第2話 SSランクのダンジョン

「貴族だろうと平民だろうと、いじめは校則によって固く禁じられています。なのに、登校時間に生徒たちが通っている正門近くでこれ見よがしにレオくんにひどいことをするなんて……ラオデキヤ王国のイメージに泥を塗りつけているのはレオくんじゃなくてアランさん、あなたではありませんか?そこの二人も」


 アランと取り巻き二人を睥睨するカリナ様。

 

 だが、アランは気にする風もなく頭を上げて口を開く。


「カリナ様……俺は常日頃からあなたの役に立つことを考えております」


 図々しいアランの言い方にカリナ様は眉間に皺を寄せる。


「では、なぜ入学してから1年間もレオくんをいじめていたんですか?私は弱いものをいじめる人間が大嫌いですが」


 問われたアランは頭をフル稼働させるように考える仕草を見せたのち、倒れている僕を睥睨して口角を吊り上げる。


「お邪魔虫は取り除かないといけませんから。お嬢様はずっとこの平民にお情けを施してきました。ですので、この下賎な雑種によってカリナお嬢様が汚される可能性があるのです。それは国家をも揺るがす危機につながりかねません。なんせ、カリナお嬢様は独り子ですので」


 アランの言葉に周りは動揺し出した。


 ほとんどの生徒は僕に軽蔑の視線を向けてくる。


 僕がカリナ様に劣情を抱いているとでも言うのか。


 でも、相手は宰相の一人娘だ。

 

 そんな気持ちは持ってない。


 むしろ、彼女に助けられれば助けられるほど、僕の惨めな現状に嘆いて、いつも自分を責めてきた。


 このままだと、僕の評判はさらに落ちてくるんだろう。


 まあ、落ちる評判なんてとっくに無くした。

 

 と思っていると、


 カリナ様が倒れている僕の方へやってきた。


 そしてアランの使い魔であるウルによって生じたお腹の傷に手を当てる。

 

「っ!」


 柔らかい感触もするが、それを上回る苦しみが増し加わる。


「ヒーリング」


 カリナお嬢様は僕にヒールをかけてくれた。


 彼女は三つの属性を持っている。


 そのうち一つが治癒に関わるものだ。


 しばしの時がたち、傷が治った僕のお腹を見て安堵したように息を吐くカリナ様。


 そして僕の目を真っ直ぐ見つめて言うのだ。

 

「これで大丈夫よ」

「あ、ありがとうございます……カリナ様……」


 彼女の真っ直ぐな蒼い瞳を見るたびに、自分は何もできない無能中の無能であることに気がつき、悲しくなった。


 僕は目を逸らした。


 すると、彼女は慈愛の表情をしたのち、横にいるメイドに目配せをする。


 それからアランたちに言うのだ。


「あなたに助けられるほど私は弱くありません。

「……」


 タメ語になったことで、事態の深刻さを感知したアランは再び頭を下げる。


「承知いたしました」


 それから倒れている僕を殺す勢いで睨んだのち、何かを思い出したかのように目を見開く。


「そういえば、もうすぐ王室主催の舞踏会が開かれますね。カリナお嬢様の綺麗なドレス姿、いかなる女性よりも美しいことでしょう。では」


 と言い残して、取り巻き二人と共に立ち去る。


 取り残された僕たち。


 とりあえず立ち上がろう。


 僕は立ち上がった。


 そしたら、カリナお嬢様のそばにいた紫色の髪のメイド(サーラさん)が僕に紙切れ一枚を差し出す。


「メディチ家発行金匠手形……ラオデキヤ王国金貨2枚……ええ?なんでこれを僕に?」


 これをラオデキヤ王国公認の金庫や銀行に持ち込めば、ラオデキヤ王国金貨2枚が手に入る。


 ラオデキヤ王国金貨2枚は力仕事をする成人男性の二ヶ月分相当の給料だ。


 僕が戸惑っていると、カリナ様が心配そうに言う。


「アランさんのいじめによってボロボロになった制服を捨てて新しい制服を買いなさい」

「い、いや……受け取れません!」


 僕が両手をぶんぶん振って拒絶すると、メイドのサーラさんがジト目を向けてきた。


「こんな服を着たら、あなただけでなく、マホニア魔法学院の評判も下がることになりますから」

「……」


 反論できない。


 今の僕はこの学院において目の上のたんこぶのような存在だ。


 そんな僕をカリナ様は助けようとしている。


 いつもこんな感じだ。


 1年間ずっと。


 僕は悔しい表情をし、握り拳を作った。


 僕は何もできない。


 無能だ。


 そんな否定的な考えに打ちひしがれていると、制服姿でメイド用のカチューシャをつけているサーラさんが素早く僕の手に金匠手形を差し込んできた。


 そんな僕をみてカリナ様がにっこり笑って口を開く。


「私はレオくんのことを応援しているわよ」


 微笑みを湛える彼女に僕は問う。


「どうして……こんな……こんな下賎な僕にここまでして下さるんですか?」


 聞かずにはいられなかった。


 彼女は一年生だった時も、僕をずっと助けてくれた。


 その度に、何もできない僕の心が締め付けられるように痛かった。


 だから、これくらい聞いても許されるのではなかろうか。


 そう思っていると、カリナ様は若干寂しい表情をして、艶のある唇をゆっくり動かす。


「大切な存在を失ったあなたが、幸せになる姿を見てみたいから……そしたら私もこれからきっと……」


 後ろにいくにつれて、思い詰めた表情になったので僕は気になり耳を欹てた。


 そしたら、ごまかし笑いをし、はぐらかすように言う。


「なんでもないわ。せっかく筆記試験で、次席でこの学院に入って、学科試験でも2位の座を譲ったことがないほど優秀な頭を持っているじゃない。やめるのは勿体無いわ。それより早く行きましょう。遅刻するわ」

「……」


 差し伸べられた手。


 彼女は僕に握手を求めてきたのだ。


 だが、


 僕はそれを握ることはできなかった。


 現にまだ多くの生徒らがみている。


 平民である僕がカリナ様の手に触れる場面を見られてしまったら、後で集団リンチに合うかもしれない。


 あのアランでさえ、彼女の許可がないと、指一つ触れられないのだ。


 ここは階級社会だ。


 僕は彼女に告げる。


「ごめんなさい。この恩は……今までの恩はいつか必ずお返しします……」


 言い終えた僕は後ろを振り向くことなく、走ってゆく。


 いつかお返しか。

 

 僕はまた嘘をついてしまった。


 そんな能力、持ってないんだ……


(心配そうにレオを見つめるカリナとサーラ)


 教室の中。


 授業が始まった。


 担任先生であるルアナ先生が白衣姿でやってきた。


 灰色のロングヘアー、吊り目、胸の膨らみ、非常に整った目鼻立ち。


 20代後半でとても綺麗な女性だが、まだ結婚してないらしい。


 一年生だった時の担任は放任主義で、アランが僕をいじめても、みて見ぬふりをしたが、ルアナ先生はとても厳しい方でクラスで騒ぎを起こすのを断じて許さない。


 彼女は細い金属製のメガネのフレームを光らせて口を開く。


「今日は上位ダンジョンについて説明する」


 言ってルアナ先生は黒板に魔法をかけ遠隔で何かを描き始めた。


「上位ダンジョンは四つのダンジョンを示す言葉だ。上から……」


 ルアナ先生が続きを言おうとした瞬間、アランのやつが割り込んできた。


「上からSS、S、A、Bですよね」


 先を越されたルアナ先生は薄いフレームのメガネをかけ直す。


「そう。アランくんのいう通りだ。この四つのダンジョンが上位ダンジョン。うちSランクのダンジョンは最上位。そして、SSランクのダンジョンは規格外と呼ばれ、国家権力を総動員しても攻略ができないのが現状だ。アランくん」

「はい」

「君はどこまで行ってきた?」

「俺はですね……Aランクまで行ってきました」


 まるで自慢するように胸を反らしながら言うアラン。


 そんな彼を生意気と言わんばかりに目を細めて言うルアナ先生。


「ほお、Aランクか。君のクラスは今のところDだ。倒せるモンスターは一匹もいないはずなのに、なぜそんな危ないところに行ってきたんだ?」

「一人でAランクのダンジョンを攻略して、王宮精鋭騎士団長になるのが夢なんで。まあ、もうすぐCランクになるから夢までもうちょっとってところですかね。あはは!」


 笑うアランは静観するカリナ様を舐め回すように見つめる。


 わかりやすいやつだ。


 現在、カリナ様のメディチ家のひとり子だ。


 ゆえにアランのやつがカリナ様と結婚すればやつは莫大な権力を手に入れることができるだろう。


 貴族同士の人間関係なんか平民である僕はあまりよく知らないが、あんなクズ野郎とカリナ様が結ばれるのはみたくない。


 そんなことを考えていたら、ルアナ先生が冷たい表情で僕たちに向かって問うてきた。


「そうか。じゃ、アランくんが行ってきたAランクより上のダンジョンに行ってきた人はいるのか?例えば、SSランクのダンジョンだったり……」


 意味ありげに言うルアナ先生の言葉が余計に僕の心に響き渡る。


 SSランクのダンジョン。


 国家権力でも攻略できない魔の区間。


 アランは困ったようにため息をついては話す。


「そんな人いるわけないじゃないですか?そもそもSランク以上はギルド会館の許可がないと立ち入りすらできませんから」


 どうやらみんなもアランの意見に賛同しているようだ。


「そうだ。いるわけがない」

「Sランクのダンジョンの行った人もいないはずなのに、SSランクはねえ……」

「入った瞬間、瞬殺だぞ」

「ナイナイ。絶対ない」


 否定的な意見が飛び交う中、


 僕は密かに

 

 


 するとみんなは目を丸くして驚く。


「「「はあああ!?」」」


 

 

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