第44話 寒い季節がやってくる前に②
「ん? んん!? エル! なんかいい匂いがしてきたぞ?」
と、ルーが声を上げる。
こういう事に一番反応が速いのは、竜族のなせる業か? とエルトは思った。
実際、このルーこと、「竜魔王ルグドア」が一体どういう種族なのかそう言えばはっきりと聞いたことは無かったなと、エルトは思い出す。
なんとなくだが、数百年とか数千年とか生きていそうな感じがするため、いずれにしても人間ではないと思われるが、一度確かめておくほうがいいかもしれない。
「竜族」なのかどうかも少し疑わしいものだが、いずれにしろ、人より鼻が利くのは確かなようだ。
「――そうなんですか? 私はまだ匂って来ませんけど?」
と、ミミは小首をかしげている。ハンスも同じような反応だ。
「これは、とても、美味しいやつだ! 間違いない! エル! まだか!」
と、ルーはもう待ちきれぬという感じだ。
「ルー、少しおとなしくしてろよ。まだまだこれぐらいじゃ「
と、エルトがルーを制する。
まったく、ルーときたら、一応他の従業員さんもいる前で、エル、エルと呼び捨てにしやがって、と、思わなくもないが、とにかくみんなには「友人」だと言ってあるため致し方がない。
そこから数分の間、ルーは1分おきぐらいの間隔で「まだか」と言い続けた。
本当にコイツ、数百年とか生きてる存在なのか? この態度ときたら、まさしく子供じゃないか、と思いながらも、「まだだ」と返し続ける。
20分が経過した。
まあ、とにかく様子を見てみるか、と、木蓋を開いてみる。
ぼわあ、と湯気が上がるとともにこれまでそこに溜められていた出汁の香りが一気に店内に充満した。
「おお!? なんだこの匂いは?」
「なんかいい匂いしないか?」
店内にいた数名の客もこの匂いに気が付いた様子だ。
やはり、「おでん」の一番の売りはこの匂いであることは「ここでも」間違いないようだ。
「わぁ、いいにおいですね」
と、リーリャさんもつられて珍しく寄ってくる。
「うん、上出来だ。まあ、煮込めば煮込むほど味が染みてもっとおいしくなるんですが、今の状態もこれはこれで具材の味がしっかり生きて美味しいんですよ」
そう言いながら、エルトは具材の一つである「ダイコン」をつまみだし、取り皿に載せる。
「――どうぞ、リーリャさん、熱いから気を付けてください」
と、リーリャさんにすすめた。
「え? 今ですか? ここで?」
「はい、お箸で切れるはずですから、一口ほど切り取ってお召し上がりになってみてください」
では――と、リーリャは言われたように箸で一口大のサイズに切り取って、それを口の中へ放り込んだ。
「――! あ、熱っ! はふ、はふ……。ん? んん~~~!」
と、リーリャのころころと変わる表情をエルトも満足げに眺める。
「どうですか?」
とエルトは勝ち誇ったように問いかけた。
「これは、とても美味しいです! こんな家の外でアツアツの食べ物が食べられるなんて!」
と、リーリャも大満足の様子だ。
「よし、じゃあ、OKだ。早速販売開始だ!」
そう言うとエルトが店内全部に聞こえるように声掛けをする。
「本日新発売の「おでん」! 全品、同一価格です! どうぞご利用くださいませ!」
その声を合図に、客も数名寄ってくる。
リーリャはそのお客の対応に掛かった。
「エル! リーリャさんだけはズルいぞ? 私たちにも試食させろ~」
と、ルーがうるさいので、ルーや、ミミ、ハンスたちにも一皿ずつ「ダイコン」を用意してやった。
みんな、大満足の表情で、「これは!」と、したり顔だ。
とりあえず、ささっと試食を済ませると、すぐにお客様たちへ猛アピールを開始し始める。
「あったかい、「おでん」美味しいですよ~」
「ダイコン、ちくわ、厚揚げ、ほかにも色々取り揃えております~」
「
などと、店内に声がこだまし始めた。
数分後――。
店内で買い上げた客たちが店の前あたりで食べ始めて、ワイワイとしだすと、通りを行き交っていた人たちも何事かと寄って来た。
そうしてあっというまに行列ができると、販売開始から1時間もしないうちに「初おでん」は完売してしまった。
(こりゃ、思ってた以上の反響だな――)
と、エルト自身も目を丸くしたほどだ。
「オーナー、どうしましょう? もう、売り切れてしまいましたよ?」
と、リーリャが困った表情で問いかけてくるが、エルトはこういう事もあろうかと、次の具材の仕込みもしておいた。
「大丈夫です、リーリャさん、これをそのまま鍋に入れてください」
「え? ええ!? このまま、ここにですか!?」
「はい。どんどん継ぎ足していってくださって結構です。まあ、売れる数にもよりますが、数時間はそのままの
「はい、じゃあ、入れますね! ホントに入れますよ!?」
「ええ、大丈夫。入れちゃってください(笑)」
こうして、「おでん」の販売初日は大盛況で終わった。
今後、これが口コミで広がっていけば、ますます売れ行きが上がりそうだ。
こうしてこの冬主力になりそうな新しい部門、「
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