第41話 『研修中』と先生


「――お願いします! このお店で働かせてください!」

そう言ってその青年は腰を真っ二つに折って頭を下げた。


「両親にはちゃんと話して許可をもらいました。父母は、それほどまでにお前が興味を惹くものなら経験してみるといい。ただし、やるなら学生の間は辞めることは許さんぞ? 中途半端な想いで仕事などできんのだからな、と釘を刺されました――」


と、そのホビット族の青年ハンス・エヴァートンが言った。


 前に一度面接をして、両親に話して許可をもらったらという条件を提示したミミの交際相手の青年だ。


「――わかったよ。君のその気持ちはどうやら本物だったようだね。ご両親がお許しであるのなら、こちらとしても特に断る理由はないからね。――ですよね? リーリャさん」

とエルトはリーリャさんに伺いを立てる。


「――はい、オーナーさえよければ私たちとしては新しい仲間が増えるのは歓迎です」

とリーリャさんも返答する。


「――じゃあ決まりだ。ハンス・エヴァートン君、採用だ。それで、いつから始められる?」

とエルトはハンスに告げる。


「いつでも構いません! なんなら、今からでも大丈夫です!」



 まあ、こんな感じだった。

 それから2週間、ハンスもようやく一通りの仕事を経験し基本的な動作は学んでくれたようだ。


 今も、レジ打ちをやってくれている。

 1週間ほどはリーリャさんやほかの先輩従業員が横についていたが、それももう卒業し、今では率先してレジ打ちに入るようになっている。


(初めの頃は先輩に促されないと入れなかったレジにも自然に入れるようになってきた。どうやら、とにかく第一段階は「卒業」出来たようだな――)


と、エルトはモニター越しにハンスの行動を見てほっと一息ついていた。

 コンビニエンスストアの仕事において、一番の難関は、実はこのレジ打ちであるとエルトは考えている。



 コンビニには多種多様な商品や、各種サービスの受付をほとんどすべてこの「レジ」で行うようになっている。

 訪れる客の要望は、単純に商品の購入だけではない。


 現在エルトの店で取り扱っているサービスは「あっちの世界」の店に比べればまだまだ少ない。

 それでも、配送便の荷物受け代行、冒険者ギルドへの依頼受付代行、各種税務支払い受付の3つの窓口業務も行っている。


(しかも、この世界じゃ、POSシステムなんか無いからな。全部手作業・伝票作業でやらないといけないから、結構手間がかかるんだよね――)


 残念ながら、この世界には「電信技術」が無い。

 まあ、それはそうだ。そもそも「電力」が未だに開発されていないのだから。


 「電気」自体を生み出すことは、実はそれほど難しいことではない。

 エルトもそのぐらいの基礎知識は持っている。

 しかし、この世界に来て「5年」。

 今では、それを作る事に意味をあまり感じていなかった。


 「魔法」――。

 この世界にはむしろ「あっちの世界」にはない無限の可能性を秘めた「技術」がある。


 街に「灯」はない。


 が、必要なところには「魔力灯」があるし、各家庭では主に「油灯ランプ」が使われていて、灯りの程度としてはそれは「電灯」のようにとまでは行かないまでも、充分に明るい。

 それこそ魔法の練習をして「光体ルミナ」や「光明ライト」という魔法を身につけることができれば魔法で明かりを生み出すことすら可能だ。


 「電信技術」が発達すればそれは大きな技術革新だろうということは、エルト自身もよく理解できている。

 が、この世界にはこの世界の発展過程があろうと言うものだ。むしろ、エルトとしては、この世界でこの条理の中でできることを模索していきたいと考えている。


(――それに、新技術や文明の発展というのはしばしば惨劇を生み出すしね)


 「あっちの世界」では結局そのたびに大きな戦乱が起きて世界中で多くの人命が失われるということを繰り返していた。製鉄技術からの戦乱時代、航海技術の発展による大航海時代、産業革命からの世界大戦など、細かいものまで上げれがキリがないほどだ。

 この世界ではそれが無い。ゆっくりと時間が流れているのだ。


 リーリャさんたちエルフ族の様な長寿種族などに話を聞くと、この数十年の間に世界の様相には大きな変革は無かったという。


『今も昔もほとんど何も変わりはありません。稀に魔族の隆盛が起きてきましたが、人類はいつも協力してこれにあたって対応してきました』


と、リーリャさんも言っていた。


 「魔族」――。

 これも向こうにはないこっちだけの「要素」だが、ある意味これがあることで人類は団結しているともいえなくもない。


『わしは長く生きてきたが、この世に不必要なものなど何一つないのじゃ。すべてが調和をもって相互関連性を持っておる。「魔族」もしかり。もし仮に「魔族」が完全に消滅すれば、新たな「脅威」が現れるじゃろう――』

と、エルトの魔法の師匠であった「あの人」も言っていた。


 先生とは1年ほどの関係だったが、ほんとうに多くのことを学ぶことができた。

 彼女には心から感謝している。


「おお!? ハンスさん! レジ打ちがスムーズなってきたじゃないですか! もうすぐ、『研修中』も卒業ですね!」

と、甲高い声が聞こえた。ルーだろう。

 ルーが言っている『研修中』というのはハンスの名札に付いている「肩書」のことだ。


 エルトの店では新入店員は皆、最初はその「肩書」を付けられる。

 そして、ある程度店舗の業務を習得した時点で、リーリャ店長の判断で「はずされる」のだ。


 たしかにルーの言う通り、ハンスの「肩書」が外れるのもここ数日のうちのことになるだろうと、エルトも見ていた。

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