第41話 三人の聖女

 古代カリクトゥス王国跡地からそこはかとなく離れた沼地の一角で、焚き火に当たりつつお茶を飲む四人の姿があった。


 すなわち、勇者であるオレ・藤ヶ谷徹平ふじがやてっぺいと、魔法使い・フィオナ=フロスト、僧侶・ユリーシャ=アンダルシア、そして剣士・リーサ=クラウフェルトの四人だ。

 元教師のオレと、オレ専用の聖女が三人。

 なぜだか三人揃って制服に身を包み、実にギャルっぽい雰囲気を醸し出している。

 場を、奇妙な沈黙が支配する。


「えっと……二人はどこで?」


 恐る恐る聞いてみる。

 お見合いか!!


「どこでって、自由都市エーディスの港でね。会った瞬間、お互いが聖女だって分かったもんね。あ、癒しの聖女がいる! って」

「そうだね。ユリち、見た瞬間分かっちゃったもん。あ、魔法の聖女だ! って。あはは」


 オレの右脇に座ったフィオナと左隣に座ったユリーシャが同時にオレをにらむ。

 ところが、にらみながらも、「ん!」とフィオナがオレにお茶のお代わりを注いでくれる。何ともはや可愛い。

 口を尖らせながらユリーシャがオレの口にお菓子を突っ込む。いやはやだ。

 

 焚き火の向こう側に座って恐る恐るこちらを見ているリーサが口を開く。

 

「ボクはリーサ。剣の聖女だよ。よろしくね、二人とも」

「よろしく、リーサ。わたしはフィオナ。魔法の聖女よ。お互い厄介な人を好きになっちゃったわね」

「ユリーシャ。癒しの聖女だよ。普通なら仲良くなんかできっこ無いんだけど、相手が勇者さまだしねぇ……。もぅ割り切るしか無いもんね」


 三人がオレを見て、揃ってため息をつく。


「なぜため息をつく?」

「三股確定なんだから、そりゃため息だって出るよ。ここでは一夫多妻は罪じゃないけど、妻を平等に愛するのが条件なんだ。忘れちゃ駄目だよ? 旦那さま」

「そうだよ、テッペー。ちゃーんと平等に愛してくれなくっちゃね?」

「はいはーい! しばらくリーサちゃんが独占してたから、今夜はユリちの番にしちゃっていい?」

「ちょ、駄目よ! わたしだってしばらくぶりなんだから!」

「ボクだって、ようやく旦那さまと息が合うようになってきたところなんだから、しっくり来るまで続けないと!」


 仲が良いのはいいことなんだが、色々前途多難だなぁ。


「分かった! 極力平等にするから! 今はそれで納得しろぃ! それより今はカリクトゥス王国の攻略だ。少し休んだら行くぞ? フィオナもユリーシャも、勝算はあるんだな?」

「任せてよ! わたし、最近調子良いんだ。魔力容量がアップしたのかもしれない」

「あ、ユリちも! センセとエッチしてから封が解けたような感覚があってさ。女神さまの力がダイレクトに流れ込んで来る感じがするんだよね」

「あ、それ分かるなぁ。ボクも以前と段違いに動きが良くなってる気がするもの」


 三人の聖女は、勇者のフォローをする為にいる。

 だが、無事魔王を倒したら? その後どうなる? 

 オレの子供を産むのまでもが既定路線らしいが、それは本当にこの子たちの意思なのか? だってこっちはアラサーのオッサンだぞ? 三人ともめちゃめちゃ可愛いし、こんなに尽くしてくれる子たちなんてそうはいないから大切にしてやらなきゃとは思うけど、それで正解なのか?

 

 オレは三人の制服ギャルが意外と仲良くワイワイ会話するのを、ちょっとだけ先生に戻った気分でしばらくまぶしく眺めていた。


 ◇◆◇◆◇


 迫り来る幽霊ゴーストに向かって、ユリーシャは恐れる様子一つ見せず、立ちはだかった。


 シャリーーン!


 錫杖しゃくじょうで床を突いた衝撃で、先端部に着いた四本の金属製の輪が当たり、音を立てる。

 その音に、幽霊が忌避するような響きでも入っているのか、目に見えて動揺している。

 ユリーシャは左手で銀色の錫杖を立たせ、右手の指で空中に何か文字を書きながら真言しんごんを唱えた。


天使の梯子スカライ アンジェリ!」


 幽霊が光に包まれ、薄れて消えて行く。

 ユリーシャによる見事な幽霊撃退にホットしたオレがふと気配を感じ振り返ると、後ろからも幽霊の群れが来るところだった。


「うわっ、フィオナ! 後ろからも来てるぞ!!」


 オレは慌てて隣に立っていたフィオナに声を掛けた。

 だが、フィオナは慌てた様子一つ見せず、空に複雑な魔法陣を描いた。 


「集い来たりて渦を巻け。く、燃やし尽くせ! 火焔の乱流トゥルビドゥン フランメ!」


 魔法陣から勢いよく飛び出した炎の奔流ほんりゅうが巨大な渦となって、向かってきた幽霊の群れを一瞬で消し去った。こちらも凄い。


「二人とも凄いな。やっぱりパワーアップしてる気がするぞ」

「でしょ? でしょ? 褒めて褒めて! もっとユリちのこと褒めて!!」

「ま、まぁね。わたしだってやればできるんだから!」


 素直に『褒めて』を連呼する子犬のようなユリーシャと、『フフン』とさりげなく鼻高々を演出しようとする子猫のようなフィオナの対比が面白い。

 オレは惜しみなく、二人の頭を撫でてやった。


 突き当たりの大きなドアに手を掛けると、一瞬、静電気がオレの手を走った。


「痛っ」


 痛みはだが一瞬で消えたので、オレは軽く首を捻りつつドアを押し開けた。

 そこは大広間だった。


 百畳を超えていそうなレベルの広さなのに、室内に邪魔な柱が一本も立っていない。

 床を覆う大理石のタイルには塵一つ落ちていないし、豪奢な緋色の絨毯やカーテンが、多少色褪せてはいるが、まるで時が止まってでもいたかのように健在だ。

 いくら閉まっていたとはいえ、千年も経てば、こんなのは真っ先に崩れ去るものなのだが……。


「そう言われてみると侵入の形跡が無いな、ここは。あの盗賊共、ここに入らなかったっていうのか?」


 ……それとも、封でもされていたか?


 オレたちはゆっくりと大広間を見て回った。

 天井から幾つも垂れ下がる豪奢なシャンデリア。


「わわっ!!」


 リーサが慌てて剣を引き抜いた。

 その声に振り返ると、部屋のあちこちに飾られている西洋甲冑が一斉に動き出している。

 頭からつま先までしっかり鎧兜姿だが、中に人が入っている様子は無い。


「固まれ!」


 オレも剣を引き抜くと、フィオナとユリーシャを後ろに庇いつつ、リーサと合流し、後退した。

 後ろは玉座があるのみだ。


「何だ?」


 ところがだ。

 甲冑群は剣をいているにも関わらず、剣を抜かない。圧を掛けて来るだけだ。

 オレたちは剣を構えたまま後退あとずさり、甲冑群は進み……だが、やがて甲冑群は止まり、その場にひざまずいた。騎士の忠誠の姿だ。


『待っていたぞ、次代の勇者よ』


 後ろからいきなり聞こえた声に、オレたちはビックリして振り返った。

 何度も確認したんだ。さっきまで後ろに誰もいなかったぞ。

 ところが今、レッドベルベットの張られた木製の豪奢な玉座に年老いた日本人が座っている。


 そう、老人だ。金色の複雑な意匠を施した刺しゅうが縫い込まれた緋色のマントで全身を覆い、頭には銀色の略王冠を被った白髪の日本人だ。

 

『余はカノージン……。否、加納尽かのうじんという。カリクトゥス王国の初代の王じゃ。そなたは……そうか、千年後の日本ひのもとから来た次代の勇者だな? やれやれ、やっとか。これでようやくワシの役目が終わる』

「加納さん……。あんたずっとここでオレを待っていたのか?」


 これは幽霊だ。ただし悪意は感じない。オレに会う為だけに、死後もここに留まっていたのだ。

 千年後に来る勇者の為に。道案内をする為に。どれ程長い時だったろうか。


『いや。喚ばれたのはつい数か月前だ。もうすぐ次代さんが来るからそろそろ起きろって女神に飛び蹴り一発で起こされてな。わはは!』


 ズコっ!

 何だい、感動して損したぜ。


『まぁ何にせよ良く来た。では今からお主に道を指し示そうぞ』


 カノージンは玉座にふんぞり返ったまま、老人にしては意外とヤンチャそうな笑顔でニヤリと笑った。

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