第76話 魔王 ガイエス=ヴァルディ

「なんで泣いてるのさ、てっちゃん」

「泣いてなんかない!」

「じゃ、なんで机の下なんかに隠れているのさ。出ておいでよ」

「出ない!」


 六歳――小学一年生のオレは、施設の自習室にある勉強机の下でダンゴ虫のように丸くなっていた。

 そこへ片平光寿かたひらみつとし――やがて里親に貰われて苗字が変わることになる久我光寿くがみつとし――がやって来ると、黙って机の下に潜り込んで、丸くなっているオレの隣で体育座りをした。

 他の皆は気を遣ってくれたようで入って来ない。オレと久我、二人だけだ。


「誰だい? 相手は」

「……クラスの子。逆星さかほし港戸みなと

「あぁ、あいつらか。うんうん、知ってる知ってる。まったく、嫌なヤツもいるもんだね。んじゃ、退治しちゃおうか」

「え? 喧嘩するの!?」

「する訳ないでしょ? そんな事したら、ボクらだって大怪我しちゃうよ」

「じゃ、どうやって退治するのさ」

「それはね……」


 久我がオレに向かってウィンクする。


「頭の中で架空のモンスターを作って、ソイツにぼっこぼこにしてもらうのさぁ! あいて!!」


 ドカっ!!


 ナイスアイディアと思ったのか、思わず立ち上がった久我が、机に頭をぶつけて頭を押さえる。

 結構派手な音がしたぞ。


「あはははは。いたたたた」

「ふふっ。あははははは」


 オレたちは二人して、机の下で笑った。

 やがて、頭のコブを撫でながら、久我は笑いながら言った。


「山のように巨大なモンスターにしよう。それでいじめっ子をガシガシ踏みつぶしちゃうんだ。よーし、まずは名前を考えなくっちゃね」


 頭をぶつけた時に眼鏡がズレたのだろうが、久我はそれを直しもせず、いつの間にか泣き止んでいたオレを見て、ニッコリ笑った。


 ◇◆◇◆◇


 カルナックス城には、限られた者しか入ることのできない図書館がある。

 床には白を基調とした色とりどりのタイルが敷き詰められ、天井はフレスコ画が描かれている。

 いや、豪華豪華。

 図書館というからには本棚に本が並んでいればいいだけなのだが、真っ白な書架の一つ一つに見事な金銀の意匠がなされており、オシャレすぎて落ち着かないことこの上ない。


「あとはこの辺りかしら。でも、見た感じ具体的な地名は入っていませんわね」


 クッソ高そうなロココ調ソファセットに座って本を読んでいたオレのところまで新たな本を持ってきてくれたのは、伯爵令嬢のステラ=フヴァーラだ。


 お妃云々の話は置いておいて、今のオレには情報がいる。

 すなわち、魔王の住処すみかの情報だ。

 助力を求めると、ステラは案外素直に引き受けてくれた。


 今日のステラはその見事な金髪ロングヘアをゆる巻きにし、オーバルフレームの眼鏡を掛けていた。

 元が才媛だからか、生徒会長でもやっていそうな、とても知的な印象を受ける。 

 なぜだか夏用半袖セーラー服を着ているが。


 紺の襟に白い三本線。中央を飾るは臙脂えんじのスカーフだ。 

 下は若干短めのプリーツスカートに、紺のオーバーニーソックス。

 絶対領域が眩しすぎて、目がそらせない。くぅ!

 何から何までオレの好みにドンピシャなのだが、三人娘の手前、それを認めるわけには……あぁ、でも好き! 今すぐ押し倒したいくらいに!!


 それはさておき、東の孤島で最後の七霊帝、憤怒帝イーシュガルド=エヴリンを倒したオレだったが、途端にガイコツネックレスに憑りついているイルデフォンゾの爺さんが全く喋らなくなってしまったのだ。

 魔王城の在り処を爺さんから聞き出すつもりだったんだがな。


 考えてみれば、いくら七霊帝全員が魔核デモンズコアの状態に戻ったとて、今なお彼らが魔王の配下である事実は変わらない。

 立場上、魔王の情報をベラベラ喋るわけにもいかないのだろう。


「なにせ、前回の勇者対魔王の戦いは千年も前の話だし、その場にいたのなんて、勇者と三聖女くらいなもんだったろうからな。残っている文献もそりゃ少なかろうさ」

「なぜ魔王城の場所を隠す必要があったのでしょう」

「隠す……だって?」

「だってそうでしょう? 誰もが知っていれば、命知らず以外そこに行こうとは思わず、大多数の人にとっては安全が確保できるわけじゃないですか。どうしても隠さなくてはいけない理由って何でしょうね」


 そこでオレは一つの可能性を考えた。

 先代勇者が国を興したわけを。

 もちろん、勇者として世間に祭り上げられたというのもあるだろう。

 だが、もしこれが封印だったとしたら?

 ――魔王城は、古代カリクトゥス王国の真下にある!?


「直接当人に聞いてみたらいかがでしょう」

「え?」


 ステラの提案にオレの動きが止まる。

 どうやらステラもオレと同じ結論に辿り着いたようだ。


 先代勇者カノージンは、自らを人柱に魔王城に封印を施した。

 だが、それは同時に、自らを慕って集まって来た国民を危険に晒す可能性もあった。

 だから口を拭い、誰にも知られぬよう一人孤独に封印の維持に努めた。

 死後千年、亡霊となってまで――。


「だって、徹平さまは先代の勇者さまとお会いになったのでしょう? カリクトゥス王国跡地で」

「なるほど、カノージンなら知っているか。ふむ。試してみる価値はあるな。さすがステラ、賢いな」


 オレに褒められて嬉しいのか、ステラがニッコリ微笑む。

 うわ、ステラの後ろで薔薇が一斉に咲いた! どうなってんだ、それ。

 ステラはただ綺麗なだけではなく、頭の回転も早く、知識もたくさん持っている。

 お妃って話も、あながち無しじゃないかもしれないな。っていやいやいや。


「旦那さま、どう? 何か分かった?」


 そこへ紅茶のセットをお盆に乗せたリーサが入って来た。

 と、ステラを見たリーサの動きが止まる。


「や、やぁステラ。久しぶりだね」

「そうね、リーサ。お元気そうで何よりだわ」


 バチバチ火花が散るかと思いきや、二人とも貴族のお姫さまだけあって実に丁寧な、大人な対応をしている。

 もしやとは思っていたが、カルナックスの伯爵令嬢のステラとネクスフェリアの男爵令嬢のリーサは、同盟国の令嬢同士だけあって、やはり顔見知りだったようだ。

 双方学生服を着ているせいか、そうして見ると、生徒会室で何かの打ち合わせをする生徒会長と運動部の部長の図だ。

 これがフィオナやユリーシャだと応対が変わるのだろうか。


 オレは本を閉じると、紅茶に口を付けた。

 うん、美味い。


「リーサ、フィオナとユリーシャに言って、早急に旅の準備を整えろ。明朝には出るぞ」

「え? 旦那さま、どこへ……」


 その時だ。


『告ぐ!!』


 突如オレの頭の中に声が響いた。

 

「何だこれ」

「旦那さま、怖い!」

「徹平さま?」


 聞こえているのはオレだけじゃない!? ステラにもリーサにも聞こえている!?


『我は魔王ガイエス=ヴァルディ。勇者フジガヤよ。よくぞ我が七霊帝を倒した。そんな貴様にこれを送ろう。見よ!』


 頭の中に映像が浮かんだ。

 海を割って人型をした巨大な岩塊がんかいが三つ現れる。ゴーレムだ。

 見ただけで分かる。おそらく身長は数百メートルにも及ぶであろう山のようにデカいゴーレムだ。

 こんなのが三体も!?


『明朝七時を待って、コイツらを動かす。行き先はそれぞれカルナックス、オーバル、ネクスフェリアの首都だ。動き出してほんの数時間で目的地に辿り着くだろう。コイツらに踏みつぶされたらどうなるか、言うまでもあるまい』


 そこへ、どかどか廊下から音がしたかと思うと、扉を開けて王さまたちが相次いで入って来た。

 フィオナとユリーシャ、それにフィオナの肩に留まったチビドラゴンのバルも一緒だ。

 全員揃って顔面蒼白になっている。

 

「ゆ、勇者どの! ま、魔王が! 魔王が!!」

「どどどど、どうします!? 勇者どの!」

「落ち着いて! 落ち着いて下さい! まずは話を聞きましょう!」


 オレはパニックになっているカルナックス王たちを宥めた。 

 どう考えても、城の兵士程度で防げるものではない。慌てる気持ちは分かる。


『防ぎたければその前に我を倒してみるのだな。できるものなら、だが。ワッハッハッハハ! ワッハッハッハッハ!!』


 やがて声が薄れて消えた。

 オレは改めて三人娘に指示した。


「リーサ、フィオナ、ユリーシャ。これが最後の戦いだ。出発は一時間後。それまでに各々準備を整えろ。それほど掛からないとは思うが、念の為、二、三日分の糧食を用意しておけ。王さま、彼女たちの希望の品を集めてあげてください。バル! 飛んでもらうぞ、いいな?」


 オレはバルを引き取ると、自分の左肩に乗せた。


「徹平さま、ご武運を!」

「おぅ」


 ステラがオレの背中に向かって深々とお辞儀をするのを感じながら、そのまま歩いて中庭へと向かう。


「ガイエス=ヴァルディだと? どういうことじゃ。何が起こっておる……」


 一人中庭に向かうオレの胸のガイコツ人形から、不意に押し殺したような声が響いてきた。


「よぉ爺さん。喋っていいのかい?」

「テッペイよ、何か異変が起きておる。魔王さまが……」

「名前が違うんだろ? ついでに言うと声もか。ちなみに何て名前なんだい? 魔王さまの本名は」

「……お主、何を知っておる?」


 一瞬、ガイコツ人形は押し黙ったかと思うと、ポツリと言った。


「ゼクス=ハーケン。それが魔王さまの本当の名じゃ」

「いい名前だな。んじゃ、新生魔王さまを倒しに行くとするか」


 オレは、城の厩舎係に預けておいたバル用馬具――ならぬ竜具を受け取ると、巨大化したバルに装備し始めた。

 バルはお行儀よく、されるがままになっている。


「ねぇねぇ、テッペイ兄ちゃん。それで、僕はどこへ行けばいいの?」

「南西だ。目的地は古代カリクトゥス王国跡地。そこに魔王城がある!」


 オレは確信を持って、バルに目的地を告げた。

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