第3話 挑発

 みんなの視線は僕の方に集まった。


 みんなは最初こそ動揺したり、当惑したりしたが、やがて口角を吊り上げて僕を嘲笑う。


 先に口を開いたのはアランだった。


「SSランクのダンジョンに行ったことあるんだと?お前が?」


 取り巻き二人も双眸を細め加勢する。


「最弱スライムもろくに倒せない属性なしFランク風情が何言ってるんだ?」

「あ、それか?SSランクのダンジョンに繋がるゲートの前でお漏らしして逃げたとか!それだと一応『SSランクのダンジョンに行った』ということになるからなあ!ぷふ!」


 二人の取り巻きが冗談めかして笑うと、アランのやつが口を大きく開けて笑い始める。


「あはははは!!そういうことだったか!まあ、お前は何もできないクソ無能だから、みんなの前で虚栄くらい張りたいもんな!!ぷははは!!!」


「「「あはははは!!!」」」


 ルアナ先生、カリナ様、サーラさん、他数人を除くほとんどの生徒が僕を嘲笑う。


「静粛に」


 ルアナ先生が止めに入るが、教室は相変わらず嘲りで満ち溢れている。


 いつもの僕なら、きっと泣き寝入りしたことだろう。


 だけど、これだけは譲れない。


「僕、行ったことあります!SSランクのダンジョンに!!」


 僕が大声で言うと、教室は一瞬シーンと寝り返った。


 このシジマを裂いたのはアランだった。


「おいクソ平民、お前の妄想話はやめろ。気持ち悪いんだよ。あそこはギルド会館と国王陛下許可がないと入れないぞ。しかもSSランクのダンジョンの近くにはAランクやBランク級のモンスターが蔓延っているんだ」


 ゴミを見ているような顔だな。


 僕は間違いなくSSランクのダンジョンであの子と約束を交わしたのだ。


 そのことは絶対なかったことにしてはならない僕の大切で切ない思い出だ。


 それを妄想扱いだと?


 僕にとって最も怖い存在はアランだ。


 だけど、


 僕は立ち上がって、彼の目をまっすぐ見つめて言い放つ。



「「「っ!!」」」


 クラスが一瞬凍りついたように静かだ。


 カリナ様に至っては目を丸くし口をぽかんと開けている。


 こんなに大声で叫んだのは初めてだ。


 自分のことだと唾を吐かれようが殴られようがなんとか我慢はできる。


 だけど、


 あの思い出だけは……


 僕は唇を噛み締めて怒りに身を任せ体を震わせる。


「二人ともその辺にしておけ、じゃないと容赦しないから」


 ルアナ先生がメガネをいじりながら僕たちに鋭い視線を向けてきた。


 僕は席に座り、本とノートを取り出して授業を聞く体制に入る。


 だけど、あの思い出はずっと頭の中に浮かんだままだ。

 

 授業が終わった。


 ルアナ先生が立ち去るや否や、思った通りにやつが僕の席にやってきた。


 そして僕の胸ぐらを掴んで、怒り狂った表情を向けてくる。


「クッソ平民があ!!さっきのはなんだったんだあ!!この俺が誰なのか知っての狼藉か!!!」

「……」


 やつは拳に魔法を込める。


 やつは無という属性を持つテイマーだ。


 テイマーはテイム以外も自分の身を守るための攻撃スキルをいくつか持っている。


 それを持って僕を攻撃するつもりだろう。


 だが、


「……」


 後ろにいるカリナ様の存在に気が付き、魔力の篭った拳を降ろして、僕の胸ぐらを掴んでいる手も離した。


 その代わりに卑屈な笑みを浮かべて、


「なあ、行ったことあるならさ、もう一回行けるだろ?」

「え?」

「明日は創立記念日だ。SSランクのダンジョンに行ってきてSS級の魔石でも持ってこいよ。そしたら信じてあげる」

「それは……」

「できんのか?まあ、行ったことないから仕方ないよな」

「……」


 視線を逸らした僕に、やつはまた気持ち悪い笑みを浮かべて口を開く。


「これがお前という人間ってわけさ。


 心の中で何かが切れた気がする。


 いや


 切れたわけじゃない。


『僕、強くなってテイムできるようになったら、ぷるんくんに会いに行くから!その時が来れば、僕と一緒に住もう!』

『ぷるんくんも気をつけながら強い……になってね!』


 昔の思い出が、あの時の約束が僕の心を刺激しているのだ。


「……行って……行って……」


 僕は震える声で叫び散らかす。


「行ってきたらいいだろ!!!!!!」


 僕が目を潤ませていたら、アランのやつが目を細めてほくそ笑んだ。


「ああ。行ってこい。くたばっても俺は知らんぞ。自己責任な。くそ無能平民畜生が」


 やつのほくそ笑みを聞きながら、僕は机を片付けて出て行った。


 今日の午後の授業は属性鍛錬だ。


 属性に目醒めてない僕には必要ない授業だ。

 

 おそらく、この光景を見るのはこれで最後かもしれないと、そう自分に言い聞かせながら廊下を歩いていると


「レオくん、待ちなさい」


 カリナ様に呼ばれたので、僕は足を止めて振り返った。


 メイドのサーラさんを連れて僕の方へやってくるカリナ様は僕の手をぎゅっと握り込んだ。


 彼女の鮮烈な蒼い瞳からは憂いという感情が感じ取れる。


「アランくんの話を聞く必要はないわ」

「カリナ様……」


 メディチ公爵家の長女でありゆくゆくは女公爵となってこの王国に貢献するはずのお方が、僕なんかの手を……


 もうSSランクのダンジョンに行けば死ぬかもしれないんだ。


 彼女はいつも僕を助けてくれた。もう周りの目を気にする必要もないだろう。


 僕は低いトーンで言う。


「カリナ様」

「?」

「アラン様の言っていたことはあながち間違いではございません」

「え?」


 戸惑いの視線を僕に向けてくるカリナ様。


 長い亜麻色が揺れ、とてもいい香りが僕の鼻を通り抜ける。


 本当に人形みたいな美しさだ。


 僕は彼女の蒼い瞳を見つめ真面目な顔で続ける。


「だから、僕はもう一度あそこに行かなければなりません。これ以上引きずるわけには行きませんから。ちゃんとこの目で確認しないと……たとえ、絶望と破滅が僕を待ち受けていようとも、それは僕が背負わなければならなりません」

「……」


 彼女の深海を思わせる宝石のような目は揺れ動いた。


 だから僕は素早く内ポケットからさっきもらった金匠手形を取り出して彼女の手に挟み込んだ。


「僕をずっと助けてくださったこと、本当にありがとうございました。今までろくな恩返しもできないこの下賤で悪い平民をどうかお許しください」


 頭を下げたのち、僕は彼女から離れて踵を返した。


 早足で歩く僕。


 だが、


 僕の手元に風が吹いてきた。


 風によって金匠手形が、僕の掌に引っ付いた。

 

 僕は目を丸くしてまた後ろを振り返る。


 やっぱりカリナ様の仕業だ。


 彼女は治癒以外にも風の属性魔法が使えるのだ。


 彼女は何かを決心したようにふむと頷いてはドヤ顔でその美しい唇を動かす、


「SSランクのダンジョンから無事に帰ってきたでしょ?そこで何があったのかは知らないけれど、きっと今回も無事に帰ってこれるはずよ」

「……カリナ様」

「私はレオくんの言葉、信じるわよ。だから帰ってきてね。ここに」


 微笑みを湛えるカリナ様の顔はとても美しくも儚く、そして威厳がある。この矛盾した要素がメディチ・デ・カリナという少女の魅力を引き立てている気がした。

 

 柄にもなく平民である僕がそんなことを思っていたら、彼女の隣にいる紫色のメイド・サーラさんがにっこり笑う。


「どうか、あなたの行く末にノルン様のご加護があらんことを」

 

 不思議な感じだ。


 入学した時に両親を事故で亡くし、とても貧しい生活を送り、アランの奴らにもひどいいじめに遭っている。


 悪いこと尽くめで息が詰まりそうな場面が僕の心を蝕む。


 けれど、危ない時に、彼女はいつも救いの手を差し伸べてくれる。


 おそらくカリナ様がいなければ、僕は学校を辞めてしまったかもしれない。


 本当に……

  

 ありがたい存在だ。


 それと同時に、


 彼女に何も返すことのできない僕が惨めすぎる。


 僕はカリナ様からもらった金匠手形を握りしめてマホニア学校を後にした。




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