第4話 あの子に会いに行く

王都にある衣装館



 学院を出た僕はカリナ様の言われた通り、マホニア魔法学院御用達の衣装館にやってきた。


 所狭しと陳列されている服の数々。


 貴族らが着ていそうな宝石付きのブレザー、執事のタキシード、メイド服、制服などなど、種類は多岐に渡る。


 ありとあらゆる生地の匂いが僕の鼻を通り抜け、まるで別の世界にいるような錯覚に陥ってしまう。


「いらっしゃいませ。何をお探しでしょ……」


 眉間に皺を寄せて僕を睨んでいる髭の生えた店主のおじさん。


 笑顔だった店主のおじさんは表情を変え、疑り深い目で僕を見つめる。


 僕は自分のボロボロになった制服を摘んで口を開く。


「マホニア魔法学院の制服を探しています。これと同じやつで。在庫ありますか?」

 

 僕が問うと、店主のおじさんは考え込む仕草を見せたのち、随分言いたくないよな感じでいう。


「んん……あっちゃあるけど、なかなか高価なものだぞ。ライデキア金貨1枚と銀貨5枚もいるから」

「これでお支払いしたいんですが」


 僕は金匠手形を取り出して、それを店主に渡した。


「メディチ公爵家発行金匠手形……どうしてこれを君が持っているんだい?」

「そ、それは……」


 店主のおじさんが僕をめっちゃ疑ってくる。

 

 まあ、無理もない。


 こんなボロボロな制服を着ている学生がいきなりメディチ家発行の手形なんか持ってきたら、そりゃ疑うしかないんだよな。


 店長のおじさんは髭をみょんきょんいじりながら手形と僕を交互に見つめている。


 やがて僕を試すような目で


「盗んだものじゃないよな?」


 言われて僕はカッとなった。


「僕はそんなのしません!」


 いくら僕が精神的に疲弊しきっていても、そんな真似は絶対しない。


 僕は店主さんをずっと睨め付けた。

 

 そしたら店主のおじさんが納得顔でため息混じりに言う。


「わかった。信じてやる」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。メディチ公爵家発行金匠手形を盗んだり偽造したら、死刑だからな」

「し、死刑!?」

「ほう、この反応はもしかして後ろめたいことでもあるのかね?」

「違います!それはカリナ様から直接もらったものですから!」

「か、カリナ様から直接だと!?ふ、ふむ。わかった。ちょうど君の体にピッタリ合う制服が置いてある……あ、もしかしたら……」


 彼は何かを思い出したように目を丸くして僕に訊ねる。


「もしかして、君ってマホニア魔法学院を入学試験を次席で入学した平民の子?」


 彼の問いに僕は頷いた。


「おお……君がね!」


 いきなり店主さんは激しく自分の髭をいじりまくってから、僕の肩を掴んだ。


「っ!」

「同じ平民として、君を応援するよ!どうか傲慢な貴族らの鼻っ柱をへし折ってやれ!」

「は、はい?」

「さあ、サービスをつけてやろう。ふむ。靴もボロい。新しいヤツをあげる」

「ちょ、ちょっと!!」


 店主のおじさんに導かれるまま、僕はマホニア魔法学院の制服を購入し、ローファーをプレゼントされた。


 おじさんに感謝の言葉を言ってから僕は店を出る。


 最初こそ怖かったけど、いい人だった。


 アランのやつ、またいじめてこの服を破らないでほしいものだ。


 新しい制服に着替えた僕は王都近くを歩く。

 

 ここはとても賑やかだ。


 けれど、僕にはこれらが灰色に見える。


 僕はある目的を達成するために、バイト先に立ち寄ることにした。


喫茶店・La Vita


 王都の中でも人が少ない平民の住宅地付近の一角にある喫茶店・La Vita


 僕はドアを開けた。


 そしたら、女性客が6人ほど座ってお茶を楽しみながら和んでいる姿が見えた。

 

 とても雰囲気のある内装。


 嗅ぎ慣れたコーヒーの馥郁たる香り。


 そして、イケメン店長。


「レオくん……どうしてここに?」

「クザンさん……」

「体の調子は良くなったのか?」

「はい。おかげさまで」


 30代前半と思しきイケメン店長ことクザンさん。


 両親を亡くした僕を雇ってくれた心優しい店長さんだ。


 最近、アランのいじめやお金の事情で相当病んでいたので、クザンさんが僕にお小遣いと休みをくれたわけだが、こうやって、きてしまった。

 

 僕を心配するクザンさんに、僕はここにきた目的を口にする。


「クッキーを作らせてください」


 と、僕に言われたクザンさんは一瞬戸惑う様子だが、やがて優しく微笑む。


「ああ。作ってくれ。レオくんの作るクッキーはうちの看板メニューだからな。レオくんが休んで、お客さんたちも残念がっていたんだ」

「あはは……すみません」

「ところで、急にどうした?わざわざクッキーを作りにくるなんて」


 彼が小首を傾げて言うと、僕はのことを思い出して、目を潤ませる。


「あげたい子がいるんですよ」

「そうか」


 クザン店長は僕を見てにっこり笑う。


「きっと、その子はレオくんのクッキーをもらってとても喜ぶと思うんだ」

「クザンさん……」


 泣きぼくろが似合うイケメン店長。


 僕は希望を胸に頷いた。


「はい!」


 僕はお店で売るためのクッキーを大量に作り、僕が持ち帰るためのクッキーも作った。


 僕用のクッキーを皮袋に入れてポケットに入れる。


 用事が終わったので、お別れの時間だ。


「クザンさん!ありがとうございました!では、僕はそろそろ」

「ああ。また後でな」

「また……ですか」

「ああ。またな」

 

 そう挨拶を済ませて僕はLa Vitaを後にした。



 光溢れる世界から闇の世界に戻ってきた。


 倒れる寸前のボロ家。


 中に入った僕は早速部屋を綺麗に片付けた。


 自分がつけた跡を徹底的に消すように。


 だが、


『SSランクのダンジョンから無事に帰ってきたでしょ?そこで何があったのかは知らないけれど、きっと今回も無事に帰ってこれるはずよ』

『同じ平民として、君を応援するよ!どうか傲慢な貴族らの鼻っ柱をへし折ってやれ!』

『ああ。また後でな』


 カリナ様と衣裳館の店主さん、La Vitaのクザンさん。

  

 3人の言葉が僕の頭をよぎる。


 僕は部屋を片付けることをやめて、クッキーが入っている皮袋と一緒に駅へと向かった。


 僕は料金を払い、僕の生まれ故郷であるライデン村行きの切符を購入した。


 そして切符を御者に渡し、馬車に設けられた長椅子に腰をかける。


 もうとっくに夜だ。


 ライデン村までは結構時間がかかる。


 だからここでしばし眠ることにしよう。


 春だが、夜になると冷える。

 

 冷たい風が僕の肌をなぞり、ときどき鳥肌が立つこともある。


 だけど、僕は大丈夫。


 あの子はもっとひどいことを経験したはずだ。


 いや。


 あそこに行ってもあの子がいるのかどうかわからない。


 だが、今日カリナ様に言ったように、僕は確かめないといけないんだ。


 そんなことを考えながら、僕は揺れる馬車の中で心休まらぬ眠りについた。


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