第15話 脱兎!
暴食帝グラフィドとの戦闘から一夜。
窓から差し込む朝日で目覚めたオレは、左腕が動かないことに気付き、顔だけ左を向いた。
動かないのも当然。オレの左腕を枕にしてフィオナがすぅすぅ寝ている。
「うにゃ? おはよぉテッペー。早いねぇ……」
「スマン、フィオナ。起こしちゃったか」
オレの腕に抱かれていて幸せなのか、真っ白なシーツ一枚被っただけのすっぽんぽんのフィオナが、ピトっとオレに寄り添ったまま、寝ぼけ顔でニヘラっと笑う。
オレはフィオナの可愛さについつい額や頬、耳の辺りにフレンチキスをしていたが、段々エスカレートして、首筋やむき出しの真っ白な肩を甘噛みした。
「あん。ちょっとテッペー。兵隊さんたちも近所にテント張ってるんだから聞こえちゃうよ。朝からは駄目だったらぁ……」
そう言いながらも多少興奮してきたのか、フィオナの肌がほんのり桜色に染まる。
オレは見せかけだけの抵抗をモノともせずフィオナに覆い被さると、問題無用でその唇を奪った。
「あ! ん……はぁん……。駄目だってばぁ。声が出ちゃうよぉ……」
ここはヴェルクドールの町中にある唯一の宿屋だ。
ということはつまり、フィオナの実家ということになる。
とはいえ、宿屋本体は庭も含めて兵士たちに貸し出しているので、昨夜は離れにあるフィオナの家の、まさにフィオナの部屋に泊まらせて貰ったのだ。
フィオナによると、冒険者になってから半年に一度くらいでしか実家には帰っていなかったらしいが、ってことは、この世界での成人は十五歳くらいなのかもしれない。
ご両親が定期的に部屋の清掃をしてくれていたお陰で、昨夜は気持ちよく寝ることができた。
しっかし、避難中の親御さんも、綺麗に清掃した愛娘の部屋で、娘と異世界人の男――オレな――が
「なるほど、だから関所が作られたことに気付かなかったんだな」
「ん、ん、ん。はぁ、はぁ。……何か……言った?」
「いや、こっちの話っと!」
「あぁん!」
昨日暴食帝グラフィドを倒してすぐ、生き残ったカルナックス兵は首都カルナックに早馬を走らせた。
勇者出現の報を届ける為だ。
関所で胡散臭そうにオレたちを見ていた兵士たちも、オレが勇者だと分かると途端に態度が変化した。
ただ、生き残ったトップが小隊長らしく、諸々の判断が付かないため、これからどうするかに関しては首都からの新たな指示待ちとなった。
そんなわけで、彼らはグラフィドを倒した今もこの町に居続けている。
コンコン。
朝から二回戦ほどこなしてベッドでイチャイチャしていたオレたちは、不意に玄関の方から聞こえたノックの音で甘い空間から引き戻された。
「はぁい?」
慌てていつもの制服を着たフィオナが姿見で自分の姿をチェックして、大きく目を見開く。
「テッペー! 首筋、キスマーク付けすぎ! あぁん、どうしよ。コンシーラーで誤魔化せるかなぁ。もう、テッペーの馬鹿ぁ」
焦りながら、フィオナが化粧で首筋のキスマークを隠す。
コンコン。
「今行きまーす!」
再び玄関の方から聞こえたノックの音に、フィオナは慌てて部屋を出て行った。
見送ったオレも、いい加減起きなくちゃとチェニックに袖を通す。
すっかり用意を整えたオレが手持ち無沙汰でベッドに座っていると、フィオナが困惑顔で戻って来た。
「ねぇ、テッペー。避難した町の人たち、ここから半日くらいのところにある隣町・ヴァーデンホーに居るらしいんだけど、一緒に迎えに行ってくれないかって兵士さんたちに頼まれちゃったの。今から出れば夜には両親連れて戻れるわ。いいかなぁ」
何だかんだ言って、フィオナはフィオナなりに避難している両親が心配らしい。
何と言っても女の子だし、その気持ちは良く分かる。
「そっか。いいよ、オレはここで留守番してる。さすがに昨日の魔族との戦闘で疲れすぎちまってさ。ちょっと休息が欲しいところだったんだ。オレのことは気にせず行っておいで」
「ありがと、テッペー。帰って来たら早速両親に紹介するね? わたしの旦那さまになる人だって!」
「だ。旦那さま?」
「だってテッペー、わたしが山賊に捕らわれたとき、『オレの女だ!』って言ってくれたでしょ? ……カッコよかったぞ。ふふっ」
甘え声で寄り添うフィオナが、照れながらオレの胸に愛おしそうに顔を
か、可愛い! 可愛いがしかし……。
「お、おぅ……。楽しみに……してるな」
オレは内心の焦りを必死に隠してフィオナと濃厚なキスを交わすと、そのまま送り出した。
二階のフィオナの部屋から窓の外を見ると、幸せいっぱいニッコニコの表情のフィオナが、いつものギャル姿のままオレに向かって手をブンブン振りつつ、兵士たち数名と町の入り口に向かって歩いて行くところだった。
オレはフィオナが見えなくなるまでその場で見送ると、黙って荷物を纏め、家を出た。
そのまま駐在中の兵士たちに見つからないよう教会の裏に急ぐ。
そこには昨日この町に侵入したときに使用した、獣道に繋がる秘密の急階段があった。
急いで階段を降りたオレは、獣道を猛スピードで走り、あっという間に関所の近くまで辿り着いた。
草むらに隠れて注意深く関所を確認したが、ここを守るはずの兵士たちは昨日の戦闘の後、町にいる本隊と合流したようで、関所は完全に無人となっている。
この三叉路を経由するはずのフィオナたちも、まだ辿り着けていないようだ。
とはいえ、町からここまでせいぜい三十分ってとこだ。急がないと。
「確かフィオナは、隣町ヴァーデンホーは首都カルナックに行く途中にあるって言ってたよな」
関所前の三叉路に立ったオレは、この先どう行くべきか思考を巡らせた。
「真ん中の道は、さっきまで居たフィオナの故郷・ヴェルクドールに着く。左の道は、ヴァーデンホー経由で首都カルナックに通じていると。よし、右の道だ」
オレは右の道を選ぶと、またまた全速力で走り始めた。
『おいおい、そこのニンゲン。あー、
と、走るオレの頭の中に慌てて話し掛けてくる声がした。
「メロディちゃんか? 見ての通り逃げてるんだよ! 邪魔しないでくれ!」
『……え? 何で!?』
「何でって、このままヴェルクドールに居座った挙句に両親と会ってみろよ。完全に、魔王討伐の旅が終わったらフィオナと結婚する流れになってるだろうが!」
『言ってる意味が分からん。それの何がいけない? お主たち、愛し合っておるんじゃろ?』
オレは走るペースを、全力疾走から早く長く走れるよう長距離走モードに調整しながら、銀髪ロリ女神・メロディアースさまとの会話を続けた。
今のオレなら、二時間走りっぱなしで六十キロは距離が稼げる。
「オレはまだ結婚したくねぇの! フィオナは可愛いし、百点満点の美味しい身体をしているけど、縛り付けられるのは嫌なんだよ! だいたいオレはいずれ日本に戻るわけだし、こんなところで所帯を持つつもりなんか更々無いんだってば!」
『アラサーでモラトリアムか!! ……いやいや。好き放題、盛大にお手付きまでしておっただろうに逃げ出すのか? 男として責任を取ろうとか、そういう気概は無いのか?』
頭の中のメロディちゃんの声が、完全に困惑している。
「責任? 何だそりゃ。美味いのか?」
オレの返しに絶句する気配がある。
うん、まぁそうだろうな。
しばらく黙っていた銀髪ロリ女神は、やっとのことで絞り出すように言った。
『……何て言うか……最低じゃのぅ、お主』
「何とでもぬかせ! オレは逃げる!!」
呆れて物が言えなくなったメロディちゃんを頭から締め出すと、オレは無心になって走る事に専念した。
やがて、視界の遥か遠くに海が見えてくる。
この先、何がオレを待ち受けているのか。
行き当たりばったりの旅は続く。
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