第20話 精霊の船

 港町ダンテールを出て約半日――。

 猫娘ミーアの紹介により個人所有の小型客船をチャータしたオレは、海上を西へ西へと進んでいた。


 船長はロベルト=エーギン。

 六十歳近いヒゲづらのオッサンだが、なんと海運会社を五つも持つ実業家で、猫娘ミーアの飲み友だちなのだそうだ。

 あぁ見えてミーアはあの界隈一かいわいいちの酒豪らしい。

 ベッドの中だとあんなに可愛かったのに、人間、どんな裏の顔を持っているか分からないもんだ。


 そんな実業家の持つ船だけあって、この船――アヴローラ号は全長三十メートルもあり、内装もかなり豪奢ごうしゃだった。

 チャータ料はミーアのお陰でかなり安くして貰ったのだが、それでもそれなりの値段がした。

 つーか、オッサン。なぜ社長自ら操縦する。オフィス帰って自分の仕事をしろ、自分の仕事を。


 目的地のグリンゴ諸島まで約一日半。

 何事も無ければ明日の昼頃には着ける予定なのだが、甲板で昼飯をたらふく食べて惰眠を貪っていたオレのところに、ロベルトが渋い顔をしてやってきた。


「なぁ、テッペイ。スマンがお前さん、聞いた体重、サバ読んで無いよな?」

「は? 何でさ? 目の前で計っただろうが」

「だよなぁ。うん、そうなんだが……」


 何でも、燃料計算に必要ということでチャータ契約のときに体重を計られたのだ。

 オレの身長は百八十センチ。体重は六十九キロ。身長に対しての体重はまずまず平均ってところだ。

 

 アブローラ号のドックで契約時にこちらの秤で計った数値は七十ガビル。

 数値として考えると、多少誤差はあるものの一キロ一ガビルってところか。


「何が起こったんだ?」

「まぁ異世界人のお前さんには実際に見てもらうのが一番だ。来てくれ」


 客室階を船尾に向かって進むと、食糧庫の代わりなのか、イモや玉ねぎの入ったズタ袋や何かの樽が床にドカドカと直置じかおきされており、更にそれを掻き分けて奥まで行くと、どん詰まりに扉があった。

 ご丁寧に『関係者以外立ち入り禁止』と書かれてある。


 扉を開けてみると中は五メートル四方ほどの小部屋だった。

 室内なのに様々な木々や植物が置かれ、更には中央に直径二メートル、水深二十センチほどの丸い池が配置され、さながら庭園の様相を呈していた。

 壁なんか、ビッシリ蔦が這っている。


 ……何で船内に庭園があるんだ?

 と、オレの視線が池の中央に設置された奇妙なモノを捕えた。

 それは、竜神をかたどった道祖神どうそしんだった。

 池の底には、道祖神を中心として複雑な魔法陣が描かれてある。


 極めつけは、池を囲むように配置された六本の捻じり曲がった木だ。

 この六本の木は六芒星の形に麻紐あさひもで結ばれ、更に紐からは白い紙が垂れ下がっている。

 形こそ違うものの、まるで紙垂しでだ。

 何か、ここに封印でもしているのか?

 

「何だい、こりゃ」

「見ての通り、エンジンだ」

「エンジン? これが?」


 言われてみるとこの船は帆船ではあるのだが、風が吹いていない時にもスイスイ進んでいたからおかしいとは思っていたのだ。


「魔法使いでないお前さんには見えないと思うが、実はこの部屋は『シオツチ』という、船を動かす精霊で満ちているんだ。池の中央に置かれた竜神石を介して操縦者は精霊と繋がり、指示を出すのだが、言うまでも無く精霊にも食料が必要だ。それがそこの池の水・アクアライルだ」

「なーるほど。つまり精霊に働いて貰うことでこの水が減るから、都度、足してやる必要があるってことだな?」

「そういうことだ」


 ロベルトが大きく頷く。

 オレとロベルトは精霊の邪魔をしないよう部屋の扉をそっと閉じると、再び客室の方に歩き始めた。


「この精霊は大飯食らいでな? 船尾にアクアライル専用タンクを積んでいるんだが、航続距離と船体の重量をちゃんと計算して正しい量を積んでやる必要がある。ところがだ。しっかり計算したにも関わらず、燃料が足りなくなってきた」

「足りない? ちょっと待て。このままだとどうなるんだ?」


 オレは顔を青くしてロベルトに尋ねた。

 ロベルトが腕を組んで渋い顔をする。


「今回組んだのは、ダンテールを出発し、グリンゴ諸島のどこかの島でお前さんを降ろし、再びダンテールに戻って来るコースだ。ダンテール・グリンゴ間に他に島は無いから、このままで行くと帰りで燃料が足りなくなって立ち往生となる。それだと困るので、悪いが途中でダンテールに引き返させてもらうことになる」

「勘弁してくれ! 戻るわけには行かないんだ! ちゃんと料金も払っただろう?」

「もちろんだ。だがこれは非常事態だ。途中で引き返さないと海難事故になるんだぞ?」


 オレとロベルトの間でしばし沈黙が流れる。

 オレはどうすれば先に進めるのか、脳みそをフル回転させた。


「でも、契約時に荷物込みでオレの重量を計っただろう? あの後、飯を何度か食いはしたものの、劇的に体重が変化するようなはずは無いぜ?」

「それなんだ。であるならば何か見落としがあるんだ。じゃなきゃこんなに計算がズレるなんてあり得ない」

「ふむ。ちなみに……」


 オレは客席に座り込んで頭を抱えているロベルトの耳元に顔を寄せると、誰にも聞こえないよう小声で尋ねた。


「どれくらいの重量差が発生してるんだ?」

「四十七、八ガビルほどだが……」


 四十七ガビルってことは、四十五キロくらいか。ひょっとして……。

 悩むロベルトを前に、オレはわざと大声で驚いてみせた。


「何だって! 八十ガビルもの重量差が出てるだって!?」

「ユリち、そんなに重く無いもん!!!!」


 突如聞こえた女性の声に、オレとロベルトはゆっくりと船尾へと歩いて行った。

 二人して頷くと、そっと樽の蓋を外してみる。

 案の定、樽の中に少女が一人、入っていた。


 ニヘヘと笑う少女を樽から引っ張り出すと、少女は何と、オレの見知った服を着ていた。


 左胸に、羽根とペンを合わせたデザインの校章が入った黒のブレザー。真っ白なブラウスに、ブレザーと対の黒白チェックのプリーツスカート。スカートと同じ黒白チェック柄のリボンタイ。ダルダルのルーズソックスに黒のローファ。


 胸元近くまで伸びたストレートロングの黒髪。クッキリ二重に見事にカールした睫毛まつげ。鼻は低めだが、ぷっくり膨らんだアヒル口とのバランスが良く、全体的にとても可愛らしい印象をもたらしている。

 年齢はフィオナとほぼ同年代。十八歳といったところか。


 少女はどう見ても日本人だった。

 そして何より、完全にギャルだった。


「それ、世田谷青林女学院せたがやせいりんじょがくいんの制服だよな。お嬢さま学校の。キミ、日本人なのか?」

「ニホン? ユリちはワークレイの出身だよ。これはママが昔、こっちの世界に迷い込んだ時に着てた服だよ。ユリちが三歳の時に死んじゃったんだけどね」


 悪びれもせず客席に胡坐あぐらをかいて座る少女を見て、オレとロベルトは唖然あぜんとしつつ顔を見合わせた。

 オレはロベルトにそっと聞いてみる。


「ワークレイ? ……ってどこ?」

「西方大陸にある女神信仰が盛んな商業都市だ。ほら、この子もネックレスを首に掛けているだろう? きっと僧侶だよ、この子」

「あ、ホントだ。……ん? そのネックレス、最近どっかで見たような……」


 ところが、そんな記憶を思い起こそうとするオレに向かって少女は笑って言った。

 

「朝ごはん、ごちそうさま!」


 途端に記憶が繋がる。


「お前、あの時の食い逃げ僧侶か? 女の子だったのかよ! それで今度は密航だと? お前、とんだ生臭坊主だな!!」


 少女はまたも、ニヘヘヘっと笑った。

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