浮遊の正しい使い方講座


「はあ…」


ため息を吐きながらとぼとぼと街をまた裸足でで歩く。


「そんなに落ち込むなら今履く靴を買えばいいじゃない」


「嫌だよ。作ってもらってる途中なんだから勿体無いでしょ」


「レンにとっては裸足で歩くことよりお金の方が優先度高いんだ」


「だってゲーム内で靴を履かなくても死なないじゃん」


「じゃあなんで落ち込んでるのよ」


「計画が思うようにいかなかったことに落ち込んでるの」


「そういうものなの?」


「そうなの!」


あーあ、全部思い通りに行くと思ったのになぁ。でも大事なのは次の鎖鎌と浮遊の相性だ。それはうまくやらないと


「あっそういえば。胡桃ちゃんに動物の写真送るの忘れてた」


「動物ってさっきの魔物のことでしょ」


「戦闘中になんかやってたやつね。変なことしてるなとは思ったけど写真を撮ってたのね」


「そうだよ。可愛いものがいたら写真送ってあげるって約束したから」


だからわざわざ倒す前に何度か写真機能を使ってたんだけど結構大変だったな。


「でもあいつら確かに動物だったけど、かわいいかしら?」


「うーん、熊と狼はかわいいっていうか怖い感じだけど他はリスとツバメみたいなものだったからいいんじゃないかな。ちょっとデカいけど」


「別に大丈夫だと思うんだけどな。それに胡桃ちゃん大きいぬいぐるみ好きだし。あとそういえば今日座ってたのリスだったでしょ。これはイケるよ」


「大きいぬいぐるみが好きっていうか、クッションの代わりにしてるっていうか」


「まあそれはあざができるのを防ぐためだから仕方ないけど、でもあんな大きなぬいぐるみを持ち運ばなくてもいいわよね」


「そこはもうただの好みだから諦めるしかないと思うけど」


「そうだね。僕達が手伝えばいいし」


胡桃ちゃんがわざわざ大きいぬいぐるみを持ち運んで座っているのには理由がある。本当はぬいぐるみである必要はないんだけど行為自体はちゃんと説明できる。


胡桃ちゃんは血友病だ。ボクの姉ちゃん曰く厳密に言うとなんか症状が大きすぎて違うらしいんだけど。血が止まらなかったりあざもできやすかったりするんだよね。


硬い椅子に座ったりするとあざができちゃうこともあるから普通クッションを使うんだけど、胡桃ちゃんはどうしてもぬいぐるみがいいっていうからそうなったんだ。


ちなみに血友病は基本的に男しかならないらしいんだけど胡桃ちゃんは正真正銘の女の子だよ。


「そもそも胡桃ちゃんを今呼んでも私たち相手してあげられないんじゃないかしら」


「本当だ」


「なら全部終わったら改めて誘ってみたら?来てくれるどうかはわかんないけど」


「じゃあそうするよ」


「それで今から僕たちはどうするの?西に戻るってわけじゃないでしょ」


そこまで言うならボクが次に何するかぐらいわかってるでしょ


「次は一さんがいて行けなかった東の森に行くよ」


「えー。私、虫好きじゃないんだけど」


「好きじゃなかったら思いっきり斧を振れるでしょ」


「それはそうだけど」


「否定はしないんだ」


3人でまたレベリングを再開しようと森を歩き続ける。しかし今度は木々の間を進むのではなく広い道が特徴の場所だ。


「こんな広い所でいいの?僕の弓矢が届くより前に魔物に気づかれる可能性あるけど」


「この道は隠れる場所も遮るものがほとんどないものね。横にそれて森の中に入るっていう手もあるけど」


「今は不意打ちが目的じゃないから別にいいよ。ていうかさっきの森は木とか岩とか障害物多くて射線が通らないのに、その間を縫って撃ち抜く萩にいは結構ヤバいからね」


「そうなの?でも不意打ちしないなら何が目的なのよ」


「ただ新しい武器を試したいってだけだよ。鎖鎌は広い所の方が使いやすいからね」


「僕の腕についてはそんなことないと思うけど、話しをしてたら来たみたいだね。丁度いい試し相手が」


森の中を切り開きながら近づいてくる音がする。それは葉が揺れるではなく木が倒れる振動だ。そして目に見える範囲の木が3本、刀で斬られたかのように横にずれて倒れる。その後木を斬り倒した張本人が姿を現した。


それは緑色の細長い体と腹から生える足が4本と前足が2本。なんといってもその前足が鎌のような形状と頭部の逆三角形が、特徴の蟷螂だった。しかもサイズは当然のように人間大。


「あはは!相手が蟷螂なんてほんと丁度いいじゃん。どっちが強いかお手並み拝見と行こうか!」


そう言って鎖鎌を両手に持つ。2つの鎌は鎖で繋がっていて、片方は鎌と束ねた鎖を指に通して持ち、もう一方は鎖を縦に振り回して加速させる。


鎖鎌の回る音が鳴り響き、少しの時間が経つ。両者タイミングを合わせたかのように地をかけ近づく。


先に間合いに入るのは当然、鎖鎌を扱うレン。しかし先手を放棄して相手の間合いに入る。一手譲られた蟷螂、魔物であろうとも舐められたことは分かる。怒り、鎌を相手の首めがけて振り回す。


それをレンは浮遊を使い地を蹴り飛んで回避する。そして今までは浮遊を回避に使えばそこで終わりだった。


剣を振っても届かず、勢いもなくては碌な攻撃ができない。しかし今は、鎖鎌という遠距離手段と遠心力で十分な威力を持った攻撃に繋げられる。


狙うのは無防備な蟷螂の首の後ろ、鎖鎌の勢いに身を任せ攻撃する瞬間自分の体も縦回転させて振り下ろす。


蟷螂は咄嗟に回避しようと身をよじらせるが、それでも鎌は勢いよく背中に突き刺さる。


「大成功だ!これさえあれば浮遊してる間は一方的に攻撃できる」


蟷螂は空中で興奮しながら小躍りしている妖精に腹を立て、細長い前翅と扇形の後翅を展開し、妖精目掛けて飛翔する。


「あっそういえば蟷螂は跳べたんだったね」


その瞬間鎖に魔力を通して強化し、鎖を頼りに自分自身を引っ張る。体は放物線を描くように流れて蟷螂の後ろに回ってそのまま着地する。


蟷螂は翅を持ってはいるが飛行は苦手であり直線に跳ぶのが精一杯いずれ勢いは止まり落ちるのは目にみえている。


そして蟷螂の着地を助けてあげようと鎖鎌に魔力を込めてさらに多くの魔力をスタミナ代わりに消費して全力で引っ張る。


鎖鎌は蟷螂の身を抉りながら外れて手元に戻り、運悪く体勢を崩してしまった蟷螂は横向きで地面に叩きつけられた。


「あっ!」


<歌唱術:戦慄する五つの戦斧トマフォーク>


「ちょっと私たちの所に落とさないでよ」


楓ねえはそう言いながら魔法を起動してついでのように蟷螂の右脚2本斬り飛ばした。


しかし蟷螂も負けじと左脚2本で立ち上がり、近くの楓ねえを攻撃しようと挑み掛かる。


「あら、意外と元気なのね」


楓ねえは斧を構え、左の鎌を振るおうとする蟷螂に備える。

その瞬間2本の矢が同時に蟷螂の左腕の関節部、人間でいう肩と肘に刺さり、その後畳み掛けるように左の鎌に鎖がぐるぐるに巻きつけられた。


「あーあ、僕たちは手を出さない流れだったじゃん」


「それは別にいいけど、にいちゃんも手を出すならボクのサポート要らなかったかも」


蟷螂に鎖鎌を巻きつけて攻撃をさせないようにしたのはいいけど、単純な力比べだと分が悪いし魔力と耐久が減っていくだけだな。それに手負いでこんだけの力なら、萩にいが矢を当ててくれなかったら止められてないな。


蟷螂は諦めて残った右の鎌で攻撃を仕掛ける。


「これだけお膳立てしてくれたんだからカッコいいところ見せないとね!」


<歌唱術:揺れる秒針ティックスタック>


カチッカチッと時計の針のような音がする。そして楓ねえは蟷螂の攻撃の前に斧を合わせる。それは一さんが相手を読んで渾身の一撃を事前に防ぐ時のような完璧なタイミングだった。でもそれは相手の攻撃の出鼻を挫くに留まらず鎌を斬り落とした。


「凄いけど最後くらいボクにやらせてよね」


まずは浮遊を起動して、鎖を使い全力で引っ張り勢いをつける。そして地をかけると同時にスキルを発動する。それに加えて、


<スラストダガー>

<突風ブラスト>


魔法を地面で爆発させて加速する。軌道がずれても鎖で調整できる今だからこそ繰り出せる全力でスピードだけを追求した一撃。


レンは弾丸のように蟷螂の頭部に迫り、首と胴を切り離した。


それは全てを置き去りにするかのような一撃、しかし蟷螂の鎌に鎖が巻きつけらているのがどういうことなのかをレンは忘れていた。


当然、鎖の長さには限りがあり凄い勢いで離れていくレンはすぐに限界が来る。


「わわっ!」


左腕に鎖を巻きつけていたので鎖が伸び切った時同時に空中で止まる。それでもまだ勢いはなくならず、無理に引っ張られる鎖から、ギシッギシッと耐久が減っていく音がする。


そして限界の時がついに来た。巻きつけていたの蟷螂の腕が千切れてしまったのだ。


色々想定外なことはあったけどようやく地面に着地できた。


「今度は止まり方と鎖鎌の使い方も考えなおさないとな」

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