第19話 猫娘 ミーア=ローズ

 途中、道を尋ねながら辿り着いたのは、ちょっと小洒落こじゃれたログハウスのような外見の建物だった。

 看板にはちゃんと『ダンテール船舶航行案内所』と書かれているから、多分ここで間違いないだろう。


 カランコローン。


 木製の扉を押すと、扉の内側に付けられたカウベルが深みのある優しい音色で迎えてくれた。

 ところが中に入ってみると、そんな心地よい音色とは正反対に室内はベンチが埋まるほど順番待ちの客でごった返していた。


 見るとカウンターには六席ぶんの窓口があり、そのそれぞれに女性の職員が座って客をさばいている。

 キョロキョロと状況を確認していたオレは、そこで思わず息を飲んだ。

 

 獣人だ。

 この異世界アストラーゼに来て初めて遭遇した人間以外の種族だ。


 フィオナからチラっと聞いてはいたが、普通に客対応しているところを見ると、獣人のいる風景というのはこういう大きな町では極々ごくごく当たり前のことなのだろう。

 興味深々だったが、失礼になってはいけないのでさりげなく観察することにする。


 どうやらこの事務所で働いている獣人は猫娘と犬娘の二人だけなようで、揃って白のブラウス、紺のベストに紺のタイトスカートという、日本でも良く見かける受付嬢風の恰好をしていた。


 過去に誰か、そういう制服を着た異世界人がこの町に迷い込んだのかもしれない。

 何せ獣人なので年齢が推定しづらいのだが、二人とも見るからに若く、表情や身体の感じからするとせいぜい二十歳そこそこといったところだろうか。


 ただ、ピッチリ目の制服を着ているせいで身体のラインが必要以上に浮き出てしまい、なんてことはないただの制服なのに胸や尻が強調され、セクシーさが際立つ結果となってしまっている。

 うーむ、グッジョブ! 


 全体的に体毛が濃く、鼻や目などに猫や犬の特徴が出ているが、髪の毛は普通に黒髪ボブと茶髪のゆるふわロングだし、上手い具合に人間と動物がミックスされたからか、愛嬌があってとても可愛らしい印象を受ける。

 何より、頭から生えるケモ耳のポイントが高い!

 うむ。新たな性癖が芽生えそうだ。


 三十分ほど列に並んで猫娘のカウンターに案内されたオレは、早速チケットを取りがてら口説くことにした。


「いらっしゃいませ。わたくしミーア=ローズがお客さまをご担当させて頂きます」


 さすが毎日の業務で慣れているようで、猫娘のミーアがオレに完璧な営業スマイルを向ける。

 獣の口でも、特に喋りづらいということは無いようだ。


「オレは藤ヶ谷徹平ふじがやてっぺい。早速だけど、この辺りの地図を見せてくれないか」

「はい、藤ヶ谷さま。こちらが近辺の海図になります。どちら行きのチケットをお求めでございますか?」


 カウンターの上にこの辺りの海図を広げたミーアは、オレに向かって笑みを浮かべた。


 ここでオレは、ずっと考えていたことを試すべく、胸元のガイコツを握った。

 オレの首から下がっているネックレスは、銀色のチェーンにペンダントトップとしてガイコツの蓄光人形が付いているという、センスはともかく、よくある構成をしたネックレスだ。


 不思議なことに、邪魔だと言って首からチェーンを外そうとするとなぜだか手が重くなり、外すことができなくなる。

 多分、チェーン本体に女神による何らかの守護が付与エンチャントされているのだ。

 外すなと言いたいのだろう。


 だから、チェーン本体についてはもう、外す努力を諦めた。

 だが、ガイコツ人形は?

 だって構成を考えるならば、ガイコツ人形はチェーンから外れないとおかしいだろう?

 だから、チェーンはそのままで、ガイコツにお仕事をして貰うという明確な理由を提示してやるのであれば、あるいは――。

 

「おい、コっくん。直近でオレはどこへ目指せばいい? 教えてくれないか」

「はい?」


 思わずキョトンとするミーアを前に、オレはネックレスのジョイントパーツをパチンと開いた。

 案の定、手元にガイコツが残る。

 やっぱりだ――。

 

 オレはガイコツ人形――命名・コッくん(骨だから『コッくん』な)――を提示された海図の上にそっと立たせた。


 この人形、全長十センチほどの大きさなのだが、丸カンで四肢が繋がっているだけなので、手足がプラプラしている。

 当然のことながら自立するはずも無いシロモノなのだが、オレが見ている前で海図の上を平然と歩き始めやがった。

 オレはもちろんのこと、カウンター越しのミーアも息を飲む。


 ガイコツは海図の上を二十センチほど歩いたかと思うと、ビシっと右手である地点を指差した。

 そこにはグリンゴ諸島と書かれている。


 ガイコツはしばらくその姿勢で止まっていたが、五秒ほど経っていきなりその場にガシャンと崩れ落ちて動かなくなった。

 急に電池切れを起こしたか、あるいは入っていた魂が抜けたかのような終わり方だった。


「ありがとな、コっくん」


 オレはそっと礼を言うと、再びガイコツをジョイントパーツに繋いだ。

 ミーアが恐る恐るオレに問い掛けてくる。


「魔法……ですか?」

「まぁそんなとこ。行き先はこのグリンゴ諸島だ。最速の便を探してくれないか?」

「は、はい。ですが、グリンゴ諸島というと……申し訳ありません。こちらで扱っている直行便はございません。あの辺りは難所なので定期船を組んで無いんです」


 オレは海図を前に考え込んだ。


「じゃあ、行くなら個人の船をチャータするしか無いってことか。……キミ、誰か行ってくれそうな人、知らない?」

「個人的な知り合いというのであれば……。でも……あ!」


 ミーアが顔を真っ赤にする。

 オレが突如、手を握ったからだ。

 大丈夫。それぞれの席は両脇がパーテーションでしっかり区切られているので、オレが何をやったところでバレることはない。


「お、お客さま!?」


 オレはミーアの目を真っ直ぐ見つつ、甲だけで無く手のひらや指の股、爪など、握った手を満遍まんべんなく優しく撫でた。

 途端にミーアが身体をビクっと震わせ、顔を真っ赤にする。


「残念ながらオレはこの辺の出身じゃないから、その辺りの事情については良く分からないんだ。助けてくれないか? 頼むよ」

「で、でも、こちらに所属していない船を紹介するのは業務から著しく外れてしまうということで、固く禁じられていて……」

 

 こういうことに慣れていないのか、焦りまくるミーアに対し、オレは内緒の話があるというジェスチャーをした。

 ミーアがそれに気づいてオレに耳を寄せて来たので、オレはミーアの耳元で優しくそっと囁いた。


「キミだけが頼りなんだ、子猫ちゃん」

「ひゃ! は、はい……」


 離れるついでにミーアの耳にそっとキスをしたオレは、握った手を離すことなく再びその目を見ながら微笑んだ。


 誤解の無いよう言っておくと、オレが普段風俗店通いをしているのは、別にモテないからじゃない。

 自慢じゃないが、若いころはナンパ成功率九割という驚異的な数字を叩き出したものだ。


 でも今はオレ、教師だからね。

 ナンパしているところを見られて変な噂が立った挙句に解雇なんて目も当てられないから、金は掛かっても安全にこっそり遊ぶことにしているのさ。


 とはいえ。


 オレは別にイケメンではない。

 頭だって筋肉だって平均値だろう。

 なのになぜか、昔から性交渉に関しては成功率が異様に高い。

 何だろう。フェロモンでも出てるのかね。


 ともあれ、どうやらオレのテクニックは、この異世界アストラーゼでも遺憾無く発揮してくれたようだ。


 さて。その後どうなったか――。


 オレが船舶案内所を出てすぐ、なぜか猫娘ミーアは体調が悪いと早退をした。

 偶然居合わせたオレが助けを申し出たところ、何とミーアはこのままでは帰れないと言い出した。


 放っておくわけにもいかないので、すぐに横になって休める場所を探したオレは、やがて海から程近い安宿に辿り着いた。


 歩いている最中ずっと上気した顔で下半身をモジモジさせつつオレの左腕にしがみついていたミーアは、余程息が苦しかったのか、部屋に入った途端に着ていた衣服を全部脱いで、オレに介抱を求めて来たのだった……。


 とまぁそんなわけで、ミーアは今、ベッドに横たわるオレの隣でシーツ一枚、スッポンポンのまま寝息を立てている。


 まぁ何だ。爪攻撃が厄介だったが、それ以外は普通の人間の女の子と変わらなかったな。

 部屋の中に姿見があったので念の為背中を見てみたが、あれだけ激痛を伴って深く何本も刻まれたはずの爪痕つめあとは、すっかり消えていた。

 ホント、超回復様々だよ。


 この宿に来る前にミーアの案内で個人所有船の停泊場に寄って話を纏めたお陰で、今夜出航の船に乗る算段も無事付いた。


 ふむ。まだもう少し時間があるな。  

 オレは布団の中でモソモソと手を動かした。

 さっきまで疲れて寝ていたはずのミーアが慌てて目を開ける。


「え? ちょっ! もう無理もう無理! 体力の限界なの。お願い許して? ん! んん……ん……。はぁ、はぁ。あぁん、駄目ぇぇぇぇ!」


 オレは、甘え声を上げつつもジタバタ逃げようとするミーアの唇を強引に奪うと、再びミーアに覆い被さったのだった……。

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