面倒なクエストはリアルから来る

突然襲いかかってきた熊と狼を倒した後ボクたちはドロップしたアイテムを集めていた。


「そもそも狼のドロップアイテムぐらいは2人が先に回収しててもよかったんじゃない?」


「それだとレンが熊と戦うとこ見れなかったけどそっちの方がが良かったかしら」


「全然良くない。見て欲しかったです!」


「あははっ、レンはやっぱり素直でいいね」


3人でわいわい喋りながら足元の素材をアイテムボックスに突っ込む。どうやら入る個数に制限があってそれを超えると体が重くなるらしい。


ボックスに入れた熊の素材を見るとフレーバーテキストが表示される。


・ウォーベアー

森を徘徊して見つけたものに襲いかかる獰猛な魔物。四足歩行であるにもかかわらず立って戦うことが多いためその名がつけられた。斬りかかる剣を硬い腕で防ぎ、振るう剛腕は木をも薙ぎ倒す。その姿はまさに鎧武者が如く



めっちゃ分かりやすい名前と説明だな。戦うこと前提の生態じゃん


「こっちの狼はクロウルウルフっていう名前だったわよ。どういう意味かしらウルウルしすぎじゃないの」


「テキスト見たら解説載ってるよ。たぶん這う狼だと思うけど、ていうか楓はハーフでしょ英語はできないの?」


「だから私は日本で育ったから英語分かんないって前にも言ったわよね」


「あれっ、そうだった?」


「はいはい萩にいも楓ねえもケンカはいいから。こっちの熊はウォーベアーっていうそのまんまな名前だったよ」


「それは本当見た目通りだね。とりあえず集めた素材は一旦レンに送っておくね」


萩にいと楓ねえからクロウルウルフの素材が送られて来る。ていうかコイツの発音どれが正解なんだろ。クロ、ウルウルフではないことは確かなんだけど


・クロウルウルフ

獲物を見定め静かに這いながら近づき一撃で狩る魔物。茂みに隠れて獲物を待ち間合いに入ると一回の跳躍で獲物の急所に飛び掛かる習性を持つ。生まれながらのアサシンでこの魔物の後ろには足跡一つしか残らない



実際に体験することになっちゃったけど本当に攻撃されるまで気づかなかったからなぁ。油断してたのもあるけど。


まぁボクは忍者街で鍛えられたから見てからでも余裕で対応できるけど。忍者街はボクの好きなゲームのLIfeライフinインslashスラッシュに出てくる住宅街ステージの通称。


ダミーのNPCに紛れたプレイヤーを探し出して殺し合うサバイバルで、簡単そうに聞こえるけどこのゲームの猛者達が凄すぎて初心者は5歩歩いたら頭をカチ割られる。


意味分かんないでしょ、通りすがりの人全員を警戒しなきゃならないのにそれを行動に出したら悟られる。


初めた時はは不意打ちで殺されたり、カウンターで返り討ちにしても漁夫にやられたりした。


でも街を出られるようになる頃には襲いかかる敵の頭を右ストレートで破壊した後、残った死体を漁夫に向かって投げる一連の動作を反射でこなせるようになる。


ああもう、なんか思い出してたらやりたくなってきたなぁ。このゲームがひと段落ついたら久しぶりにやってみても


「…レン。レン!」


「えっなに」


「何じゃないわよ。いくら呼んでも反応しないんだから。萩がなんか敵を見つけたみたいよ」


「さっきは不甲斐ないとこ見せちゃったけど敵を探知するのも僕の仕事だから。敵はさっきと同じ熊みたいだよ」


「じゃあ今度はみんなで」


「いえ。今度は私達2人に任せて欲しいわ。レンばかりにかっこつけさせるわけにはいかないもの」


「でも、一緒に…」


「萩!援護して」


「えー、楓はいつも強引なんだから」


ただ2人と一緒に戦ってみたかったんだけど…

うー、悲しいけど一旦お預けかなぁ。


楓ねえは持っている杖を軽く振ったり握ったりしながら感触を確かめると目を閉じて集中し始めた。


<歌唱術:震う鼓動フルリズム>


その瞬間変化が起きた。楓ねえが優しい音と共に蒼白い線に包まれた。そして何より変わったのは楓ねえの胸から小さいけど確かに、トットッという音が鳴っていること


「おー!こんな感じなのね。魔法って」


「すごい綺麗だけど目立つね。音も派手だし」


「そうね。なら正面突破にしましょ。後は任せるから」


「了解」


「えっ」


そう言い切ると楓ねえは茂みから飛び出してウォーベアーに走り出してしまった。物凄い速さなんだけどそれよりも萩にいとまともな打ち合わせをしてないのが心配になる。


そんな心配をよそに萩にいは静かに音を立てず慣れた手つきで矢をつがえる。そして正面から向かってくる楓ねえに気づき戦闘態勢をとろうと立ち上がる熊に矢を放った。


<遅速ディレイ>


矢は放たれなかった。いや矢は確実に萩にいの手を離れた。しかしなぜか矢だけ時が止まったかのように空中で停止している。


<装填リロード>


すぐさま矢をつがえるより早く、萩にいは魔法を発動させる。矢は手の中で根本から瞬く間に形成され、弓を引き絞る頃には完成していた。


今度こそ矢は放たれたのだ。空中で止まっていた矢を引き連れて。


2本の矢は空を切り、楓ねえを撃ち倒そうと立ち上がりそして今、まさに攻撃をしようとしている熊の両目を貫いた。


熊は当然、悲鳴を上げて姿勢を崩す。しかし目を打たれても未だ立ち続けて構えを解こうとしないのはウォーベアーなりの誇りなのだろうか。


だが、そんな隙を見逃さない者が目の前に1人。


「ナイス!こっちも良い所見せないとね!」


ブンッ、と目の見えない熊が声と楓ねえから鳴り続けている音を頼りに腕を振るった。所詮悪あがき程度の攻撃、楓ねえはヒョイと躱わす。でも声は出さなくてもよかったんじゃ…


<歌唱術:戦慄する五つの戦斧トマフォーク>


その時ギターのような音が鳴り響いた。その音はよく響き、美しく、迫力あり、攻撃的、様々なものを聞く人に感じさせる音色。


それを奏でた物は楽器ではない。それは両手で持たなければいけないほどのデカい斧。


しかしそれとは反対の軽やかな重量感。さらには全体的に曲線がかっていてキュッとした印象を持たせる。肝心の刃は繊細優美な煌めきの美しさと敵を抉るように切る恐怖を併せ持つ形だった。


楓ねえも初めて出したであろうその武器をまるで自分の手足のように扱いクマの右膝を切り飛ばした。


熊は支える足を失って地面に倒れる。目も見えず立てなくなり頭は随分と地面に近づいた。


それを待っていたかのように楓ねえは構える。


「野球のポーズ?」


<歌唱術:響き弾く者スティック>


ボクの呟きも届かず、楓ねえは武器の形状を変える。さっきまでの曲線とは打って変わってまっすぐな斧。


そして鳴り響く音色は低音豊かで清涼感を感じさせる。まさに鉄の冷たさと力強さを表すような。


持ち手は無骨、真っ直ぐ一辺倒で刃は分厚い。しかしあまりにも厚すぎる、もはやそれは刃でなくただの鉄の塊であった。


それを渾身の力で振るう。足を少し上げ構えて始まる。腕で運び、腰で加速する、そして足で重さを込める。どこでいつ学んだかも予想できないほどに綺麗なフォーム。


武器も、扱い方も、それは斧であることを放棄した一撃。


だが命を奪うという点で結果は同じ。熊の頭は消し飛んで塵になる所すらも残らない。


「どう?レン、私の考え悪くないでしょ」


「そうだよ。僕たちも結構できるんだよ」


「うっうん!2人ともすっごくかっこよかったよ!」


こっ、怖い!


おかしいでしょ!なんで2人ともこんなに強いの!


萩にいは矢を留めて任意で発射できる魔法を使ったのは分かるけどあらかじめ熊が立ち上がって攻撃する時に目がどこにあるか予想して矢を設置しておく。そして魔法で作った矢と同時に放つことで熊に警戒されることなく両目を奪うなんて凄すぎるでしょ。


楓ねえは何あのかっこいい戦い方!惚れそう!

えーずるじゃん。ずるじゃん。あの魔法も武器もめっちゃかっこいいし、ていうかあの武器の扱いどういうこと、楓ねえ普段から両手斧振り回して生活してる?楓ねえならありえなくないけど。


しかもあの完璧な打球フォームとか何、野球とかやってなかったと思うんだけど


2人ともボクより強くない?ボクあんなことできる気しないんだけど。これじゃあさっきまでボクがお手本見せてあげるとか言って、ノリノリで戦ってたのバカみたいていうかただの負け犬じゃんか。



「ぶー。2人ともボクより全然ゲーム上手くてなんか腹立つ」


「えーそれはちょっと困るなぁ。レンの方が強く感じたんだけど」


「それに私達なんかより強い人なんていっぱいいるでしょ」


「違うもん!身内だからムカつくんだもん!」


「「まあまあレン落ち着いて」」


「ゔー!ゔー!」


怒って遊んでいると急にメッセージが表示されてコール音が鳴り響いた。この音はゲームじゃなくてMARS内からの連絡かな。


「うん?リアルの方でメールがきたな。誰からだろう」


画面を表示すると嫌な予感が爆弾引っさげて帰ってきたのを感じた



宛先:レン

差出人:ヨウ

件名:レン君お願いします!助けてください!

本文:今日、一ちゃんとアンリスをサービス開始時から一緒に遊ぶ約束してたんですけど、急に仕事が入っちゃって行けなくなったんです。

その後一ちゃん1人でゲームやってるらしくて休憩中の今調べたらすごい数の事件を起こして話題になってるみたいで

私は明日にならないとどうしても家帰れなくて、このままだと一ちゃん私が来るまでゲームやり続けちゃいます。

どうにかして一ちゃんにゲームをやめさせてあげられませんか?

埋め合わせは絶対しますから!



「どうにかしてって言っても倒すしかないじゃん」



意外な所から来たラスボス討伐クエストの緊急依頼にボクは頭を悩ませるハメになった。




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