第50話 城塞都市オーバル

 遥か千年の昔。


 魔王を退治した勇者カノージンは、アストラーゼ中央大陸において、古代カリクトゥス王国をおこした。

 魔王討伐に同行した三人の聖女との間にそれぞれ一人ずつ娘を儲けたカノージンは、やがて三人の娘たちが成長すると、それぞれ大カリクトゥス王国内の三つの地方――すなわちカルナックス、オーバル、ネクスフェリアに遣わし、そこを治める領主の妻とした。


 だが、なにせ千年も昔の国々ゆえ、当時散在した国々の多くがすでに滅びてしまっているが、娘たちの嫁いだ三国は、三聖女が各々の娘に施した強力な護りのせいか、今尚、残っている。

 

 娘たちは嫁ぐとき、勇者カノージンより次代の勇者へと託された宝箱を持って行ったというが、それは誰にも――当の娘たちにさえ開けることができず、今なお各々の王国の奥深く眠っているという――。


 ◇◆◇◆◇


 オーバルは二重の壁に囲まれた国だ。

 まずは城を囲む城壁。そしてその外側、城下町オーバルシアを囲む更に長い壁の二枚だ。

 そしてその外側に、王国をぐるりと囲む形で並々と水をたたえたお堀が設置されている。


 城下町には都合四つの城門があるが、中に入るにはこの堀を泳いで渡るか、堀に掛かる巨大な跳ね橋を通らないといけない。

 当然のことながら、各城門には百人単位の正規騎士団、一個小隊が駐在している。


 つまり、もし魔族を含め他国の軍勢がこの国を襲撃しようとしたら、まず堀を越えて城門まで辿り着く必要がある。

 そこで、駐在している正規兵百人との一戦だ。


 正規兵百人と戦っているうちに城から続々と援軍が押し寄せてくるわけなのだが、なんとか上手いこと城門を突破することができたとして、ここで次の問題が待ち受けている。


 この国は万全に万全を期して、町を迷路のように入り組んだ作りにしている上に、徴兵制と予備役制度を導入しているので、迷いながら王城を目指す侵略者は、進軍中、予想も付かぬ場所からの攻撃にさらされることになる。


 一定の年齢以上の住民全てが、正規兵とさほど変わらぬレベルの敵だと思った方がいい。

 そんな者たちを相手にして、どこまで辿り着けるか。



 オーバル王国の城下町オーバルシアに着いたオレたちが商人や一般人たちに混じって城門を潜ると、そこに白い鎧を着た十人程の騎士たちが待ち構えていた。

 なぜだか全員抜き身の剣を片手に臨戦態勢を取っている。 

 道を行き交う人々が、剣呑な雰囲気を感じて、そそくさとその場を通りすぎていく。

 何ごとがあったのかと思いつつ通過しようとしたオレに、鋭い声が飛んだ。


「そこの冒険者、停まれ!!」


 真っ赤なマントを着けたリーダーとおぼしき騎士が、明確にオレに向かって声をかけた。

 やっぱりだ。

 実は跳ね橋を渡るところから視線を感じていた。

 怪しい旅行者に片っぱしから声をかけるというより、そのものズバリ、勇者・藤ヶ谷徹平ふじがやてっぺいに狙いを定めている雰囲気がしたのだ。


 だが、この国に戦いを挑みにきたわけでも無いオレが、なぜ正規兵に敵意を向けられなければならない? 勇者の存在を邪魔だと思う一派でもいるのか?


 三人娘が不安気な表情でオレの後ろにそれぞれのパルフェを寄せてくる。


「あー、その様子だと、オレが何者かは分かっているっぽいな」

 

 オレはオレで、いつでも行動できるようパルフェから降りずに先頭の騎士に問いかけた。


「知っている。魔王直下の七霊帝の一人、フジガヤだろう? 人間に化けたところで無駄だ」

「……おいおい」


 マントを着けた騎士が冷徹に言い放つ。

 よりによって魔族と間違えられているだと? 確かに髪は魔族と同じ黒だが、この世界の人はオーラを見れば異世界人特有の揺らぎを明確に感じられるんだろう? それなのになぜ魔族なんぞと間違える?


 オレはそこで妙な感覚を覚えた。

 何だ? 何かが変だ。でもどこが?

 騎士たちの様子を細部までジックリ観察してやっと気が付いた。

 瞳の色だ。コイツら一人残らず魔族同様、目が赤い。操られている?

 ユリーシャもそれに気付いたようで、オレのすぐ後ろで息を飲む音がする。


「センセ、ちょっとだけ時間を稼いで」


 オレの後ろでひと言呟いたユリーシャは、錫杖しゃくじょうを握るとすぐさま呪文詠唱に入った。

 だが、騎士はこちらの動きを見逃さなかった。

 

「奴の仲間が魔法を使うぞ! 取り押さえろ! 皆、一斉にかかれぇ!!」


 号令と共に、兵士たちがオレたちに向かって駆けてくる。


「突っ込むぞ! フィオナ、フォローを頼む。リーサはユリーシャの護衛だ! 三人とも決して敵を殺すなよ!!」

「護衛しつつの戦闘で、しかも不殺。難しいことを言ってくれるね、旦那さま」


 リーサが自信無さげな表情をしつつ剣を抜く。

 どっちにしても敵の狙いはオレだ。オレ以外、敵は目もくれないだろうよ。

 オレはずんだから飛び降りると、指揮官に向かって走った。


「しゃらくさい!!」

「でりゃあ!!」


 ガキィィィィン! カキャァァァァン!!


 町中に激しい剣戟けんげきの音が鳴り響く。

 騎士たちは充分訓練を積んでいるようで、連携しつつ左右からも襲い掛かってきた。

 三対一。しかも敵は正規兵。オレはブーストモードを発動しつつ、最新の注意を払って剣を交えた。


 真っ直ぐで剛直な太刀筋が、四方八方からオレを襲う。

 オレの自己流剣術と違って一国の正規兵用として採用される剣術だけあって、所作に無駄がなく、確実にオレの命を獲りにきている。 


 そんなのを相手にするってのに、オレは敵を殺すことができない。なぜならコイツらは何者かに操られているから。……クソっ。なんて分が悪いんだ。


 バシュっ!! ドカァァァァンン!!


 オレの背後に回り込もうとした騎士が、フィオナの火焔弾で派手に吹っ飛ぶ。

 おぉ、助かる!

 しかも、充分手加減されているようで、ゴロゴロ地面を転がるも、ちょっとした火傷程度で済んだようですぐ起き上がる。


 そうしてオレは、たまに飛んでくるフィオナの魔法弾のフォローの元、十人の正規騎士が入れ代わり立ち代わり、代わる代わる振り下ろしてくる剣を必死に避けた。


 剣術の腕だけで言うなら騎士団の方が圧倒的に上だ。

 今までの戦闘経験とブーストモードの発動で何とかしのいでいる有様だ。

 それが無ければ一合目で首をねられている。

 

 ドドッドドドドドドドド!!


 城の方から馬に乗った更なる軍勢が押し寄せて来た。

 その数、ざっと五十騎。


「旦那さま! 援軍が来たよ!!」

 

 リーサが慌てて叫ぶ。

 援軍? どっちの??


「勇者どの! ご無事か!!」 


 おぉ! オレたちへの援軍だ!

 新たな騎士たちが馬を飛び降りると、剣を抜きながら戦闘現場に乱入して来た。

 援軍を率いていた真っ赤なマントを羽織った老齢の騎士が、オレたちを襲った騎士たちに次々と斬りかかる。


「待て! この人たちは操られているだけだ! 殺すな!!」

「し、しかし剣を持つ相手に殺すなと言われても!!」


 ガキャアァァァアン!! カキャァァアン!!


 オレはブーストモードで間に入りつつ双方の剣を止めて回った。

 とはいえ止めきれるものでも無いので、リーダーを始め、両軍とも多少の切り傷が発生している。

 多少傷を負ってでも、死人さえ出なければ!


 その時だ。

 トランスが解けたユリーシャが金色の錫杖を高く掲げると、勢いよく石突いしづきを地面に突き立てた。


 シャリーーン!!


悪夢からの目覚めエクスペリギシミニア ビズィオノクターナ!!」


 途端に、ユリーシャの掲げた錫杖の天辺てっぺんに着いた日輪の金属パーツから眩い光が放たれた。

 魔法の素養の無いオレにも感じ取れるほどの暖かな波動が一斉に広がる。

 途端に騎士たちが前後不覚に陥ってその場で昏倒する。


「術が解けたぞ! もう大丈夫だ。解放してやってくれ」

「分かりました、勇者どの。おいお前たち! 戦闘は中止だ! 剣を引け!!」


 隊長の命令を受けた援軍の騎士たちが、先の騎士たちの鎧を脱がせ、次々とその場に横たえさせる。


「よくやったな、ユリーシャ。……と言いたいが、目覚めてねぇぞ?」

「大丈夫、術は解けているよ。身体に行き渡った魔素を無理矢理散らしたから神経まで痺れちゃってて動けないだけ。そのうち動けるようになるよ」

「そっか、ありがとう。フィオナもリーサも良くやった。ご苦労さま!」

 

 オレに褒められて三人娘が揃って嬉しそうな顔をする。

 そこへ、援軍の騎士団を率いていた隊長が近寄って来た。

 老騎士はこの混戦で腕に軽い切り傷を負ったらしく、二の腕辺りを軽く巻いた包帯が血で赤く滲んでいる。


「勇者どの、ありがとうございます。お陰で怪我こそ負ったものの、一人も死人を出さずに済みました。流石です。さ、何はともあれ、城へいらしてくだされ。そこで陛下がお待ちです」

「なぁ。……操られているのはソイツらだけかい?」

「それも含めて、陛下からお話があるでしょう。さ、急ぎましょう」


 オレたちは再びパルフェに跨ると、今度は騎士団にエスコートされつつオーバル城へと入城することとなったのである。

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