人生のアカウントはひとつ
ボクの手で、この武器で、一さんの喉元を貫いた。その直前一さんの口が動いて何か話している気がするが今のボクの耳にはなぜか届かない。
一さんの顔が間近にあり、お互い目を合わせ見つめる。それは一さんのHPがゼロになって体が塵のように崩れるまでのほんの一瞬、でもそれが長い時間のように感じた。
楓ねえがかけてくれたバフの時みたいに世界はゆっくり静かに流れていく、暗い夜空が嘘のように明るく感じてだんだんと体は火照っていく。一さんの喉元に突き刺した刃からその命を熱を奪っていくかのように。
ついに一さんの体は完全に塵となって消える。支えを失ってボクの体は力が抜けた時のように頭から落下する。
あー、どうしよう。浮遊しなくても普通に着地できそうだけど、なんかもう疲れたっていうかなんとなくそんな気にならない。でも一さんに勝てたからもういいかな。
そのまま抵抗もせず重力に身を任せると、楓ねえが走って駆け寄りボクの下に滑りこんで受け止めてくれる。
「ちょっと!受け身ぐらい取りなさいよ」
楓ねえはボロボロの身体に鞭を打って走り、地面に膝を擦り剥かせ土煙を立てながら汚れることも傷つくことも厭わずに助けてくれた。それが当たり前だと本気で思っている、咄嗟の判断による行動と態度。楓ねえはこれがゲームだからそうしたって訳じゃなんだよね。
「いつもありがと楓ねえ。でも現実はこんな無茶してまで助けてくれなくてもいいよ」
「どうだろう?それはアンタによるわね」
「あはは、2人共ボロボロだ。ごめんね僕だけ元気で」
ガサガサと茂みを揺らしながら萩にいが帰ってきた。
「何、言ってんのよ。萩も肩裂けてるじゃない」
「急に飛んできた斧が避けきれなくて」
萩にいの方を見てみると確かに左肩と左腕に大きな切り傷があった。あの斧やっぱり当たってたんだ。
「でもよくその手で矢を撃てたわね」
「傷が開いてHP減っちゃたけど腕がちぎれたとしても弓を引かないといけない場面だったし」
「それで何でレンはお姫様抱っこされてる訳?」
「それがねレンの体調が良くないからゲームはこのぐらいにした方いいかも」
「えーそんなことないよ。ちょっと気持ちが昂っただけだからまだ遊べるのに」
一さんを倒せたのが嬉しくてなんか燃え尽き症候群になっちゃっただけ、でもやっぱり改めて考えると込み上がってくるものが…
込み上がっ…
「ゔっ、オエッ!」
比喩表現じゃなかった。実際に胃から込み上がってきた嘔吐感、これはゲームの状態異常じゃなくて現実の方だ。いくら嗚咽してもゲーム内には一滴も出ない。だからといって問題がない訳じゃなく。
むしろ大問題だ。
「使用者の体調に異常を検知しました。サーバから強制ログアウトします」
レンの体が崩れて消える。その消え方は死んだ時とは違い塵になるなどではなく、光に包まれていなくなった。
「レン消えちゃったけどまずいわよね」
「そうだね。早いとこ戻らないとレンが心配だよ」
「でも決闘で手に入れた一さんのアイテム私たちが持ってたら後でレンが困るでしょ」
一さんとの決闘で貰ったアイテムはいつのまにか3つに分けられてそれぞれのアイテムボックスに入っていたらしい。このままログアウトしてもいいけどそれだとレンが次にログインした時、一緒にいなかったらアイテムを渡せない。
「じゃあ教会まで走ろうか」
「これ以上傷開かないように走らないとね」
祭りの屋台の間を傷だらけの2人が通り過ぎていく。その後発覚するワンコさんが負けたという情報と合わせて、倒したのはこの2人組じゃないのかと少し噂される結果になった。
現実に戻って目が覚めると、辺りに鉄の匂いが立ち込めているのを感じる。そして周りを見ると真っ白なシーツが血で赤い池のようになっており、その血はシーツだけでなく枕や自分の顔、首までを赤く染め上げていた。
血の匂いがこれでもかと言わんばかりに主張してくる。血は口からだけでなく鼻にまで入っている。周りも自分も血生臭くて余計気持ち悪くなってくる。
「レン君大丈夫ですか」
いつもの看護師さんがベットのシーツ吐いても汚れないように桶を持ってきてくれた。
「いつもほんとすみません」
「あの無理に喋らないほうが
「ゲホッ、ゴホッ、オエ」
「あっ、ホラ!」
吐く直前に桶をボクの前に置いてくれて、なんとか布団を血で汚さずに済んだ。
吐血、病気によって原因は様々だがどんな場合でもいい状態じゃないのは確かだ。ボクの場合もそれは変わらない、それでも他の人より幾分マシに感じる。
ただ体が脱力して動かなくなったり、食事ができなくなったり、後は嘔吐感が襲ってきて血を吐き出す。これは自分の中だとあまり辛くない時もある。
しんどい時は吐くと胃液や血と一緒に何かが抜けていくような感覚がする。体力も一緒に吐き出してしまうそんな感じで吐けば吐くたび気持ち悪くなり泥沼のように沈んでいく。
今回のは迫り上がってきたもの、溜まった物を吐き出すような、何回か吐くとスッキリするタイプ。例えるとするならマラソンなどで限界まで走った時のような吐き気。もしくは二日酔いの時とかなのかなぁ、飲んだことないけど。
「こんな時に言うのは何ですけど、やっぱり桶は側に常備した方がいいんじゃないですか」
「近くにあったら我慢ができなくなっちゃうんで」
「レン大丈夫なの?」
「様子見にきたよ」
楓ねえと萩にいがドアを開けて入ってくる。
「ゲーム途中にやめることになってごめんね」
「別に謝らなくてもいいわよ」
「そうだよ。それにいい時間だったからね」
「それでさ!明日はいつからやるの?」
血に染まった明るい笑顔、それはレンを知ってる人が見ればいつもの光景に映るだろう。初めての人が見れば恐怖や不気味さを覚える狂気的な場面かもしれない。
「「え?」」
2人はボクの言葉に引っかかっることがあったのか、不思議そうに首を傾けて、何かを目で確認するかのように顔を向き合った後
「レン。明日はゲーム禁止ね」
「そんなー!」
元気がなく、か細いそれでも悲痛さは感じることができる悲鳴が病室の中に響いた。
「あのー、一旦ベットから降りてもらわないとシーツを変えれないんですが」
そんな呟くような言葉は誰にも届かず聞こえなかった。
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