第43話 寒い季節がやってくる前に①


 エルトは次なる商品開発を進めている――。

 

 携帯食料ベントー握り飯オニギリの売れ行きは一応の安定基準に乗せることができた。

 今後は適宜新商品の導入やラインナップの見直しなどをしながら、売り場に変化を付けつつ品揃えする必要が出てくるだろうが、それはそれほど急ぎではない。まずは定番商品の販売個数を安定させることが先決だ。


 ペストリー部門(パン類)も同様である。調理パンも菓子パンもとにかく定番商品の確立と販売個数の安定が大切だ。


 コンビニエンスストアに品揃えされている商品すべてが同じ数だけ売れるわけではない。

 そこには一定の地域格差や立地条件があり、客層によってさまざまな変化を見せる。

 

 例えば、現代日本のコンビニであっても、市街地立地と郊外立地では売れるものに差異が見られる。OLやビジネスパーソンのようなオフィス客が多い場所と工事関係者などの肉体労働者が多い場所ではそもそも食べるものにも違いが出るものだ。


 ただ、この差異があまり出ない商品があるのも事実だ。

 基本的にはそういう商品のことを「定番商品」と呼ぶ。


 多店舗展開するチェーン店においては、同じ看板を掲げている店であればどこでも同じものが売っていると思わせるに足る一定数の「同一商品」が存在している。これは、チェーンに対する信用度を向上させるための戦略でもある。


「〇〇になら、売っているはず――」

 

というアレである。


 エルトのコンビニ「88ペアエイト」はまだ単独店舗であるため、このような意味合いの「定番商品」というのは今は考えなくてもよい。

 だが、エルトの構想では今後、多角的な立地でこの店を拡げていきたいと考えている為、今からこの「定番商品」になり得るものを選定していかなければならないのも事実だ。


 少し話がずれたので戻すことにする。


 要は、「いつでもどの場所の店でも売っているもの」と、「その立地だからこそ売っているもの」の大きく分けて二つがあるということだ。


 そして、エルトは今、来たるべき寒い季節に向けて、次なるについて考えているというわけだ。


 携帯食料類、ペストリー部門、書籍、冒険者用品、菓子類、生活雑貨類――。

 現在「88ペアエイト」に品揃えされている各部門だ。

 さて、なにが足りないだろうか?



「――オーナー、これ、なんですか?」

と、リーリャさんが問いかけてくる。

「これって、お鍋? ですよね?」 

とはミミの言葉だ。

「え? お鍋って、丸いものじゃないの? 四角いお鍋って僕は初めて見るよ?」

とはハンスである。


「ミミ、正解だよ。これはまさしく『お鍋』に違いないよ」

とエルトは答えた。


「でも、エル。この仕切りみたいなものは何だよ? なんか、ダンジョンの『小部屋』みたいになってるけど――」

とはルーの言葉だ。


 なるほど、よく見るとその仕切りには穴が開いていて、小部屋を行き来するための出入り口のようにも見える。


「なるほど……、『小部屋』というのは、あたらずといえども遠からず、ってとこだな。これは、「おでん鍋」というのさ」

とエルトは答えた。

 

 もちろんこの世界にこんな鍋は存在していなかった。

 だから、鍛冶組合に依頼して作ってもらったのだ。

 

(なつかしいなぁ。毎日何度も仕込みをやったっけ……)


 と、感慨深いものがある。


「これをこうして「魔力温熱台ホットプレート」に載せて……と。まずはお湯を注ぐ。お湯じゃなくて水でもいいんだけど、水だと沸くまで時間が掛かるからね。それから、「出汁」を一パック入れて……」


 エルトは仕切り版付のその四角い鍋にお湯を張ると、紙パック入りの「出汁」を一パックどぼどぼと注ぎ込んだ。


「よし、これで出汁はOKだ。そのうち沸いてくるから、その間に――」


 エルトはあらかじめ用意しておいた「おでんだね」を、持ち出してくる。それぞれの「たね」には個別の仕込み方法があるが、どれもたいして手間になるものは無い。お湯をかけて油抜きをしたり、水きりをしたり、容器から出すだけのものもある。

 エルトはそれらを手際よく「下処理」して、大きなに入れてゆく。


「これで、下処理は終わり。あとは鍋に入れていくだけだ――」


 そうして次々とその「おでんだね」たちを四角い鍋に入れていった。


「こうやって、仕切りごとにたねを並べて……と。よおし、あとはしばらくの間煮込めば完成だ!」


 エルトが並べた「おでんだね」たちは、綺麗に整理されて鍋の小部屋に収まっている。


「ハンス、そこの「木蓋きぶた」を取ってくれるかな?」


 と、いきなり振られた形のハンスがきょろきょろとあたりを見回すと、ちょうどこの「おでん鍋」とかいうものの上に置けるぐらいの木製の蓋を見つけた。


「これ、ですか?」

「ああ、それだ、ありがとう」


 そう言ってその木蓋を受け取ったエルトは、そっとその鍋の上にかぶせる。


「さあて、そうだなぁ、20分ほどしたら一旦味見してみるか――。たぶん大丈夫だとは思うけど、「魔力温熱台ホットプレート」の具合も見たいからね」


 そう言うとエルトはふわりと笑った。

 

 

 数分後、店内になんだか優しくおいしそうな香りが漂い始める。

 リーリャもミミもハンスもルーも、エルトが「いいよ」というのを心待ちにしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る