第58話 仲直り

「と、思っていたんだがな?」


 涙で目を腫らしたフィオナがオレを見上げる。


「サンクトゥス――三人の聖女の伝説を聞いてオレは考えを改めた。一番大きな理由は、先代勇者カノージンとの会話だ」

「カリクトゥスでの事?」

「そうだ。爺さんは先駆者だ。爺さんが無事その人生を全うできたのであれば、オレだって同じように平穏な生涯を得られるはずだ。そこで思い当たった。何で二代目であるオレにも聖女がいるんだろうなって。しかも三人も」


 フィオナがキョトンとした顔をする。

 話の行き先が分からないのだろう。


「え? わたしが生まれたときから三人の聖女伝説はあったよ? 違うの?」

「それは初代の話だ。二代目までもが同じである必要はない。なのに二代目以降も『勇者は三人の聖女とセット』という伝承になっている。なぜだ?」

「……なんでだろう?」


 フィオナが首をひねる。

 実感が湧かないのも無理はない。何せフィオナは当のサンクトゥスだからな。疑いもしなかっただろうさ。


「これは憶測でしかないんだが、多分初代の三聖女は本当に偶然だったんだと思う。あの爺さん、モテそうだったしな。だが、これで成功体験を得た女神は、この設定をデフォルトにしようと考えた」

「デフォルト?」

「既定路線って奴だ。女神に導かれ、三人の聖女を伴い魔王を倒した勇者は、やがて聖女との間に子を儲け、国を興し、末永く幸せに暮らしましたとさ。……実に分かり易い英雄譚だろう? なんて偉大な女神さま! ってなるよな?」

「なる」

「英雄譚は未来永劫語り継がれ、女神の威光も永遠に続く。女神を妄信し、造物主に逆らおうだなんて思いもしない。ま、女神メロディアースが偉大な神だってことは疑いようがない事実なんだから、そこまでしなくてもとは思うけどな」


 意外と自信がないタイプなのかね、あの銀髪ロリ女神さまは。

 と、フィオナがおずおずとオレに近寄ってくる。


「えっと……。それで、わたしはテッペーの傍にいていいの?」

「いいよ。多分オレは、オレの望む限りこの地にいられる。何せ女神は、オレにこの地で子供を作るところまで望んでいるようだからな」

「良かった……」


 フィオナは怪我した足を伸ばした不自然な姿勢ながらも、オレの胸に飛び込んできた。


 ◇◆◇◆◇


「ね、テッペー?」

「何だ?」


 怪我した足を庇うからか、フィオナはあぐらをかいたオレの膝の上に体育座りをするかのように、ちょこんと座った。

 オレは岩壁に寄り掛りながら、膝の上のフィオナの髪をそっと撫でた。

 ホっとしたからか、フィオナの口調が甘えモードになっている。


「わたしのこと……今でも好き?」

「好きだよ? 今でもも何もずっと好きさ。それがどうかしたか?」

「……愛してる?」

「もちろん愛してるよ。それに頼りにもしている。冒険に欠かせないパートナーの一人だ」

「他の子は今はいいの! ここにはわたしだけしかいないんだから。ねぇ、愛してる? 本当に? 信じていい?」


 確認作業がちょっとしつこい。

 オレは苦笑いしながら答えた。


「愛してるってば」

「じゃあ……キスして? ん!」


 オレは落ち着かせる意味も込めて、フィオナの目の端に残っていた涙の欠片をそっと拭うと、その左頬に軽くキスをした。

 くすぐったそうに肩をすくめたフィオナが、頬を若干赤らめながらにオレに向かって、にへらっと笑った。

 フィオナは心が満たされている時、良くこの笑みを浮かべる。

 お子さまが、親にキスをしてもらったり、抱き締めてもらったりした時に浮かべる笑みに良く似ている。


 と、フィオナが両手をオレの頭の後ろに回して、キスをしてきた。

 舌を絡めてくる。


「ぶはっ! お、おいフィオナ。リーサとユリーシャがどうなってるか分からないんだ。そんなことやってる暇はないんだぞ?」

「だってぇ……切なくなっちゃったんだもん」


 フィオナが困ったような表情をしつつ、口を尖らせる。

 その声が微かに興奮に震えている。

 慌てて見ると、フィオナの顔が上気している。

 完全に発情している時の顔だ。

 おいおい、ここでかよ! 大空洞のちょっとした張り出しに過ぎない大岩盤の上でかよ! 下手に暴れたら落ちるぞ?


「テッペーが久々に愛してるって言ってくれたからさぁ。ホっとしたのもあるし。ねぇ、どうすればいいと思う?」


 フィオナは潤んだ目でオレを見ると、これみよがしに甘い吐息を吐いた。

 うぉぉ、吐息がいちいち色っぺぇ! オレのパオーン号もムクムクっと起き始めてるし。

 そんな場合じゃねぇってのに。


「どうすればったって、リーサとユリーシャが……」

「ここにいない二人は今はどうでもいいんだってば! ねぇテッペー、おねがぁい」


 完全にサカった様子のフィオナは、上気した頬をオレの頬にスリスリすると、耳元でポツリと言った。


「野獣さぁん、め、し、あ、が、れ。ふふっ」

「フィオナぁぁぁああ!!」

 

 うん、押し倒したね。もう限界。

 いつもは結構ガンガンに行くんだが、左のふくらはぎを怪我したフィオナを庇って今回は優しく優しく、それこそお姫さまを扱うように丁寧に扱った。

 それでも、フィオナのあえぎ声は大空洞中に響き渡ったがな。やれやれだ。


 ◇◆◇◆◇


 目測ではあるが、オレたちが今いる巨大岩盤から下に見える光源の位置までは百メートル以上二百メートル未満ってとこだ。

 なにせ遠すぎてさっぱり分からない。


 上空に開いた穴――フィオナとオレが落ちて来た穴の光が見えるが、そこまではせいぜい五十メートル。こっちは体感だ。


 上方向へは、韋駄天足いだてんそくを使っても届かない。フィオナを抱えている今では尚更だ。

 なら、下に活路かつろを見い出すしかない。

 リーサとユリーシャの乗ったトロッコも下に向かったはずだしな。


「あん!」

「どうした!?」


 巨大岩盤から身を乗り出し、上空と地下を観察しながら脱出路を考えていたところに突然聞こえてきたフィオナの声に、オレはビクっとして振り返った。

 旅装を整えたフィオナが、真っ赤な顔をして口をあわあわと開いて立っている。

 なぜだかその身体がぷるぷる震えている。


 ギャル風に制服を着こなしていたフィオナが、グレーのプリーツスカートをガバっとめくった。

 サテンの紫パンツがテラテラと光ってまぁ眩しいったら!


 あれ? そういえばさっきまでピンク色のパンツを履いていたような気がしたんだが、いつの間に紫パンツに履き替えたんだ?

 女の子だし、やっぱり清潔好きなのかね。

 と思ったら、いきなりオレの目の前で紫パンツを脱ぎ始めた。

 おいおいどうした、下半身すっぽんぽんだよ。


「ど、どうした?」

「また汚れちゃったじゃない! 馬鹿!」


 オレの問いにフィオナが顔を真っ赤にして答える。

 意味が分からねぇ。何でオレ、怒られてるんだ?

 

 フィオナは腰ベルトに着けていたパウチを開けると、中から替えのパンツを取り出した。

 今度は赤だ。これもまた色っぽい。

 怒られた理由が分からず、不条理だと思いながら、お尻丸出しでパンツを履き替えるフィオナを見ていて、ようやく理由が分かった。

 履き替えたはずの紫パンツのクロッチ部分に、なぜか大きな染みができていたのだ。


 あぁ、そういうことか。そりゃそうだ。あんだけ出しゃあな。うん、反省!

 ……ムクムクっ。


 落ち着け、パオーン号! しばらくは無しだ! そんな場合じゃねぇ!

 オレはパオーン号を鎮めると、無事パンツを履き替えたフィオナを抱き抱えた。


「んじゃ、行くぞ!」


 巨大岩盤から足を踏み出したオレは、真下の光源目掛けて一気に落下した。

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