時は満ちて月は欠ける


失月蝶のおおまかな実態は掴めてきた。今までの攻防で弱点や倒し方も予想ついたし、後は攻撃パターンがそこはまだ分かってなくて幾つ引き出しがあるのかも不明なのが問題だけどやれる時にやらないと初見殺しであっさり負ける。


勝負に勝つには相手より強くならなくていい、相手が力を出す前に自分の強さだけを押し付ける。一さんとヨウさんの受け売りだけどこれはボクが勝つためには最善の方法だ。


そのためには失月蝶の分析を正確にしとかないとね。まず失月蝶は2つの形態がある。光失蝶が集まって姿を1つの失月蝶として変化させる集合体。そして失月蝶から光失蝶の群れへと戻り統一された動きで敵に襲いかかる分離体。



集合体の状態になると大規模な鱗粉攻撃に加えて一部分を分離体にして追撃までさせてくる。しかもまともな攻撃は通らない、楓ねえの一撃で死ななかったことを踏まえてもあれにはカラクリがあるのは明白。


問題は分離体の方、この状態の失月蝶にはダメージが通る。正確には光失蝶を倒すごとに敵のHPが減ってるんだけどこれは分かりやすい弱点だ。


でもそれだと説明できないことがあった。楓ねえが集合体の失月蝶を潰した後HPが3割も減っていたということ。失月蝶が集合体の時はダメージを与えられないのは地面に落ちた際の落下ダメージがなかったことや萩にいに翅を燃やされた時に弱点ぽかったけどHPが減ってなかったので正しいはず。


集合体の状態はダメージを与えられないそう考えた時に最初に思ったのは、実は楓ねえの攻撃が全く効いてなくて分離体が3つに分かれて襲ってきた群れのひとつをボクが全滅させたから3割も減ったのかも、と考えた。


でもあの時、結構な数を空に残していてその蝶達が翅に変化しようとしてた。それに集合体になる時も森に何割かの蝶を隠していて、後から考えるとボク達に襲いかかってきていたのは陽動部隊みたいなものだった。


分離体の状態は失月蝶にとっては集合体の時に潰されて仕方なくなったけど早く戻りたいんだろう。考えてみたら当然だ弱点だらけだもんね、しかも手ごたえの感じ失月蝶は所詮、光失蝶の集まりで防御力はボクと同じくゼロに等しい。


そうするとあの時ボクが光失蝶を倒して与えたダメージは1割もないはずだ。


これらを踏まえて考えた時に行き着く答えはあの時失月蝶は集合体でもダメージが通る状態だった。それでも楓ねえの攻撃で3割しか削れなかった。そういうことになる。


楓ねえの一撃は普通だったら即死の威力だった。これは変わらない、失月蝶の防御力が低いことを踏まえてもそうだと思うし、実際に分離体の時だったら倒せていたはず。


つまりHPが減らないというのは集合体の時に攻撃しても分離体になるだけでダメージを与えられないということ、だからこそ楓ねえの一撃で即死に至らなかった。


逆に考えると失月蝶のHPが3割減ったということは体の3割を分離体にすることができなかったということになる。失月蝶がそんな状態になった原因はひとつしかない、火だ。あの時失月蝶の翅が燃えていて、それは背中の一部にも広がっていた。


あの燃えていた部分だけが楓ねえの攻撃で潰れた、そう考えると全てに説明がつくし、そうと分かれば作戦は単純だ。


「にいちゃーん!失月蝶の胴体全部燃やしてー!」


その答えは森からくる一本の矢で返される。失月蝶に向かって再び緋色の軌跡を残しながら飛んでいく矢。それは正確に失月蝶を捉えているが自体はそう甘くないらしい。


失月蝶が大きく羽ばたいて3つの竜巻を壁のように発生させた。矢は巻き込まれてあさっての方向に吹き飛ぶ。しかもそれだけでなく光失蝶がその風に乗って飛んできておりそのさまは針ではなく今度は弾幕となって波状攻撃を仕掛けてくる。


「ヤバっ数が多すぎるでしょ」


<歌唱術:響き弾く者スティック>


「ちょっと!これいくら吹き飛ばしてもキリがないわよ」


波のように迫ってくる光失蝶を何体倒しても相手の減っているHPは微々たるもの。持久戦は部が悪すぎるな、それに


「うわっ!<突風ブラスト>」


この時々くる。分離体の群れがレーザーみたいに襲ってくる攻撃に対処するのもしんどい。


竜巻は風を起こしながら鱗粉も舞わせてるから突っ込んだら盲目になって終わりだし、隙間を通ろうにも大量の蝶がそこから飛んでくるからさらに自殺行為だ。


あの竜巻の前じゃ矢も効かないな、萩にいが後ろに回ったらなんとかなるかもしれないけど、そんな時間待ってたらボク達が耐えれない。


目の前には竜巻から送られてくる地面一体を埋めるような蝶の弾幕そして風に乗ってくる触れたら終わりの鱗粉とイレギュラーに全方位から攻撃してくる分離体レーザー。


しかもその攻撃を相殺しようとしたら死んだ蝶が鱗粉ばら撒いてくるから対処する順番と場所を考えないと次の逃げ場がなくなって詰む。


「ああ!もうどういう無理ゲー!」


この中で何分も耐えるなんて無理だ。今も少しずつ被弾してきてじわじわと削られてる。やるなら速攻短時間で決め切らないと。



「楓ねえトドメは任せるから、少し耐えられる?」


「あと一発だけデカいのぶちかませるわ。それでもここは1分持つかも分かんないから早めに行ってよね」


「任せて!」


託された言葉を胸に覚悟を決める。

鎖鎌の片方の鎌を外して敵ではなく大きく左に離れた方向へ魔力を消費して全力で投げる。


それは高く放物線を描きながら飛んでいき、竜巻を躱すように左を通り失月蝶の後ろを過ぎていく。


そんな意味のなさそうな行為、失月蝶は気にもせずに見逃す。


<突風ブラスト>


いつものように浮遊と魔法を使って勢いをつけて飛んでいく狙いは当然、投げた鎌だ。


竜巻を過ぎて失月蝶すら通り過ぎる。しかしそれを見逃す程の敵ではない。分離体を繰り出して攻撃をする。5本のレーザーのような光失蝶の群れがボクを囲もうとする。


間に合えっ!間に合えっ!


「よしっ」


<天地無用>


ドンッと音を立てて空中で今まさに落ちている鎌に着地する。着地といっても突っ込んでそのままぶつかる直前に足を向けただけだがボクは今、重力を無視し、勢いの反動もなかったかのように足場を立っている。


それはまさにアニメとかでありがちな、落ちてくる岩を足場に次々と上へ飛んでいくような違和感。いやっそれすら超えるあり得ない状況だと言えるだろう。


しかしいつまでもここに立っているわけにはいかない。このままだと足場にしている鎌と一緒に落ちていくことになるし、何より迫り来る分離体がそれを許してくれない。


ボクは5本の分離体レーザーをギリギリまで引き付けて囲いの穴を抜けるように通った。ボクがいた場所にあった鎌は攻撃によって削られ犠牲になったがボスを倒すためには仕方ない。


投げた鎌と新スキルの<天地無用>によって空中で軌道を変えたボクは失月蝶の背中に着地して立った。


「これで終わりだね死する失月蝶クラスターグリーフ


残りの鎌を使って羽ばたいている4枚の翅を切り離す。ついでに翅自体も切り刻みこれですぐには直らないだろう。そして失月蝶を離れると竜巻が消えてすぐに火の矢が同時に3本飛んできた。


頭、胸、腹、落ちていく失月蝶を正確に撃ち抜いて一瞬にしてその体を炎に包む。火だるまになりながら落ちていき体の一部とも言わず全身が溶けているようにも見える。


空高くから地面に叩きつけられると落下ダメージが発生した。だがそれのくらいの傷はもう意味がないだろう。待ち構えた楓ねえの一撃で全てが終わりを告げる。


<歌唱術:肥大し恐怖させる者ドレッド>


今度こそ地面が平になるほど押し潰されて先ほどよりも大きい青白いトマトが潰れたような染みができる。


楓ねえが斧を持ち上げても蝶は1匹たりとも出てこなかった。


「まぁ、虫にはふさわしい最期だったんじゃないの」


「「うわー」」


楓ねえが言った言葉に萩にいと2人でドン引きする。


「ちょっと!ゲームを楽しもうとカッコつけただけじゃない!」


「いやカッコつけようと出てきた言葉がそれって…」


「うん。完全に悪役側のセリフだったよね」


「ふーたーりーとーもー!そこに直りなさい!」


「ボクもうHPないんだって!」


「いやそうとしか聞こえなかったんだからしょうがないじゃん」


「問答無用よ!」


ボスのドロップアイテムに目もくれずに、走り回る3人、それでも楽しそうな笑い声が森に響いて木霊した。


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