第42話 先代勇者

 甲冑が四、五体ほど動いて、丸テーブルを一卓とオレ用の椅子を一脚、いそいそと持ってきた。

 どこに置くのかと思いきや、なんと玉座の目の前だ。

 ありがたく座らせてもらったが、中身が入っていない鎧がガッチャガッチャ音を立てて歩き回っている姿を見るのは、どうにも落ち着かない。


 後から来た甲冑がお茶とお菓子を置いて行く。

 漆塗りに良く似た東洋風の菓子盆だ。何やら干菓子が乗せてあるが、それ、いつのだ? 賞味期限的に食べて大丈夫なものなのか?

 

『それで、次代よ。お主、名は何と言う?』


 白髪の老人――先代勇者カノージンが、自分の分の湯飲みを飲みながら嬉しそうにオレに話し掛けて来た。

 千年振りに話す――しかもそれが同郷の人間ともなると、やはり嬉しいものなのだろう。

 どうでもいいけど、幽霊が飲むお茶はどこへ行くんだろうな。


「オレは藤ヶ谷徹平ふじがやてっぺい。あんたと同じ日本人だ。あっちはフィオナにユリーシャにリーサ。オレの三聖女で……ぶっ。おい、お前ら何やってんだ! 室内だぞ!!」

「えー? 駄目ー?」


 オレは、室内にも関わらず大広間の隅で火起こしを始めた三人を見て思わず吹いた。

 三人はカノージンとオレの話を邪魔しないようにと広間の隅っこに行っていたのだが、どうやら話が長くなりそうだと判断したようで、お茶をすることにしたらしい。


 当然のこと、甲冑たちは三人娘の方にもお茶と菓子盆を持って行ったようだが、自分たちで用意するからと丁重に断られたらしい。

 それが正解だよ。下手したら腹を壊しそうだもん。


 万が一にも延焼しないよう、甲冑群が近くに置いてあった近隣諸国の旗を三脚台ごといそいそと移動させ始める。

 完全に甲冑の中に人が入っていそうな動きなんだが、これがいないんだよな。

 どうなってるんだか。

 三人娘も騎士の亡霊たちに敵意が無いことを認識したようで、恐る恐るだが、ペコリと頭を下げている。


『わっはっは。構わんよ。床は大理石だし、燃え移ることも無かろうよ。どのみちこの城は、無事今代の魔王を倒した後はお主の居城となるのだから、好きにすればいいさ』

「いやいや、オレ、帰るし。だいたいこんな沼地に立つボロ城もらったってどうしようもないだろ?」

『それは住む者がいないからだ。お主がここを引き継げば、あっという間に元の肥沃ひよくな大地に戻るわい。そういう風になっておる』


 チラリと三人娘の方を見ると、無事火を起こせたようで、お茶を飲んでいる。

 屈託なく笑っているところを見ると、それぞれ微妙な立場であるにも関わらず、あっという間に仲が良くなったようだ。

 ま、同い年だしな。それも青春か。


『話を進めよう。お主の知りたいのはズバリ魔王城の場所なのだろうが、それは悪いが教えるわけにはいかん。女神との約定やくじょうがあるでな。まぁ心配せんでも、そこのガイコツの指し示す方向に旅を続けていれば、そう遠くない内に行き着けるさ。代わりと言っては何だがコイツをやろう。受け取れ』


 カノージンがオレに向かって握った右手を差し出した。

 引っくり返して指を開くと、手のひらの上には赤、青、黄、三色の光の玉がある。

 光の玉はカノージンの手のひらの上でフっと浮かぶと、そのままふよふよと漂い、オレの胸のガイコツ人形に吸い込まれた。

 え? 何で?? てか何これ。


『それはな? 余が三か所に安置した宝箱を開錠する為の霊的な鍵だ。宝箱の在り処は三人の娘たちの居城――カルナックス、オーバル、ネクスフェリアだ。そこで余の残した宝を受け取るが良い。お主の冒険の一助となるだろう』


 だが、オレはお宝より娘の話に食いついた。


「へぇ。加納さん、あんた、三人も娘がいたのか? 男の子は?」

『いや、これが娘三人しか生まれなかった。三人の聖女に女の子が一人ずつだ。結構頑張ったんだがなぁ』

「えー? 七人家族で自分一人だけ男って、なんかキっついものがあるなぁ」 

『そうなんだよ。何せこちらは日本男児だからな? 寂しいのなんのって……。いやいや、そんな話はどうでもいい。いいか、次代よ。我々は女神の駒だ。自分たちが知らないだけで他にも様々な使命が課されている。確かに本命は魔王退治ではあるもののそれだけでは無い。我々には選ばれただけの、それ相応の理由があるのだよ。それだけ覚えておけ』

「え? おい、それどういう意味だよ!」


 言うだけ言うと、玉座に座っていたカノージンの姿はあっという間に薄れ、消えてしまった。

 あちこちにいたはずの甲冑群も、いつの間にか全員、元の飾り台に掛かっている。

 動いた様子も無い。

 まるで最初からそこに飾ってあったかの如く、あちこち埃を被ったままだ。

 それどころか、玉座の前に置かれたはずの丸テーブルと椅子さえもが消えていた。

 どうなってるんだ、こりゃ。


「意味深な事だけ言って消えるなぁぁぁぁあ!!」


 怒りの叫びを上げるオレの元に三人娘が慌てて走って来ると、一斉にしがみついてきた。


「怖っ! 怖っ! 怖っ!」

「ゆ、ゆゆゆ、幽霊? 幽霊?」

「早く出ようよ、こんなお城! 早く、早く!」

「あー、それなんだが、オレたち、魔王退治が終わったらここに住むことになるんだってよ。報酬の一環って奴らしいぞ」


 三人娘が顔を見合わせる。


「絶対嫌だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 三人娘の絶叫が、オレたち以外誰もいない城内に響き渡った。


 ◇◆◇◆◇ 


「リーサ、地図をくれ」


 沼地の木に繋いだパルフェ――ずんだの手綱たづなをほどいてやりながら、オレはその頭を撫でてやった。

 ずんだが不細工な顔で肩をすくめる。

 ずんだは相変わらず間抜けな顔をしているが、どことなく可愛く感じる。

 それなりに愛着が出てきたってことなのかね。


 とりあえずパルフェは四羽とも無事だった。

 ユリーシャの結界が効いたようで、魔物に襲われた形跡も無かった。

 ちょっとホっとする。


 オレはずんだにまたがると、早速リーサから渡された地図を睨みながらここからの行先を考えた。

 三人娘も次々と自分のパルフェに跨る。


 ふむ。三王国では南西のオーバルが一番近い。だがガイコツが指しているのは……南か。ということは、三王国におもむくのは別に急ぐ必要は無いということだ。さて、どうしたものかな。


「旦那さま、行き先は予定通り西でいいのね?」


 パルフェの上で地図を見ていたオレの左からリーサがパルフェを寄せて来る。


「いや、それがここに来てガイコツはいきなり南を指しているんだ。カリクトゥスに着く前は真西を指していたはずなんだが」

「旦那さまひょっとして、先代さまに南へ向かうよう指示された?」

「色々言われはしたが、ここでもし指示変更があるなら南西だ。南じゃない」

「じゃ、南に向かおうよ、ちょうどいいじゃん!」


 ピンクのパルフェを撫でながら、ユリーシャが満面の笑みで提案する。

 ちょうどいい? どういうことだ?


「南? 何があるんだ? 南に」


 右からパルフェを寄せて地図を覗き込んだフィオナの顔がパっと明るくなる。


「エストワール! 港町エストワールね?」

「正解! 目的地がどこであれ、ここで寄らないって手はないでしょー!」


 フィオナとユリーシャが揃ってガッツポーズを取る。


「エストワール? 何だそりゃ。有名な町なのか?」

「温泉の町だよ、エストワールは! あぁ、しばらくまともなお風呂に入ってなかったし、ボクも賛成! 最近色々頑張ってたし、ちょっと休もうよ!」

「温泉? おいおい、オレたちの旅は遊びじゃないんだぞ?」


 ウンザリ顔のオレとは対照的に、三人娘が揃ってワクワク顔をしている。

 仕方なくオレは三人に聞いた。


「……エストワールに行きたい人は?」

「はーい!」

「行く行く!」

「ボクは別に……皆が行くなら行ってもいいかな?」


 オレはため息をついた。ま、仕方ないか。三人の慰労いろうもオレの役割だ。


「よし、じゃ、エストワールに向かおう。リーサ、案内を頼む」

「うん! 任せてよ、旦那さま!」


 こうしてオレたちは、温泉町エストワールに向けてパルフェを進めるのであった。

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