第30話 無限の影槍

「無粋な女どもめ、私と勇者の戦いの邪魔をするな!」


 狭間の空間はざまのくうかんから戻ったオレは、今まさに強欲帝アヴァリウスがアデリナたちに攻撃を仕掛けようとしているところに出くわした。


 狭間の空間に行く前と状況はほぼ変わっていない。

 やはり向こうにいる間、現実世界では時間が止まっているのだ。


 オレは自分の身体の状態を確認した。

 折れた肋骨も元通り。気力体力、共にすっかり回復している。よし、行ける!


 オレはしがみついていた金の女神像からアヴァリウスに向かってジャンプすると、空中で腰から剣を引き抜いた。


 アヴァリウスはまだオレの帰還に気付かずアデリナたちの方を向いている。

 卑怯? 関係無いね! 魔族と正々堂々勝負するつもりなんか、さらさら無ぇよ!!


「だったらよそ見なんかせずに、こっちを見ろやぁぁぁぁ!!」

「勇者? いつの間に!?」


 アヴァリウスがオレの存在に気付き、慌てて振り返る。

 だが遅ぇ! こっちの方が一手早ぇ!!


「吠えろ、シルバーファング! 第二の牙、灼熱剣もやしつくすつるぎ!!」


 アヴァリウスは何かに感づいたか、とっさに槍を横に構え、防御の形にする。

 だが!


 ジャカーーーーーーン!!


 高熱を帯び、光り輝くオレの剣は、アヴァリウスの槍を易々と両断し、更にアヴァリウスの胸の辺りを深々と切り裂いた。


 黒靄が弾け飛んだだけで血は出ない。魔族の身体は服も含めて一体化しているからだ。だが、それでもそれなりに痛みは感じるらしい。


「ぬぅぅぅぅ!」


 追撃しようとしたオレの剣は、痛みと怒りが混在した表情のアヴァリウスが繰り出した蹴りによって阻まれた。

 いや、足長いって! イケメンはこれだから!!


 腹を蹴られて吹っ飛んだオレは、ゴロゴロっと後ろ回転しながら体勢を整えた。

 クラウチングスタートの姿勢でグっとアヴァリウスを睨みつけたオレの目に入ったのは、黒靄に包まれたアヴァリウスの姿だった。

 暗黒体ダークネスボディだ。更なる強大な形態に変化するはず!


黎明れいめい前奏曲プレリュード!」


 グラフィドのときより遥かに早く暗黒体に変化したアヴァリウスの身体から、オレに向かって何本もの影槍が飛び出した。

 影槍が唸りを上げてオレに迫る。


韋駄天足いだてんそく!!」 


 だが、影槍には追尾ホーミング能力が付いていて、逃げるオレをどこまでも追ってくる。


 迫り来る影槍を振り向きざま一気に灼熱剣で断ち切ったオレは、きびすを返し、アヴァリウスに斬り掛かった。

 

あかつき序曲オーバーチュア!」


 斬り掛かるオレより一手早く、アヴァリウスが新たな影槍を繰り出してきた。

 しかも先ほどの影槍が断ち切られたからか、今度のはヤケに太い!


 ギャリギャリギャリギャリ!!

「うおっとぉぉぉ!!」


 アヴァリウスから飛び出した影槍は今度は何本もり合わさっていた。

 倍以上の太さになったせいか、さすがに硬くて斬れない。

 剣と影槍との間で無数の火花が散る。


 その時、どこからか飛んで来た矢がアヴァリウス目掛けて雨あられと降り注いだ。

 アデリナたちが攻撃を再開したのだろう。

 

 だが、アヴァリウスはオレとメインで戦いながらも背中から別の影槍を一本出すと、鞭のように操って矢をことごとく叩き落とした。全くもって隙がない。

 オレは逃げながら叫んだ。


「ユリーシャ! 今こそお前の力が必要だ! 全力でぶちかませ!!」


 アデリナたちに混じって恐怖におろおろしているユリーシャがハっとした顔でオレを見る。視線が合う。


 実際のところ、本気でユリーシャに何かができると思ったわけではない。

 でも、女神メロディアースはユリーシャにもフィオナ同様オレのパートナーになれるだけの潜在能力があると言っていたからな。まぁダメ元、保険みたいなものさ。

 それに、こうやって大声で指示したことで、アヴァリウスの意識がわずかでもそちらに向かえば大儲けさ。ケケっ。


「さぁそろそろ終わりにしよう、勇者クン! 避けられるものなら避けてみたまえ! あけぼの協奏曲コンチェルト!!」

「だわぁぁぁぁぁあ!!!!」


 撚り合わさり強力になった太い影槍が、四方八方から何十本もオレに襲い掛かってきた。

 それぞれ時間差があり、軌道も複雑に変化しつつ迫ってくるので、韋駄天足程度では予測して避けるのは不可能だ。

 といってこれをさばき切る自信はない。どれか一本でも当たった時点でゲームオーバーだ。


「えぇい、仕方ない! 制限解除リストリクションリリース!!」

  

 一声叫んだオレは、そのまま超高速戦闘モードに突入した。


 ◇◆◇◆◇ 


 制限解除が始まると同時に、頭の片隅にゲージが浮かんだ。

 制限時間は五秒。今までと同じだ。

 この五秒間だけ、オレは秒速三百四十メートル――音速で行動することができる。

 灼熱剣モードはまだ続いている。制限解除の間はギリ使えそうだ。


「行くぞ、シルバーファング! 第一の牙、蛇腹剣ひきさくつるぎだ!! でりゃあぁぁぁぁぁぁあ!!」


 オレは剣の戦闘モードを重ね掛けした。

 時の流れが限りなくゆっくりとなった空間の中で、刀身が灼熱に光る蛇腹剣が縦横無尽に空を舞い、迫りくる影槍を一本残らず断っていく。


 力任せではあるが、太くてもそこに止まって身動きしない影槍なら打ち砕ける。

 空を舞う影槍をことごとく叩き折った灼熱蛇腹剣がオレの元に戻る。


 オレはすかさずアヴァリウスの前に立つと、自身の腕の骨が折れ、血肉が飛び散るのも気にせず、制限時間いっぱい全力で斬り付け続けた。


「うぉぉぉぉぉおおお!!!!」


 オレは全力でアヴァリウスに斬り付けながら、体内にあるはずの魔核デモンズコアを探した。

 とうにアヴァリウスの頭は吹っ飛んでいるが、油断は禁物だ。

 魔族はオレ以上に驚異的な再生能力を持っている。

 心臓たる魔核と身体を構成する黒靄を切り離さないと安心できない。下手したら永遠に再生し続ける。


 どこだ? どこだ? ヤバい、制限時間がくる!


 その時、ようやくオレはアヴァリウスの魔核を見つけた。

 グラフィドの時には心臓の位置にあったが、アヴァリウスの魔核は腹の位置にあったのだ。小細工しやがって。


 ゼロ。駄目だ、時間切れだ!


「ぐあぁぁぁぁぁぁああああ!!!!」


 能力が切れていきなり襲ってきた激痛に、オレは思わず剣を落としてその場でけ反った。

 あまりの痛みに呼吸さえままならない。


 制限解除はたった五秒間であるが、時間内、身体の限界を超えて動くことができる。

 秒速三百四十メートル――音速で移動できる脚力。

 岩をも断つ膂力りょりょく

 そして、壊れる身体を瞬時に治癒する驚異的な回復力。


 だがその分、代償も大きい。

 能力発動中感じなかった全ての痛みが能力終了後に、倍増した上、まとめて襲って来るのだ。


 オレは痛みに全身さいなまれ、その場で這いつくばりながら、驚愕に目を見開いた。

 頭が吹っ飛んでいるにも関わらず、アヴァリウスの大破した上半身が、まるで黒いアメーバーのようにグジュグジュとうごめきながら元に戻ろうとしている。


 嘘だろう……。

 ここらへん、女神の奇跡で回復しているオレは首が吹っ飛べば即死だが、やっぱりコイツら魔族は頭が吹っ飛んでも魔核さえありゃ再生できるってのか? 反則すぎる。


 オレはこの後、全身を絶え間なく襲う激しい痛みのせいで気を失うだろう。

 例えアヴァリウスがこの復活によって体力を大幅に消耗していたとしても、気絶したオレの首を切断するのは赤子の手をひねるより簡単だ。

 ここでオレの旅が終わるのか?


 あきらめかけたその時、身体が着々と修復しつつある強欲帝アヴァリウスの動きが急に鈍くなった。

 見ると、地面から伸びた幾条もの光の縛鎖ばくさがアヴァリウスの全身を縛り付けている。


失われた楽園アーミーズィット パラディズム! センセ、ユリちが全力で止めるから今の内に! 急いで!!」


 魔力による力比べが発生しているのか、ユリーシャが苦しそうな表情を浮かべつつ、血管が浮き出るほど強く銀色の錫杖を握りしめている。  

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!」


 オレは身体を引き裂かれそうな痛みを全力でこらえ、修復しつつあるアヴァリウスの身体の中に手を突っ込んで無我夢中で魔核を探った。

 ゲル状の物体に手が包まれる感覚があり、とんでもなく気持ち悪いが、そんな事は言っていられない。


 オレが痛みで気を失うのが先か、アヴァリウスがユリーシャによる女神の呪縛を破るのが先か。

 と、指先に硬いモノが当たる。


「見つけたぁぁ!!」


 オレはグっと掴むと、ソレを引っ張り出した。

 直径三センチの真円の玉の中に、キラキラ輝く銀河が封じ込められている。


 次の瞬間、半分ほど修復されたアヴァリウスの顔が虚ろに、だが確かに意識を持ってオレを見た。


「強者よ、お前の勝ちだ。持って行け」


 痛みを一瞬忘れ、驚愕の表情を浮かべるオレの目の前で、アヴァリウスの身体が木っ端みじんに弾け飛んだ。

 アヴァリウスの身体を構成していた黒靄の欠片は四方八方に飛び散り、やがて淡雪のように静かに消え去った。

 それを見たオレの意識もプツンと途絶え、闇の中に飲み込まれた。 

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