第49話 人喰い植物
目覚めたオレの目の前にあったのは、巨大な木だった。
木。樹木だ。
森の只中に突っ立つ巨大な樹木。
ただし、結構な樹齢なようで、幹の直径なんか、実に五メートルはある。
その木が、まるで動物のように動いている。
小さな赤い花がたくさんついた触手のような
ポタっ、ポタっ。
雨音に気付いて反射的に上を見ると、
いや、花だから目なんて無いんだが、なぜかオレをしっかり見ているのが分かる。
そして、
花弁の付け根にギッシリと生えたギザギザの牙の辺りから、ねっとりとした水が蜜のごとく湧き出している。
いやいや、これ絶対よだれだろ? 捕まったら食われるパターンだろう?
ビュっ。ジュワっ。
こんなデカブツをどうやって倒したものかと、色々考えながら頭上の巨大花を見ていたオレに向かって、触手から生えた赤い花が一斉に何かの液体を吐いた。
反射で避けたオレの目の前で、そこらに落ちた液体が白い泡を立てて地面を溶かす。
オレは目を丸くした。
「何じゃこらぁぁぁぁ!?」
「センセ、赤い花の出す液体触っちゃダメだからね! 溶かされちゃうよ!!」
「溶け……って、溶解液か!? もっと早く言ってくれぇ!!」
オレは剣を構えると三人娘に向かって叫んだ。
「よし。三人とも下がれ! 一気に片付ける!!」
足に目一杯力を籠める。
そんなオレの様子を見て、ターゲットを完全にオレ一人に定めた木の化け物は、何十本とある触手のような蔦を一斉にオレに向かって伸ばした。
早い。だが、遅ぇ!!
「強欲帝アヴァリウスよ、オレに力を貸せぇぇぇぇ!!」
柄の中に仕舞われたアヴァリウスの
「必殺! 無限の影槍!!」
途端に剣から影の槍が凄まじいスピードで何本となく飛び出し、クライマーが岸壁にハーケンを打ち込むが如く、巨大樹の表皮にストトトと規則正しい間隔で何本も突き立った。
その
すかさず
まぁ、考えてもみてくれよ。
韋駄天足はあくまで走りの能力であってジャンプの能力じゃない。
助走には使えるから、走り幅跳びでならアルマイト島地下でやったようにとんでもない距離を飛べるが、これが助走無しで真上方向へその場ジャンプをしろと言われたら、せいぜい五メートルがいいとこだ。それでも充分凄いけどな。
だからオレはこうして足場を作った。
無限の影槍も、強欲帝アヴァリウス当人ならとんでもない長さのモノを百本単位で作れるのだろうが、その力を借りたオレでは長さ三十センチのを十本作るのが精々だ。
だが、たった十本でもそれを足場として使うのであれば、三十メートルの高さまでだって上がれるってもんだ。
影槍を足場とし、ピョンピョン飛び跳ねながらあっという間に
オレは思わず吐き気を覚えた。
一メートル越えの大きさの袋は薄っすらと透けていて、中に溶解中の生き物の姿が見える。
人間のような形に見えるが、どっちみち生きてはいないだろう。
敵勢力にここまで来られたのは初めてだからか、巨大花が恐怖に震えている。
オレは怒りをこめて剣を振りかぶった。
「吠えろ、シルバーファング! 第二の牙、
まばゆい剣の光が巨大花を照らす。
「
気合一閃。オレは幻影の巨大剣を一気に振り下ろした。
オレを抑えつけようと慌てて集結する触手蔦ごと、オレは樹をぶった切った。
巨大樹は巨大剣によって縦に真っ二つに裂けると、その身体のあちこちから一斉に炎を吹き出した。
巨大トーチだ。
「キィヤァァァァァァァァァ!!」
巨大樹が盛大に燃えながら、断末魔の叫びを上げる。
オレは巨大樹の近くに立っている木々を次々と蹴りながら落下し、無事衝撃を殺して地面に降り立つと、改めて三人娘の方に振り返った。
「んで? これ、どういう状況?」
汗と埃で顔が汚れた三人娘は、安心したからか、一斉に笑い出した。
何が何だか分からないが、やれやれ、皆無事で良かったよ。
◇◆◇◆◇
大きくて強いだけあって、巨大樹は結構な数、
これだけあれば、結構な金額になる。
深い森の中、焼け跡で魔核を拾いながら、オレは炭となったこの巨大樹について聞いてみた。
代表してリーサが答えてくれる。
「これは『ヤ=テベオ』っていう樹木の魔物だよ。甘い匂いを放つ強力な催眠ガスを吐いて獲物を捕食するんだ。大きさイコール強さって考えてほぼ間違いないんだけど、ここまで大きく育ったのを見たのはボクも初めてだよ。樹齢千年越えてるんじゃないかな」
「あ、やっぱり。でもお前らよく寝なかったな」
「うちらは全員、今までにどこかしらであの催眠ガスを嗅いでいるからね。特徴的な甘い匂いだからすぐ気付いて警戒したんだよ。でもテッペーは初めてだったから成す術も無く速攻寝ちゃったね」
フィオナが笑う。その顔は汗と埃まみれだ。オレが起きるまで、必死で触手攻撃を防いでいたのだろう。
「お陰でグッスリ眠れたよ。懐かしい……夢を見た」
「……帰りたい? センセ」
三人娘が揃って不安そうにオレの顔を見る。
元々女神メロディアースと交わした約束では、オレに提示された魔王討伐の報酬は元の時間軸に戻ることだった。
オレは車に撥ねられて死んだ。報酬を使って生き返る。それは今も変わっていない。三人娘には言っていないがな。
だが、どうにもこの三人に情が湧きすぎてしまった。
たった数か月とはいえ、これだけ寝食を共にしていればな。
メロディアースの予言――というより、未来視によれば、オレがこの三人と共に魔王退治を行うところまでは確定している。
だがその後のことに関しては教えてもらっていない。
いや、そもそも魔王退治自体が成功するのかすらだ。
ま、聞いたところで教えてくれないだろうけど。
ちなみに先代勇者カノージン――平安時代出身の武人・
オレもそうなるのか?
「帰りたくないって言えば嘘になるが、分からない未来のことより今は目の前のことに集中すべきだろう。すなわち、お前ら三聖女と共に魔王退治を成し遂げること。今オレの考えているのはそれだけだ。心配するな」
オレは三人娘の頭を全員分ワシャワシャと撫でると、緑色のパルフェ――ずんだに
「さ、行こう。リーサ、案内を頼む」
「ん、分かった」
三人娘がそれぞれパルフェに乗ったのを待って、オレはずんだに合図を送った。
次の町は、いよいよオーバル王国の王都オーバルシアだ。今日中に着けるといいんだが。
オレたちは、再び先へ先へと、歩みを進めたのであった。
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