第16話 ラフタの町

 ヴェルクドールを出て半日。

 夜になって入ったラフタの町では、上を下への大騒ぎが起きていた。


 銀色の鎧兜の集団が、ガッシャガッシャと鎧を鳴らしながら、ランタン片手に引っ切り無しに行ったり来たりしている。

 一瞬ドキっとしたが、鎧兜に付いた紋章はカルナックスの物ではない。


 平静を装いつつ晩飯と酒にありつくべく酒場に入ったオレは、酒場の客たちまでもが酒を片手に、ああでもないこうでもないと言い合っているのを見てビックリした。

 

「なぁ、何かあったのかい?」

 

 すぐ後ろで飲んでいた二人組の中年オヤジたちに尋ねてみると、誰かに話したかったものか、勢い込んで教えてくれた。


「あんた、旅人かい? ならここに来る途中、丘の上に城が見えただろ。ここはフヴァーラ伯爵家が治める土地なんだが、そこのおひいさんが行方不明になったんだ」

「お姫さま? 誘拐か?」


 オレは店員に言って、オヤジたちに麦酒を一杯ずつ差し入れた。

 情報はどんなものでも大切だからな。


「おぉ、スマンね、旅人さん。だがどうやらそっちの線じゃないらしいんだ。ゴブリン絡みらしい」

「そうそう。実はゴブリンがここの裏山のどこかに根城を作ったって話があってな? ここしばらくの間に裏山に入って行方不明になった者の報告が続出しておる。こりゃそろそろ山狩りか? って話が出てきたところだったんだが……」

「それが姫さまの耳に入ったんだよ。うちの姫さま――ステラ=フヴァーラさまは美人で才媛、しかも剣の腕まで立って、自ら『薔薇の騎士団ミリタスロザィエ』という名前の少女だけの騎士団を作るほどの正義感溢れたお人でな? 昼ごろ騎士団を率いて山に入ったんだがまだ帰城せん。だもんで城の騎士たちが慌てて捜索しにきたってわけさ」

「お転婆姫が山に小鬼退治に入って行方不明か。なるほど。情報ありがとな、二人とも」

「おうよ」


 オレはちょうど運ばれてきたシチューにかぶりつきながら考えた。


 オレの知っているファンタジーの知識が正しければ、ゴブリンっていやぁ緑色の小さな鬼で、集団で獲物を襲う残忍で女好きな魔物だ。

 昼ごろ山に入ったとして、接敵したのは何時だ? そこから何時間経ってる? 女の子がゴブリンの巣に入って無事に済んでいるとは思えないが……。


 飯を食い終わって酒場を出たオレは、関わり合いになるのを避けて宿屋を探そうと町中を歩いた。

 もちろん、他人事ひとごとながら心配ではある。

 なにせオレはこう見えて、現役教師だからな。

 だが、山狩りに関して素人のオレが捜索隊に加わったところで戦力にはなるまい。


 そこをフヴァーラ城の騎士たちが焦った表情で駆けていく。


 オレは振り返って裏山を眺めた。

 結構な数の捜索隊を出しているようで、ここからでも山のあちこちに炎が揺れているのが見える。


 裏山ったってかなり広いぞ、これ。敵も警戒しているだろうし、夜間にゴブリンの巣がそう簡単に見つかるもんかね。


「せめてお姫さまがどこにいるかだけでも分かれば探しようもあるんだろうが……」


 何気なく胸元に目を落としたオレは、首から提げたガイコツ人形が、目から光を放っているのに気が付いた。

 不審に思って観察してみると、どうやら一定の方角を見たときだけ、赤いスワロフスキーの目からビームが出ているようだと分かった。

 

「……お前、場所がわかるのか? なら話は別だ。よし、助けに行くぞ!」


 オレは背中に背負ったリュックからランタンを取り出すと、腰に着けた。

 光が揺れる。

 邪魔になるからと、リュックは林の中にそっと置いて行くことにする。

 誰かに盗られたらそのときのことだ。

 準備万端整ったオレは、山に向かって全力で走り出した。


 ◇◆◇◆◇


「どわあぁぁぁぁぁああああ!!!!」


 ガイコツ人形に導かれるまま韋駄天足いだてんそくで道なき道を走ったオレは、約一時間後、不意に足元が崩れて地下に落ちた。 

 しこたま尻を打って、しばらく動けなくなる。


 どうやらドンピシャで巣の中の通路に落ちたようだ。

 オレは自分の落ちて来た穴を見上げた。

 明かり取り用に開けた穴だったようで、そこから星空が見える。

 なかなか勇者っぽく、カッコ良くはいかないもんだ。


「ギャギャっ! ギャギャギャ!!」


 オレの声に気付いて駆け付けたゴブリンたちが、仲間を呼び始めた。

 あっという間に十匹以上の集団になる。


「いてっ! いてててて!!」


 ゴブリンたちがオレに向かって一斉に吹き矢を放った。

 立ち上がりながら反射的に顔をかばったオレの胸から腹にかけて、結構な数、吹き矢が突き立つ。

 

「うぉ?」


 頭が揺れる。

 オレはたまらずこうべを垂れ、その場に両膝をついた。

 毒だ。何本矢を刺された? 


 胸元を見ると、ひのふのみ……いや、凄い数刺さってるし。

 傷跡周辺に広がるこのモヤっとした感覚からすると、撃たれたのはおそらく痺れ薬だ。

 煮込むんだか焼くんだか知らないが、人の肉を食らうゴブリンとしては、やはり後のことを考え致死性の毒を避けたのだろう。

 にしてもよくもまぁ、こんだけ大量に刺してくれたもんだ。 


 オレは超回復スーパーヒールで一気に無毒化するべく胸元に意識を集中させた。

 思いもかけず食料を確保できたと思ったようで、ゴブリンたちがゲラゲラ笑いながら余裕の表情で近寄ってくる。


 オレは両膝をついたまま、ゴブリンどもが接近して来るまで身動きせずに待った。

 うーむ、どうしたもんか。

 蛇腹剣ひきさくつるぎを使えれば早いんだろうが、あれはこんな狭い通路で使うには適していない。

 ……あれ、試してみるか。


「暴食帝グラフィドよ、オレに力を貸せぇぇぇぇ!!」


 ガバっと立ち上がって剣を構えたオレを見て、ゴブリンどもが慌てて身構える。

 だがもう遅ぇ! 既にそこは射程距離内だ!!


 キィィィィィィイン!!

 オレの要請に応え、聖剣シルバーファングの柄の中に入れた暴食帝の魔核デモンズコアが光り輝く。


「必殺、風刃乱舞ふうじんらんぶ! だりゃあぁぁぁぁあああ!!」


 剣で思いっきり空を斬ると、剣から黒い風の刃が飛んでいって先頭のゴブリンの首を綺麗に切断した。

 頭部がその場にゴトリと落ちる。

 オレは恐慌に陥るゴブリンに向かって何度も剣を振った。

 そのたびに刃が飛び、ゴブリンの身体が深々と切り裂かれる。


 暴食帝本人のようにはいかないが、それでもこうやって力を借りれば、一回剣を振るごとに一枚風刃を飛ばすことくらいはできるって寸法だ。


 オレはそこにいたゴブリンたちのほとんどを倒すと、ガイコツの導くままゴブリンの巣の中を走った。

 何匹か逃げていった奴も居るが、とりあえずそれは後回しだ。


 蟻の巣のように縦横に張り巡らされた巣の中を走り回ったオレは、やがて一つの部屋に辿り着いた。

 目的地だと直感したオレは、扉の前で番をしていたゴブリン二匹を一刀で斬り捨てると、そのまま扉に掛かった木製の太いかんぬきを蹴りの一撃でぶっ壊した。


 扉を開けると、反射的に十人ほどの少女が立ち上がった。

 ありゃ、無事だ。

 なるほど。ゴブリンどもはこの大規模山狩りを息を殺してやり過ごしてから、ゆるゆるとこの子たちを毒牙に掛けようとしていたわけか。

 運が良かったな、お嬢ちゃんたち。


 いよいよ凌辱りょうじょくの時が来たかと、皆絶望に彩られた表情をしていたが、開けたのが人間と分かってその目が見開かれる。


「ここに伯爵家の姫さまはいるかい?」 

「私だ! 私がフヴァーラ伯の娘、ステラ=フヴァーラだ! 助けにきてくれたのか!?」

「そういうことだ。さぁ脱出するぞ。ご丁寧にあんたらの武器を外の門番が持っていたようだ。全員身に着けたらいくぞ」


 灯りの下に出てきたフヴァーラの姫は、その表情にかなりの焦燥の色を湛えていたが、それでも見事な金髪の美人だった。

 銀色の鎧の胸に、薔薇の紋様が入っている。


 年齢はフィオナとあまり変わらなさそうだが、こーりゃ参った。

 お付きの少女たちとはまるで違う、光り輝く存在感を醸し出している。

 なるほど、騎士団を率いるだけのことはある。

 この子は生まれながらに、上に立つ『格』というものを備えているようだ。


 値踏みの視線に気付いたか、装備を整えたステラがオレの隣に立つ。


「あなたはひょっとして冒険者か?」

「そうだ。お宅の騎士さんたちも追っ付け着くだろ。その前に脱出できそうだがな」


 少女騎士十人を率いながら早足で巣の中を歩き始めたオレは、やがて篝火が盛大に焚かれた広間に出た。

 そこには、ゴブリンどもが大量に待ち構えていた。

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