第29話 強欲帝 アヴァリウス

 強欲帝アヴァリウスは準備運動とばかりに、手に持った長さ三メートルはあろうかという漆黒の二叉槍をグルグルっと回した。

 艶の入った黒髪が揺れる。


「では早速始めよう、勇者クン」


 言いながらさっきまで空で回していた槍を腰にピタっと着けると、アヴァリウスはいきなり、槍による突きを繰り出してきた。

 スピードがグングン上がってあっという間に突きの嵐になる。


 対抗すべく、オレも瞬時にブーストモードに入ると、最小限の動きで神速の槍をかわしながら剣で反撃した。

 こんなの、ノーマルモードなら瞬殺されてるぞ。


 キシャーン! キシャーーン!!


 激しく打ち合わされるオレの剣とアヴァリウスの槍。

 なかなかに隙がない。

 こちらもスピードを上げたお陰で致命傷は負わないが、その分どちらも有効打を与えられない。


「うーん。ではこういうのは?」


 同じことをアヴァリウスも思ったらしく、やがて槍の軌道が急激に変化した。

 突きをストップし、今度は杖術じょうじゅつのように、自らの身体を軸にして槍を回転させ始めたのだ。


 回転数があっという間に上がり、今度は槍は旋風と化して、横からオレを襲った。


 ブゥオン、ブゥオン。ブゥオン、ブゥオン。


 アヴァリウスは、まるでダンスをするかのような優雅な動きをしつつ旋風と化した槍を振るってくる。

 身体の周りを槍が回転するさまのまぁ美しいこと。

 だが、その所作の美しさと反比例するかのように、槍は鋭い。

 回転する槍と盾代わりに構えた剣との間で激しい激突が起こる。


 ガガガガガガガ!!


 うっはぁ、こりゃ削る攻撃だな。

 一度有効打を受けると残りの攻撃を全て食らって、あっという間に肉袋にされそうな気がする。

 ……ん? 何だ? 何か変だ。いつの間にか槍の出す音域が高くなっていないか?


 気付くと当たっていないはずなのに、オレの腕が無数に傷を負っている。

 肘から先が血で真っ赤だ。

 そんな馬鹿な! 当たってないのに何で怪我を? ……まさか、これ、かまいたちか!? かまいたちをまとっているのか、この旋風槍は!!


 慌てて転がって逃げたところで鋭い突きが飛んできた。

 首をそらしてギリギリ避ける。

 だが――。


「捕まえた!」

「ぐぇ!」


 首を槍で斬られることこそ避けられたものの、槍は見事オレのチュニックの首元に突き刺さった。

 途端にアヴァリウスのとんでもない膂力りょりょくで空に浮かされたオレは、一瞬の無重力体験をした後、四メートルの高さから地面に激しく叩き付けられた。


「ぐがっ!!!!」


 息が止まる。


「あっはっはっはっは! ほらほら、逃げないと終わっちゃいますよ? まだまだこんなもんじゃないんでしょう?」


 アヴァリウスめ、笑ってやがる。寡黙かもくだった暴食帝グラフィドとはえらい違いだ。


 だが、叩き付け攻撃は一撃で終わらなかった。

 まるで幼児がオモチャの人形を粗雑に扱って壊してしまうかのように、持ち上げて叩き付けての攻撃を何度も食らう。

 槍がチュニックの襟首に突き刺さってるから、逃げられねぇ!


 バキャバキッ!


「あ、がっ……!」


 ヤバい、肋骨が折れた! さっき蜘蛛女にやられたばっかりだってのにまた肋骨を折られた。鎖骨もだ! ちくしょう、好き放題やりやがって!!


 ……にしても槍、便利でいいなぁ。オレも欲しいなぁ、リーチのある武器。

 いけね、いけね。

 強欲帝の持つ欲の気に侵されたか、身動きが取れないオレは攻撃を受けながら思わず現実逃避してしまった。


 ビッタンビッタン、散々地面に叩き付けられた末にやっと槍から解放されたオレは、ズタボロで指一本動かせなくなっていた。

 激しい痛みのせいで気絶すらできない。すぐそこ、ほんの十メートルほど先に女神像があるってのに。


 と、次の瞬間、またもやオレは光に包まれた。

 急速に回復が掛かる。

 同時にアヴァリウスに対して矢が雨あられと飛んできた。


「なんだ?」


 アヴァリウスが槍を身体の前でグルグル高速回転させて飛んでくる矢を打ち落とす。

 矢はアデリナとその手下たち。回復はユリーシャだ。助かった!


 オレはアヴァリウスがオレから目を離した一瞬の隙を狙って、無我夢中でジャンプした。

 どっちへ? 決まってる。金色の女神像に向かってさ。

 そしてオレは女神像に抱き着いた。


 ◇◆◇◆◇ 


 狭間の空間はざまのくうかんに辿り着いたオレは、ゆっくりと立ち上がった。

 ここでは時が止まっているので、外の様子を気にせず、ちょっとだけゆっくりできる。


 すぐそこに置かれた真っ白な巨大玉座に、年の頃六歳ほどの銀髪ロリ幼女が一人、胡坐あぐらをかいて座っている。

 この銀髪ロリ幼女こそが、さっきまでオレがいた異世界・アストラーゼの創世の女神・メロディアースさまだ。


 女神メロディアースの後ろには、全長十メートルはあろうかという、巨大ガチャマシンが立っている。

 オレはチラリとガチャマシンを見た。

 思った通り、オレのモニターに変化が表れている。

 

「やっぱりか……」


 オレはとりあえずメロディちゃんを放って、真っ直ぐその後ろにある巨大ガチャマシンのところに行くと、まずは一番右端のモニターの前に立った。

 何か紙が貼られている。

 よくよく見ると、それは大きくバツ印が印刷されたA四番の紙だった。


「このバツ印、何だ?」

『脱落者じゃ。それ以上は知ってもせんなかろうて』


 振り返って尋ねると、特に隠すつもりもないのか女神メロディアースはあっさり教えてくれた。

 

「そうか……そうだな。なぁ、オレたちは死んだらどうなるんだ?」

輪廻りんねすることなく消滅じゃ。仕方ない。元々死んでいる者たちじゃが、魂と身体との距離が離れすぎているからな』

「なるほど」


 一か月も経たずに一人脱落か。残りはオレを含めて四人。ちょっとペースが早いな。

 オレは次に、五枚設置された中の一番左のモニターの前に立った。


「で、これだ。このオレ用のモニターには前回フィオナが映っていたはずだ。何で今これにユリーシャの映像が映っている?」


 そう。そこに映っていたのは、僧侶・ユリーシャ=アンダルシアだった。

 いつ撮ったものか、モニターには制服ギャルの恰好でニコニコしながらお茶を飲んでいるユリーシャのGIF映像が、繰り返し流されている。

 メロディアースが玉座に座ったまま、何だそんなことか、といった表情で答えた。


『以前も教えたと思うが、ここには異世界アストラーゼにおいて勇者のパートナーになれるだけの潜在能力があり、且つ抜群に相性が良い者の情報が入っておる。それこそ、場合によってはひと目で恋におちいるレベルのな。フィオナ嬢は冒険当初、お主にとって総合点トップじゃった』

「……オレがフィオナから離れたから、そこから抹消されたと?」

『いや、抹消されてはおらん。後ろに回されただけじゃ。次点だったユリーシャ嬢が一番前に来ただけであって、依然として情報は中に入っておるよ』

 

 オレはちょっとだけホっとした。

 ホっとした? 勝手な理由でフィオナから離れておいて、オレはフィオナに未練でもあるってのか? 


『さて、質問はそんなところかの? では、第二の女神像に無事接触できた褒美ほうびを取らせよう。お主の剣、シルバーファングとか言ったか? 妙な名前を付けおって。どんな能力を付与して欲しい? 何なりと言ってみよ』

「そうだな。んじゃ、こんな能力はどうだ?」


 オレは女神メロディアースに希望を伝えた。

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