羽根を生やしている。

 頭の上の輪っかこそ無いものの、その様子はまるで天使だ。

 オレを通じて三聖女の力や女神の力をも注がれたからだろう。実に神々しい。


「グラフィド=ボージュ。あーあ、お腹空いたな」 

「アヴァリウス=デスタ。えーっと、一人何体担当すればいいんでしょうね」

「プルディシオ=ソリス。あははは、遊んじゃうよー」

「アウロラ=ソリス。楽しそうだねー」

「ルクシャーナ=デルタ。私、体力勝負って苦手なのよね」

「イルデフォンゾ=ジェルミ。老体に無理させおって」 

「シルヴェリオ=ヴァレンティ。貴様ら、もうちょっとやる気を出さんか」

「イーシュガルド=エヴリン。どうでもいい。立ちはだかる者は斬るだけだ」


 八人が八人、勝手な事を言ってそれぞれの武器を構えた。

 勇者を差し置いて、神々しいったらありゃしない。主人公かっての! 

 さておき、オレの命を与えて蘇らせた元七霊帝だ。後ろを任せるに足る勇者たちだ。


「ここは任せた、七聖帝。頼んだぞ!」


 ときの声を上げつつ押し寄せて来る百人の魔族たちを七聖帝に任せ、オレは韋駄天足いだてんそくを発動し、城の中に高速で突入した。

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