現実ではない世界


狛犬こまい 胡桃くるみさん、これで今日の授業が終わりました。よく頑張りましたね」


「先生もありがとうなの」


いつものように学校の授業を終わらせた後、今日のお気に入りである、大きな熊のぬいぐるみをデータ状態から物質化させて取り出し抱きつく。


「ぬいちゃん、ごめんなの。先生が君は大きすぎて画面が見えなくなるって言うから仕方なかったの」


ぬいはもふもふであったかくて抱きしめるとくるみの体だけじゃなくて心も包んでくれる。それは現実でも電脳空間のMARSでも変わらない。


柔らかい手触り以外にも重さまでしっかりと感じる。でもただリアルなだけじゃなく運べない重さの物を容易に動かせる便利さも兼ね備えている。


そもそも本来ならばリアルを追求するといっても現実世界の不都合なことまで再現する必要はない。わざわざ現実の病院を元にデータの教室や廊下を作り、そこを歩いて移動するなんて必要はない。


ゲームのマップを切り替えるように移動は一瞬にできる。それでも病室ではなく教室の椅子に座って黒板というモニターで授業を受ける。そんなめんどくさいことでも、くるみ達が普通の人生を生きるには必要なこと。


くるみはよく分からないけど、少なくとも先生達はそう思ってるらしい。でもそれを強要するようにするつもりはなくてみんなで自由にしてとも言われた。


そういうくるみは別に歩くのが好きじゃないのでいつものようにワープで移動しよう。手を顔の近くまで持っていき喋りかけた。


「ナビ!」


『はい、何でしょう』


MARSに備わっている機能のサポートをしてくれる自律型AIナビ、音声認識である程度のことはやってくれる。ていうかこれ以外の操作方法をくるみは知らなかった。


ナビは呼びかけに答えるように出現する。その姿は白い光がそのまま形を成したような蝶々。それはひらひら指の上で佇み止まっていて次の指令を待っている。


この子もぬいぐらい可愛いの。


「ナビ。広場まで移動したいの」


『了解致しました』


リング状の光に包まれて場面が切り替わる。そして広場の中のくるみのお家に来ることができた。


「今日もくるみの部屋はぬい達でいっぱいなの」


部屋中に置いてある、ぬいぐるみは机の上など以外にも壁に積み上がっていたり床一面にまで広がっている。


「レンちゃん達はくるみのお家に来たら足場がないっていうけど何でだろうぬいちゃんがいっぱいいるのに」


くるみはぴょんぴょんとぬいの上を歩いていく。ぬいはくるみのお友達だから喜んで支えてくれる優しい子なの。それにぬいの中でもふわふわの足心地っていうか踏んでも気持ちがいい、選りすぐりのお気に入りなの。


そして広場の共有スペースに向かう。広場はそれぞれの個人スペースと真ん中にある大きい共有スペースにカーテンを隔てて分かれている。


カーテンは権限を持つ者しか開けることはできず、そして部屋に本人がいる時はみんな、カーテンを開けて知らせる場合がほとんど。


共有スペースから見回してカーテンが開いてのはたった2つ、昔はもっと多かったけど時間が経つごとにみんなが集合する回数は減ってしまった。


「あっ、あきちゃんだ。おはよーなの。」


「………」


「何であきちゃん着物を着てるの?可愛いけど」


あきちゃんを見上げながら声をかけても言葉は返ってこない。それにしてもあきちゃんはいろんな服を着てくれるから可愛いくていいの。もふもふしてないからぬいっぽくないしどっちかっていうと、お人形さんみたい


「…………」


「あきくん?無視しないの」


「………………」


彰人あきと!起きるの!」


「あー、胡桃ちゃんおはよう」


「おはようじゃないの。ボーッとして」


「ごめんなさい!またアキが何かしたかい?」


小鶴こつるちゃん。違うの、何もしなかったから怒ってるの」


「そうか、アキが気づかなかったんだね」


「そういえば何で2人共着物姿なの?でもこつるちゃんも女の子みたいで可愛いよ」


「それは喜んでいいことなのかな。オレはただアキが一緒に着たいっていうから付き合っただけなんだけどね」


「そう。だってあっちだと血で服を汚しちゃうから」


「あきちゃんは口から垂れちゃうもんね」


「それはだらしなく口を開けてるからだと思うけど」


「それで胡桃ちゃんは今日どうしたの?」


「今日はレンちゃんと待ち合わせしてるんだけどまだ来てないの」


今日の朝にレンちゃんからゲームで撮った動物の写真がいくつか送られてきて気にいったらゲームで遊ぼうと招待された。写真のリスが可愛かったから誘いになろうと思ったんだけど、そのレンちゃんが来ないの。


「ごめんごめん、遅れちゃって胡桃ちゃんにオススメする種属とか職業をゲーム内で調べてたから、はいこれがデータだよ」


話しをしていたらちょうどレンちゃんがゲーム内から帰ってきたらしくカーテンを開けて走りながら戻ってきた。息を荒くしながら走っているけど顔が赤いし目が元気だから疲れじゃなくて興奮状態というのは全員に伝わる。


そしてレンちゃんから送られてきたのはゲームを始める時に見たらいいものらしいの。


「ごめんね、横から入って悪いけどレンは昨日、楓さんにゲーム禁止って怒られてなかった?」


そうなの?知らなかったけどレンちゃんそれは流石に不味いの。楓ちゃんはいつもレンちゃんの心配してるの、でもそれを言ったら楓ちゃん恥ずかしがるから言えないの。


「あー鶴くんだそれにアキちゃんも。バレなきゃ大丈夫だって、ていうかみんなも一緒に遊ぼうよ」


「別にいいけど…えーっと今日はちょっと無理じゃないかなぁ、なんて思うんですけど」


「あっ、楓さんだ。おはよう」


「おはよう、アキ。その着物似合ってるわよ」


「ありがとー」


ギギギっと錆びた金属が軋む音が聞こえそうな動きで首が後ろに回る。


「あはは、楓ねえ。おはようございます」


「おはようレン。今日はゲームを休みなさいって言ったと思うんだけど」


「いやー、もう体調が良くなったから別にいいかなって思ったんだ」


「そう?今日の朝、看護師の美波さんに聞いたらまた吐血してたって言ってたけど」


「裏切ったなー!」


レンちゃんがそのままずるずる引きづられていく、どうやら楓ちゃんは2人きりでお話しがしたいみたいなの


「あっ!レンちゃん逃げた」


隙を見て逃げて走り出したレンちゃんはウィンドウを操作してゲーム内に戻ろうとする。


「ナビ。レンをMARSから追い出して」


『楓様のサーバ権限により、対象者をサーバから強制ログアウトさせ一時的にロックします』


走っていたレンは予兆もなくパンっと一瞬にして消えた。


「楓ちゃん容赦ないね」


「レンの保護者の代わりを任されてるからね」


「でも楓さん、オレ達よりレンにめっちゃ厳しくないですか」


「あの子は歯止めが効かないし、まだまだ子供だからね」


「でもレンは1番年下だし、それに僕達なんかより…」


「そうね、あの子が1番可能性があるんだから過保護にもなるわよ」

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