第17話 ゴブリン退治

「ゲゲっ! ゲゲゲっ!」


 ゴブリンどもがオレたちに向かってののしるような口調で何やら喋っているが、想像するに、あまり愉快なことではなさそうだ。

 と、百匹は居ようかというゴブリンどもの列を割って、一際ひときわ大きなゴブリンが現れた。


 通常のゴブリンが大きくても百五十センチ程度なのに対し、コイツはオレと同じ百八十センチはありやがる。

 体型は見事な逆三角形で、上腕二頭筋がくっきり浮き出た腕なんかオレの腕より遥かに太い。


 シックスパックの腹の下に獣の革と思しき腰当てを巻いているが、防具は心臓を守る目的で上半身に装備した鉄製の胸当てだけだ。

 禿げた頭に入った民族柄トライバルのタトゥーがまた強そうなこと。


 攻撃は防御を兼ねるとでも言いたいのか、鈍く光る鉄製の片手斧を左右それぞれの手に持っている。

 実に強そうな見た目だ。


「ホブゴブリンだ。手強いぞ」

「あぁ、これが。なるほどなるほど」


 オレは震えながらも解説してくれるステラの声に頷いた。

 後ろに控えた少女騎士団も、ステラ姫同様、ゴブリンどもの迫力に圧倒されながらも剣を構える。

 おぉ、立派立派。だが多分、出番は無いと思うよ?


「グゲゲっ! ゲゲゲェェ!!!!」


 ホブゴブリンの号令一下、一斉にゴブリンどもが向かってきた。

 斧を構えて走って来る者。吹き矢を構える者。色々いるがこれだけの数ともなると苦戦は必至だ。

 そんなものいちいち相手なんかしていられないだろ?

 だからオレは――。


「切り裂け、シルバーファング! 第一の牙、蛇腹剣ひきさくつるぎ!!」


 オレは射程距離に入られる前に、ゴブリンどもを蛇腹剣で一気に薙ぎ払った。

 秒で下っ端ゴブリンどもを全滅させたオレは、剣を通常モードに戻すと間髪入れず、ホブゴブリンに斬り掛かった。


 ガキィィィン!! カキャァアンン!!


 怒りの表情で片手斧を振るうホブゴブリンとオレの剣とが何度となく激突し、その度に火花が散る。

 さすが群れを率いるリーダーだけあって強い。

 経験値の差か、オレもヤツの攻撃を頑張って避けていたが、ホブゴブリンの攻撃が徐々にオレに肉薄してくる。

 片手斧が風を切る音がまたリアルに恐ろしい。

 通常モードじゃまだまだ弱いオレでは、この辺りが限界らしい。


 オレは何度目かの打ち合いの末にトンボを切って距離を取ると、韋駄天足いだてんそくで一気に突っ込んだ。

 

幻影斬ミラージュスラッシュ!!」

「ゲ!? ゲゲっ!!」


 一撃目、二撃目と韋駄天足で敵を斬りつけつつ周囲を激しく行き交って残像を残したオレは、三撃目で、オレの姿を追い切れず戸惑うホブゴブリンの身体を真っ二つにした。

 途端に少女たちの歓声が沸く。

 オレは感激の目でオレを見つめるステラ姫に向かってウィンクをしてみせた。


 ◇◆◇◆◇


 巣の中をくまなく探索した結果、オレたちは犠牲者の遺体を何体か見つけた。

 巣の入り口前で火を焚いたので、いずれ捜索隊がそれを発見し、やってくるだろう。

 遺体の回収は彼らの仕事だ。


 騎士団の少女たちには、再度、巣の中の探索作業に入って貰った。

 ゴブリンはあらかた倒したはずだが、まだ隠れているのもいるかもしれない。

 少女とはいえ騎士の訓練はキチンと受けているはずだし、必ず二人組ツーマンセルで動くよう言いつけたから、まぁ恐れるような事態は起きないだろう。


 さすがに疲れたので、オレはステラ姫さまと入り口で火の番だ。

 ステラの装備した銀色の鎧に、焚き火の揺れる火が映る。


「あの……冒険者さま。先ほどの技は何です?」

「技?」

「えぇ。剣が伸びたり残像を残したり。人間技とは思えない。といって魔法でもないようですし」


 ステラがおずおずと尋ねてくる。

 まぁそりゃそうか。城の騎士に先んじて冒険者が単身助けにきたと思ったらゴブリンの群れをたった一人で全滅させちまったんだからな。そりゃ不審に思うわな。


「あれは女神の秘力って奴だ。一応これでも勇者やってるんでな」

「女神の秘力? 勇者ですって!?」


 ステラが両手で口を抑えて反射的に立ちあがった。

 ありゃ? 怖がらせちまったか?


「凄い! 大神官さまが勇者降臨を予言されたとは聞いていたけれど、よもやこんな所で会えるなんて。本当に勇者さまが現れたんだ……」

「あれ? カルナックスの大神官の予言を知ってるの?」

「それはもちろん。我が国の大神官さまですから」

「……え? ここまだカルナックス国内なの? 広いな、カルナックス」


 ヴェルクドールから結構走ったつもりだったが、まだカルナックスから出られていなかったらしい。参ったな。


「カルナックス国フヴァーラ伯領内です。流石に勇者さまはいらしたばかりだけあって、その辺りの事情はまだご存じないんですのね」


 ステラが笑う。

 元々が美人なので疲れ顔でも美しい。


「姫さまぁぁぁあ! 姫さまはられるかぁぁぁあああ!」


 遠くから騎士たちの声が聞こえてきた。

 どうやら焚き火に気付いてこちらに近づいてきているようだ。

 

「騎士たちもようやくこちらを見つけられたようだな。もう安心だ。んじゃ、オレはお役御免ってことで行くぜ。達者でな、お姫さん」


 オレが立ち上がると、ステラも慌てて立ち上がった。


「ど、どこへ行かれるおつもりですか!? このまま城に来て頂けませんか、勇者さま。どうかお礼をさせて下さい!」

「悪いが先を急ぐ旅でね。なにせ魔王が待ってるから」


 オレは笑って返した。

 ステラはしばし逡巡しゅんじゅんした後、真っ直ぐオレの目を見た。

 止められないと悟ったのだろう。


「せめて、お名前を伺っても宜しいですか? 勇者さま」

「徹平。藤ヶ谷徹平ふじがやてっぺい。じゃあな!」


 オレは騎士たちに見つからぬルートを取って、森の中を韋駄天足で駆けだした。

 ラフタの町で一泊としたかったが仕方ない。

 町にいたらステラがやっぱりお礼をしたいとか言って探し出そうとしないとも限らないし、ヴェルクドールからフィオナが追い掛けてくる可能性だってある。


 残念ながら今日のところは荷物を回収したら先に進んで、どこかで野宿をすることとしよう。

 まるで逃避行だな。悪いことはしていないのに。

 ……いやいやいや。まぁまぁまぁ。


 それにしても美人だった。

 とはいえ、なにせ伯爵令嬢だから、万が一手を出そうものなら後でとんでもなく面倒臭いことになって返ってきそうだし。

 いやー、もったいなかった。


 そんなわけで、オレは逃がした魚の事を思いつつ、満点の星空の下、走った。

 星が降って来そうなほど綺麗な星空だった。

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