第46話 年終日と酒


――3! 2! 1! パン! パパン!


『新年! おめでとうございます~!!』


 カウントダウンと共に、クラッカーの音が鳴り響き、新年のあいさつが唱和された。


「エル! たのしいなぁ!」

と、ルーが大はしゃぎで叫びながら、まとわりついてくる。

 本当にコイツ、こうしてると全く子供だ。みんながこいつの正体を知ったら、どういう顔をするのだろうかと、思わなくもない。


「オーナー! ありがとうございます! お店を解放していただいて――」

とはリーリャさんだ。

「本当ですよ! こんなにみんなで年越しを祝えるなんて、このお店が無かったらできなかったですよぉ~」

とはミミだ。

「でも、「」ってなに?」

と言ったのはハンスだった。


「僕の知るで、年が変わることを、新しい年が「」と言うんだよ。つまり、新しい年が始まったって意味だね」

と、一応説明をしておく。


 今日は「大晦日」だった。

 この世界では「大晦日」とは言わないが。


 ことの発端は、リーリャさんの「お願い」からだった。


『オーナー、お願いがあるのですが……』

と言うリーリャさんの、いつもとは違った遠慮がちな物言いに少し戸惑いながらも、

『はい。なんでしょう。遠慮せずに言ってください』

と、返したエルトだった。


『実は、年終日の営業が終わった後、年替わりまで、ここを使わせていただけないでしょうか?』

『営業終了後、ですか?』

『はい。従業員の中には一人でこの街に住んでいる者もいます。希望次第ですが、みんなで年始祝いをするのはどうかって――』

『――いいですね! やりましょう!』

 

 というわけで、店が閉店後に、簡易パーティー会場が設営されたというわけだ。


「エル! 俺たちまで呼んでもらってすまないな!」

と、声がする。ギルマスのゲラルドだ。

呼んでないよ」

と、素っ気なく応える。

「まあ、そう言うなよ。ルーちゃんが楽しそうにパーティーやるんだって言いに来てくれたんだよ。あんなに楽しそうに言われたら来ないわけにはいかないだろう?」

「ええ、さすがにルーちゃんの招集に応じないわけにはいきませんから――」

と、ゲラルドに続いたのは冒険者ギルド書記官のヘルメさんだ。


(ルーちゃんさま、ってどういう呼び方だよ……)

とエルトは突っ込みそうになったが、二人で連れ立ってわざわざ来てくれたのだから、無碍むげに断ることもできない。それに、ちゃんと手土産まで持って来てくれている。


「おお!? おい、ゲラルド! コイツは格別だな! どこの酒だ!?」 

と、ルーが叫ぶ。

 一応みんなには、ゲラルドとルーもだとだけ伝えてある。

 ゲラルドは、

「へっ、だろう!? コイツはギルドで買い取った「トレジャー品」でな。俺も昔に一度飲んだことがあったんで、思わず個人的に買受けちまったんだよ。ほんと、運が良かったぜ、そいつら酒はやらねえぇんだとよ」

と返している。


 ったく、あっちの世界ならルーは、(見た目が)未成年だから飲酒なんてさせられないと言いたいところだが、こっちにはそもそもそういう法令はない。


 それもさもありなん。この世界には多種多様の種族が生活をしている。「年齢」で飲酒を取り締まることは困難だ。「見た目」ではその年齢を推し量ることが非常に難しいのだから――。

 それにそもそも飲酒を取り締まる目的は飲酒による起きるさまざまな「事故」から民衆を守るためだ。

 基本的に自己責任主義の原理が根付いているこの世界においては、それもまた自己責任の範疇と見ている。



 酒の販売に関してはあちらの世界(日本)ではいろいろと問題が多かった。

 実は日本では、酒を「買いたい」と申し出ること自体は法で禁止されていない。つまり、例え未成年であっても、酒を「買った」ことで罰せられるわけではないのだ。取り締まられるのは「売る」行為の方である。

 「買った」ものが罰せられず、「売った」ものが罰せられる。一見すると、あべこべのように聞こえるかもしれないが、これは別に間違ってはいない。


 エルトは昔、酒類販売の免許所持者が一定期間ごとに参加する講習会で、他の講習参加者がこういうのを聞いた。

『酒の販売を断った結果、その客が暴れて店のものが壊されたりとかしたら何か保証とかあるのですか?』

と。


 まあ、言いたいことがわからないわけではない。政府側としては、売るほうに「未成年に売るな」というばかりで、買う方には「なにも」言わない。ただ、「飲んではいけない」というだけである。

 つまり、「買ってはいけない」とは言ってないのだ。


 だが、この参加者の言いようは、やはり妥当ではない。先ほども言ったが、酒を売るには「免許」が必要になる。「免許」を持つものは持たないものより「特別な権利」を持つのだ。であれば、より重い「責任」が課せられるのは当然だ。


 結局のところ、その問いに対する回答は、

「そういったものはございません」

の一言だった。


 エルトはその回答者が、やや失笑するのを快くは思わなかったが、それはその方の「人となり」なのだろうから仕方がない。

 むしろ、しっかりとどうしてそうなのかを説明してあげるべきだったのではとも思う。


 いずれにしても最後は、

『そういうリスクを負うのが嫌ならば、酒類販売の免許を取らず、酒類の販売を諦めればいいだけ』のことなのだ。

 まさしくこれもまた「自己責任」なのである。



(まあ、とにかく今年はいろいろとあったが、ここまで店を続けてこれた――。これもみんな従業員さんたちのおかげだ。みんなが頑張ってお店を盛り上げてくれているから、やれてるんだ)


 エルトはこの日のこのみんなの楽しそうな笑顔を見て、こういう日になるよう頑張らねばと心に誓ったのだった。

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