第47話 癒しの聖女

 どうやらユリーシャは合格したらしい。

 

 ユリーシャがまばゆい金色のバリアを張ると、司祭たちは一斉に攻撃を止めた。

 何がどうやって合格と言う結論に達したのか、オレにはさっぱり分からなかったけれど、ともかくこれでユリーシャの試験は無事終了したようだった。

 司祭の合図によって一般の修道者たちが側廊のドアからドヤドヤと入って来て、何かの準備を整え始める。


 老修道女がユリーシャを抱き締めたり、他の司祭たちがユリーシャをねぎらったりとしているのを横目に見ながら、オレは別室に連れて行かれた。

 どうやら一番偉い司教さまの部屋らしい。なぜかそこで、オレは老人のお茶の相手だ。


 話した内容は大したことじゃない。ご老人の苦労話や昨今の教会事情なんかを『へぇ、そうなんですか』などとお追従しながらお茶を飲むという、やっていた事はまさに、ご隠居さんの茶飲み話のお相手って奴だ。

 しばらくそうして待たされた後、アゴヒゲを生やした壮年の司祭がオレと司教を呼びに来た。


「勇者さまは、修道者たちと一緒にベンチで見ていて下され。では後ほど」

「は、はい」


 式典が始まる。

 身廊の中央にひざまずいたユリーシャから、旅装のフード付き白ローブがはぎ取られると、代わりに同じく真っ白なマントがその肩に掛けられた。

 マントはオレの位置から見ても分かる、最高級の品だ。

 襟周りには真っ白なファーが付いているし、布地のあちこちに、金糸で何かの文字だか模様だかが刺しゅうされている。


 堂内にいる司祭たち、修道者たちの祝福の合唱が一しきり続いた後、司教の祝福を受けたユリーシャがその場に立った。

 ユリーシャの艶やかな黒髪に豪奢な白マントが良く似合う。


 そこで、修道者二名によってうやうやしく運ばれて来た年季の入ってそうな木箱が司教の横のテーブルに置かれると、司教の手によって封が解かれた。

 司教が木箱の中から取り出したのは、金色の錫杖だった。

 

 あれ? やっぱり微妙に形が違うな。

 

 新しい錫杖には、金色の羽根と日輪を模した金属パーツが付いていた。

 更に、今までの錫杖には左右二本ずつ輪が付いていたが、新しい錫杖には輪の代わりに金色の金属棒が左右に三本ずつ付いていて、当たると風鈴のような涼し気な音がする。 

 何とも神々しい。


 ユリーシャは司教から新しい錫杖を受け取ると、うやうやしくお辞儀をした。

 再び堂内に教徒たちの祝福の合唱が行われ、式は無事終わった――。


 教会を出ると、真っ赤な夕日が出迎えてくれた。

 思った以上に長いこと堂内にいたらしく、すでに陽が暮れかけている。


「なぁ。あれ、どの辺りが合格ポイントだったんだ?」


 緑のパルフェ――ずんだを歩ませながら、オレはピンクのパルフェに乗って隣を進むユリーシャに尋ねてみた。

 白マントのせいか、何だかお姫様の隣にいるみたいだ。マントの下はギャルっぽい恰好なのに。

 ギャップ萌えで可愛いのだが、何とも不思議な気分がする。


「あれね? メロディアス神教には敵対魔法を全て無効化する『絶対防御アブソルータ ディフェンシオーネ』っていう究極防御魔法があるんだけど、これは聖女にしか使えないのよ。つまり今回の試験は『聖女たるあかしを立てよ』って内容で、ユリちはその問題をクリアしたってわけ」

「はー、なるほど。ん? っていう事は、合格した後の階級はどうなるんだ? 司祭とかか?」

「ううん、聖女サンクトゥス。知っての通り、癒しの聖女は千年に一度しか生まれないんだけど、今回の試験でユリちはメロディアス神教内で正式に癒しの聖女として承認されたって感じなの」


 ユリーシャがやり切った満足感からか、パルフェに揺られながらオレにガッツポーズをしてみせる。


「……ね、センセ?」

「何だ?」

「今日はユリち頑張ったから……センセのこと、独り占めしていい?」


 ユリーシャが甘え顔でオレを見る。

 なるほど、リーサとフィオナのあの苦笑はそういうことだったか。

 ま、ご褒美だしな。おそらく今後どこかで、剣の聖女の認証と魔法の聖女の認証が待ってて、その時に自分が一人占めする番が来るからと、今日がユリーシャの独占日となるのを二人して納得したんだろう。

 それならいいか。


「……まぁ……いっか。んじゃ行くか」

「うん!」


 オレの返事に、ユリーシャが満面の笑みを浮かべる。

 こうしてオレはユリーシャを連れて、夜の町に消えた。

 独占するのはいいが、ギブアップは無しだからな、ユリーシャ。


 ◇◆◇◆◇


 翌朝早くリーサ、フィオナと合流したオレとユリーシャは、朝からやってる飲食店に入った。

 ユリーシャおススメの、お粥が美味しい店らしい。


 オレとリーサ、フィオナが普通にお粥を食べている横で、ユリーシャ一人だけが、苦しそうに腰を押さえながらテーブルに突っ伏している。


「あぁぁぁうぅぅぅぅぅぅ」


 何だか知らんが、ユリーシャが朝からずーっとうめき声を上げている。

 何やってんだか。


 オレは、ズラリと並んだ小皿に乗った黒い甘煮をスプーンで持ち上げた。


「あぁ、胃に優しくていいな。これ、魚か? この辺りで獲れるヤツなのか?」

「そうだね。ミティスっていう川魚を甘煮にした物だね。確かにお粥に会うね」


 痛みで動けぬユリーシャに代わって、リーサが答える。

 

「こっちのとろみの付いたお肉もお粥に合うわよ。わたしはこっちの方がいいかな。試してみて」

「お、確かにそれも美味そうだな。皿、こっちに回してくれ」


 フィオナが勧めてくれた肉をお粥に乗せて食べてみると、これもまたイケる。

 こりゃ、朝から腹一杯になりそうだ。


「……ユリーシャ、食べないのか?」

「うぅぅ、食べたい。お腹は空いてるんだけど、足腰がガクガクして身体もグッタリしちゃって動けないぃぃぃぃ」


 情けない顔でテーブルに突っ伏しているユリーシャを、フィオナがやれやれといった顔で見る。


「独り占めしようなんて無茶するからよ。テッペーの性欲を甘く見るから」

「まぁでも、気持ちは分かるかな? その内ボクの番も回ってくるからいいけどさ」

「リーサは剣士だから体力はありそうだけど、それでもテッペーの性欲には勝てないと思うわよ?」

「だよねぇ。ボク、毎回気絶して朝を迎えているもの。せめて自分の時までにしっかり足腰を鍛えておかないと」

「リーサも!? 実はわたしも、ここのとこずっと気絶で終わってる。……わたしさ、わりと真面目に、一人でテッペーの相手をするの無理なんじゃないかと思い始めてるよ」

「結局、三人で分担するのが正解ってことなのかな。あはは」

「お前ら、勝手なこと言ってんじゃないよ。さ、食ったら出発するぞ? ユリーシャも辛くても少しは腹に入れておけ」

「はぁぁいぃぃぃぃ」


 こうしてユリーシャは本部の試験を無事クリアし、オレたちは後顧こうこうれい無くワークレイを後にした。


 だが、どうやらユリーシャの回復魔法は、怪我は治せても疲労回復効果はあまりないらしい。

 思うように動けないユリーシャは、ピンク色のパルフェの鞍の上に毛布で更に厚手の座布団を作って、それに跨ることでようやく出発することができるようになったのであった。

 やれやれ。

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