第45話 年末祭と予約ケーキ


 とうとうこの季節がやってきた。

 そとはしんしんと雪が降りしきっている。


 このグランエリュートは結構暖かい地域ではあるが、それでも年に数回は雪が積もる日がある。


 エルトはこの世界に「自動車」が無いことに安堵していた。

 馬車はある。しかし、この馬車というのはなかなかによく出来ていて、馬が走れない場合でなければ、なんだかんだと、走るものだ。それにそれほど数もいないため、街道にびっしりと並んで渋滞するなどということもさほどない上、街道には行きかう冒険者も多くいるため、多少はまり込んでもすぐに手助けが来る。


(まったく、あっちの世界の時は、やれ渋滞で配送が届かないだの、やれ駐車場の雪掻きだのと、雪にはいつも苦労させられたよな……)


「結構降ってきましたね? これは年末祭は『ホワイト・セレブレイト』になるかもですね?」


 と、リーリャさんが話しかけてくる。


 この世界でも「クリスマス」に近いものがある。

 年の終わりというのはどこの国でもどの世界でもやはり、格別の想いがあるのだろう。


「――年末祭セレブレイトといえば、セレブレイト・ケーキのご予約がとうとう50個に到達しましたよ? これは当日は結構手際よくやらないと大変そうです」

と、リーリャさんが報告してくれた。




 あっちの世界の時は、やれどこ店が幾つ予約を取っているだの、今年の目標を設定して予約獲得に勤めましょうだのと本部のアドバイザーがうるさく言っていたものだった。

 こちらではそんなに目くじらを立てて予約獲得活動などは行っていない。

 ただ単純に、店頭で商品紹介POPを張り出しただけだ。


(まあ、競争相手もそれほどいないからこれでも充分だろうと思っていたけど、なかなかに反響が大きかったな――)


と、エルト自身は充分に満足できている。


 今回の「セレブレイト・ケーキ」は、グランエリュートの洋菓子屋さんとのコラボだった。


 さすがに自前で「デザート部門」を立ち上げる所までは手が回らなかった。

 それに、そもそも、エルトのコンビニは共存共栄を考えて経営している。

 この世界にはこの世界の素晴らしいものがある。わざわざそれらを潰して新しいものに塗り替えようとは思わない。


 エルトの店に並んでいるものは基本的には自前の「オリジナルブランド」は少ない。強いて言えば、『携帯食料ベントー』と『握り飯オニギリ』、『おでん』ぐらいのものだ。

 あとはすべてが発注品、つまり、「ブランド」で、グランエリュート近郊の協力者や協力店によってまかなわれている。


 エルトのコンビニの役割は、あくまでも「販売機会」の拡大だと思っている。

 現段階において「ブランド(PB商品)」の商品開発は考えていない。


 「プライベートブランド(PB)商品」とは。

 本来は生産や商品開発を行わない小売企業などが、独自に展開している商品のことを指す。

 が、とどのつまり、大手生産メーカーと協議の上、発注の保障の対価として生産コストを下げ、ひいては販売価格を抑えるという手法である。

 すこし、大雑把な言い方ではあるが、そういうものとして理解してもらって構わないと思う。


 ある意味、「販売者」「生産者」「消費者」の三方にとってメリットがあるともいえるが、それは「デフレ基調」が進む世の中にあってのことだとエルトは考えている。


 『同じものがより安く手に入る』


 確かに、魅力的な言葉に聞こえた。


 ところが、結局はその潮流は長くは続かない。


 初めのうちこそ、特定の大手メーカーが関与している「PB商品」は、特定のコンビニでしか手に入らなかったのだが、時間の経過とともに、その約定は消えて行き、そのうちどのコンビニにも「ナショナルブランド商品」が「プライベートブランド商品」として並ぶようになった。


 つまり、「袋は違うが中身は一緒」ということだ。


 いや、これについて反論もあろうかと思う。

 「全く同じものではない」と。


 しかしこれは些末な差異である。

 各メーカーは自社オリジナルブランド商品に今一度目を向けてもらうためにいまはとてつもない苦労をされていることだろう。


 エルトはそれを見てきた。

 結局は八方塞がりに陥っているように見えた。


 「力」を持つものがその使い方を誤った結果、悲劇は生まれるのだ。そこに必ず潜んでいるのは、「自己の利益の追求」である。


 つまり、「競争」だ。


「自分の店の方が安く買えますよ?」


というのは、商売としては一番稚拙な方法であると、エルトは思っている。


 商売とはそうではない。

 少なくともこの世界ではそういった競争はしていない。


 この世界は純粋に利益追求をしている。

 

 職人は「より良いもの」を作ろうと研鑽に励み、商人は「よりたくさんの人に行き届くように」と、販路を広げる。

 そして何よりも、「等価価値」の原則を忘れない。


 「品質の良いものは高い」、「希少価値の高いものは高い」という、ごく自然な原理に基づいて値段が付されている。


 この『等価価値の原則』こそ、商売において一番忘れてはならない「ものさし」であると、エルトは考えているのだ。




「少し値段はりますが、品物は非常にいい出来できです。年に一度の特別な夜に、家々の食卓を彩るにあたっては、充分なものだと自信をもってしましたからね。ご予約いただいた方々には存分に味わっていただきたいですね」


と、エルトが返すと、


「ええ! このケーキを囲んで今年の終わりを締めくくる。もしそれが雪で祝福されるならこれ以上の幸せな時間はないでしょうから――」


と、リーリャも返す。


「ああ、そういえば、従業員の皆さんの分もちゃんと用意しておきましたから、当日はみんなでお祝いをすることにしましょう」


 そう言えば、あっちの世界でも、クリスマスの夜に狭い事務所で従業員さんたちと集まってパーティやったなぁと懐かしく思うエルトだった。

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