第48話 教師 藤ヶ谷徹平
あれ? さっき一瞬、甘い香りを嗅いだような気がしたんだが、気のせいか?
「とまぁこのように、和歌の世界において桜を謳った歌は数多い。実際に……はい、次のページ。
「徹平ちゃん、行くの? 一緒していい?」
出席番号八番・
「藤ヶ谷先生、だ。行くには行くが、残念、見回りだ。隣の緑山高校の先生方と合同で見回りするから、目につく行為は勘弁してくれよ?」
「はーい」
クラスのあちこちで声が上がる。ま、うちは女子高だし、そんなにヤンチャをする奴がいないから助かるな。
「でも、フッジーも見回り時間が終わったらフリーでしょ? 飲むの?」
出席番号二十二番・
「藤ヶ谷先生。
「先生、独身でしょ? 寂しいー!」
「一緒に付いてってあげよっかー?」
「見回り終わったらデートしようよ、先生!」
女生徒たちが一斉に騒ぎ出す。ちょっと横に逸れすぎたか?
「馬鹿言ってんじゃないよ。まぁとにかくだ。そうやって遥か昔から日本人と桜の密接な関係が始まっていたと考えると、たかが町でやってる桜まつりでも、その中に、連綿と続く文化の息吹ってものを感じられるんじゃないだろうか」
キーンコーンカーンコーン。キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴る。もうそんな時間か。
「ちょうどチャイムが鳴ったので、今日はここまでにしよう。じゃ日直、号令を頼む」
その後、クラスの生徒たちと他愛のない会話を交わしながら職員室に戻ったオレは、早速自分用のノートパソコンを開いてカリキュラムの進行度合いを書き込んだ。
と、ちょうど外から聞こえて来た歓声に、オレはチラっと窓の外を見た。
今日は随分と校庭の方が騒がしいな。クラスマッチが近いから練習に励んでいるのかな? いやぁ、若いっていいね。
◇◆◇◆◇
「センセ、起きて! ユリちの結界だけじゃいずれ破られるよ! 敵の勢いが強すぎてリーサちゃんとフィオナちゃんだけじゃ支えきれないの! お願いセンセ、起きて!!」
◇◆◇◆◇
「ノリ弁……ですか、藤ヶ谷先生」
「そうですね。給料日前ですしね」
隣に座る古典担当の
笠井は三十一歳、家族持ちだ。オレより三歳上にも関わらず、早くに結婚したお陰で六歳の息子と四歳の娘がいる。
弁当は当然、愛妻弁当だ。
オレはコンビニで買ったのり弁をパクつきながら、笠井の机の上を見た。
どこかの景勝地で撮ったものなのか、家族四人揃った集合写真だ。皆楽しそうに笑っている。
「上のお子さん、もう小学生なんでしたっけ?」
「そうなんだよ。小学一年と幼稚園の年中さん。いやもう、家の中が戦場だよ」
笠井は一しきり笑った後、急に真面目な顔になった。
「藤ヶ谷先生は最近どうなのよ。先週、体育の松坂先生や数学の倉田君たちと合コン行ったんでしょ? あれ、どうだった? 都内の教師限定だっけ? 可愛い子いた?」
「いやぁ、微妙でしたね」
オレは先週あった教師合コンを思い出した。
同い年の体育教師・松坂に誘われて、一個下の数学教師・倉田も引き連れて参戦したのだが、これがいまいちだった。
いや、可愛い子もいたんだよ? 話も合ったしさ。でもどうにも皆、しっかりしすぎているんだよな。いかにも生真面目な教師って感じで……実につまらなかった。
「……お持ち帰りした?」
恋愛バラエティ好きな笠井はこの手の話題が大好きだ。
自分には縁が無くなったから、安全な距離から楽しみたいだけなんだろうけどさ。
「いやぁ、そういう雰囲気はあったんですけどね? 結婚する覚悟無しで持ち帰ったら大惨事になりそうだったんで……」
オレは苦笑いで返した。
でもあの子たち、遊びが足りないっていうか、夜とか絶対淡泊だろうなって思ったんだよ。夫婦生活は子供を作る時だけねって言いそうでさ。つまらないったら。
◇◆◇◆◇
「あぁもう、キリが無い! 触手の一本や二本燃やした程度じゃ全然勢いが止まらないわ。本体を倒さないと。お願い、こっちが魔力切れ起こす前に何とかテッペーを起こして、ユーリ!!」
「全力でやってる! フィオナちゃんも、なんとか時間を稼いで!!」
◇◆◇◆◇
「先生、さようならー!」
「ほい、さようなら。気を付けて帰れなー」
オレはスクールバスに乗る生徒たちを校内のバス停前で見送ると、ふと誰かに呼ばれた気がして振り返った。
誰もいない。気のせいか。
オレは校内に戻って来ると、机の上のノートパソコンのスイッチを入れた。
疲れが溜まっているようだ。とっとと明日の授業準備を終えて帰ろう。
そういえば先日いいエロサイトを見つけてブクマしておいたんだよな。今夜のオカズはソレだな。
にしても、何でそんなこと忘れていたんだろ。
……あ、そっか。最近下半身事情が充実しているから自家発電する必要が無くなっちゃってたんだ。そうだそうだ、そうだった。でも相手、誰だっけ……。
「藤ヶ谷先生。個人面談の日程組み、順調ですか?」
「あ、主任。すみません、遅くなっちゃってて。実はまだ何人か、希望日の紙を持って来ていない生徒がおりまして。明朝のホームルームで再度アナウンスしますので、もう少々お待ちください」
「焦らなくていいですよ。ただ、今週末にはまとめないといけないので、明日明後日くらいをリミットで進めて下さい」
学年主任が去って行くのを、オレは平身低頭で見送った。
いやはやすっかり忘れてたよ。何か最近、忘れっぽくなっている気がするんだよな。
まぁでも、オレには三人娘がいるお陰で深刻なポカはしないで済むからな。それだけはホント助かるよ。オレにはもったいないくらい、いい子たちだしな。
……三人娘? 誰だっけそれ。
◇◆◇◆◇
「旦那さま、起きて!! この敵はボクとフィオだけじゃ無理だ! デカいし硬すぎる! このままじゃ押し負けちゃうよ! ユーリ!」
「聞こえているはずなの! センセ、お願い、起きて!!」
◇◆◇◆◇
結局遅くなって帰宅したオレは、部屋に入るとすぐ電気を点けた。
真っ暗だった部屋は明るくなったものの、誰もいなくてシーンとしている。
こんな静かなの久しぶりだよ。ここのとこ、ずっとうるさかったからな。
帰りに買ったコンビニ弁当をテーブルに置くと、オレは風呂の追い焚きボタンを押した。
身体を洗っている間に風呂も温かくなるだろ。
スーツをグシャグシャっと脱いでそこらに放ると、そのまま脱衣所に入った。
鏡を前に、ポイポイと下着を脱いでいく。
ワイシャツを脱いで、靴下を脱いで、Tシャツを脱いで、パンツを脱ごうとしてふと首に何かが掛かっているのに気付いた。
鏡を見る。
首からガイコツのキーホルダーがぶら下がっている。
「コっくん。何で……」
頭がズキっと痛んだ。
鏡を覗き込むと、そこに、いつものスーツ姿じゃない、生成りのチュニックを着たオレが写っている。何だこれ。
オレは鏡の中に向かって問い掛けた。
オレは誰だ?
鏡の中に三人の少女の顔が浮かぶ。
どの子も日本人では無いが、三人とも極上レベルの美少女な上にスタイルも抜群ときている。でも、誰……だっけ。
少女たちがオレに向かって一斉に叫ぶ。
「旦那さま! 起きて!」
「テッペー! 助けて! お願い!!」
「センセ!」
その瞬間、首から提げたガイコツの目が世界を真っ白に染めるほど眩い光を発し……目が覚めた。
「呼んだかい?」
スラリと剣を抜いたオレを、三人娘の歓喜の声が包んだ。
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