第7話 父と娘

 模擬戦からさらに一週間――


 ここは自衛隊富士学校の広く清潔な食堂。

 たつみ紫苑しおん、それにアリスを中心にした十名ほどの取り巻きが昼食を終え話をしている。


巽「くそっ、ありえねえ」

紫苑「だからあんなのまぐれ……こっちも油断してたんだし」


 悔しがる巽と紫苑を見て、あきれ顔のアリス。


アリス「あんたたちまだ言ってんの。いい加減負けを認めたら?」

巽「できるかそんなこと! よりによってあの彬グズに負けるなんて」

紫苑「そうよ。私たちのペアの評価も一気にガタ落ちだし……」


 そこで取り巻きの一人が口をはさむ。


下級生A「そ、そんなことないですよ巽先輩。お二人のこと悪く言う奴なんてこの学校にはいませんって」

巽「バカ! お前たちに何言われようが屁でもねえ。俺らが気にしてるのは教官たちの覚えがめでたくねぇってことだ」

紫苑「その通り。一度失った信頼を取り戻すことは非常に困難なのよ」

巽「クソッ、あの小賢しい転入生も気に食わねえし」

紫苑「いったい何者かしら? この学校に転入してくるなんて今まで一人もいなかったのに……」


 巽たちは偶然食堂の片隅で食事を取っていた彬と曜に目を向けた。


アリス「確かに謎ね。あの天野って子――ディバニオンにかけてはあんたたちより明らかに一枚上手って感じだし」

巽「うるせーぞアリス。お前人のことより自分の心配しろよ」

紫苑「そうよ。まだ新しい相手決まってないんでしょう?」

アリス「心配ご無用。もうちゃんと手は打ってあるから」


 余裕の笑みを浮かべるアリス。


アリス「それよりさ、実を言うとこれ以上彬あいつに活躍されると私もちょっと困るよね。」

巽「ん? なんでだよ」

アリス「だって相棒バディが変わった途端成績が上がったんじゃ、まるで彬あいつが落ちこぼれていたのは私のせいみたいじゃない」

巽「ケッ、実にお前らしい発想だな」

アリス「それだけじゃない。このまま放っておくとあの二人私たちの脅威になる」

紫苑「そうかしら?」

アリス「私の予感は当たるよ」

紫苑「じゃあどうしようっていうの?」

アリス「出る杭は打つ。それだけのこと」

巽「つまり――」

アリス「裏で痛めつけて潰してやるのよ。再起不能になるぐらい徹底的にね」

巽「お前……見かけによらず恐ろしい女だな」

アリス「そうかしら? 横並びの列から一歩でも抜け出すためには手段は選んでいられない――それくらい分かるよね?」

紫苑「で、でも転入生あまのって北条教官のお気に入りっぽくない?」

アリス「もちろんターゲットは彬あいつ一人。分断して徹底的に壊せばそれでいい」


 冷酷に言い放つアリス。

 巽と紫苑が顔を見合わせる。


巽「なるほど、な。やるか」

紫苑「……そうね、確かにこれ以上ライバルは増えてはほしくないし――」


 アリスはうなずき、取り巻きたちに「あんたたちも協力しなさい」と命令したあと、今一度、彬を邪悪な視線で見つめた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 場面は一転し、新国会議事堂の一角に設置されている国防大臣執務室――

 中央に置かれたデスクに座るのは、現国防大臣北条将臣まさおみ

 年齢は五十前半。威厳と威圧に満ち、すべてを見下すような超人的なオーラを全身から発散させている。

 その執務室へ自衛隊の制服姿の北条ユリが入ってくる。

 この二人、実は本当の親子なのだ。

 

ユリ「大臣! ご報告に参りました」

将臣「ユリ――二人きりの時は普段通りでいい」

ユリ「は、はい、お父様」


 熱っぽい視線で将臣を見つめるユリ。

 ユリは父に心酔する重度のファザコンなのだ。


将臣「さて、ディバニオンの実戦配備への準備は順調か?」

ユリ「はい。すでに最終段階に入っていてまもなく実戦配備が可能になります」

将臣「パイロットの養成の方も問題ないな」

ユリ「そちらも万事うまくいっています。10代の学生は非常に素直で従順、ディバニオンのパイロットとしてはまさに最適です」

将臣「そうか」


 将臣は満足そうに頷く。


時臣「しかしユリ忘れるなよ。お前のもう一つの大事な使命を」

ユリ「はい、もちろんです。私の使命――国家社会の一員としての報国の志を持つ若者を多く育てること……」

時臣「そうだ、この国の衰退の根本原因は行き過ぎた個人主義にあるのは明白。それを正していかねばこの国は亡びる」

ユリ「けれど、心の教育は相手が人間だけに中々思い通りにならないのも事実です」

時臣「分かっている。ユリ、お前は十分よくやっているよ。さあこっちにおいで」


 時臣はそう言うと立ち上がってユリに近づき、肩を優しく抱いて耳元で囁いた。


時臣「ありがとう。私がここまで来られたのもお前のおかげだ」

ユリ「お父様……」


 ユリは顔を赤らめ、感激のあまり目を潤ませて言った。


ユリ「お父様の崇高な理念を実現するためには、私はどんなことでもします」

時臣「あと一歩――我々の計画の実現まであと一歩だ。そしてこの国は変わる。ユリ、私たちの目で共にその未来を見よう」

「はい……お父様」


 ――北条時臣と北条ユリ。

 この父娘の野望によって、彬たち若者の運命は大きく狂い出そうとしていた。

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