第40話 少年と旅③
「わぁ……、なんて素晴らしい景色なんだろう……」
ウェッジはそれ以上言葉を紡ぐことができなくなってしまった。
周囲にはやはり同じようにここに訪れている者たちが十数名ほどいた。
今回の「一人旅」は弾丸ツアーだ。今日の早朝に家を出て、ある買い物をした後、馬車を使ってグランエリュートを発ち、昼よりも随分と前にはレシルアの町に入り、その足でここへと向かって歩いてきた。
なので、時間はまだ正午の少し手前だ。
目の前では滔々と水が流れ落ちており、ドドドドと断続的に響く水の音がまるで体の芯を打つように振動を伝えてくる。
滝壺から流れ出てゆく清流は、まさしく透明で水の綺麗さを一目で理解させる。
(さあて、わざわざここまで持ってきたんだ。時間もちょうどいいし、お昼にしよう――)
ウェッジは自分のナップザックから正方形の木箱を取り出した。ついで、紙でできているらしい四角い容器も取り出す。
木箱の方は
紙の容器の方は紅茶だ。今回はアップルティーを選んだ。りんごの風味を感じられる紅茶とか言っていたが、これも全く初体験だ。
「エンカーション!」の巻末記事に紹介されていたものをそのまま選んだ形だが、朝立ち寄った「
さあ、食べよう――。
周囲でもあちらこちらでウェッジと同じように木の幹の側や川のほとりの岩などに腰を下ろして食事を摂っている人を見かける。
レシルアの滝は、「エンカーション!」の巻頭記事になっているスポットで、基本的には護衛の必要もなく、「旅」初心者でも手軽に訪れることができる上に、見ごたえも充分というように紹介されていた。
記事の通り、ここへの道中には同じ道のりを行く町人たちも多く、魔獣や野獣にも遭遇することもなかった。
(本当にこんなに気軽に「旅」を味わうことができるなんて、これまで思っても見なかったなぁ……)
確かにレシルアの町からここまでの徒歩は約1時間ほどかかったので疲れが無いわけではないし、少し足に痛みも残っている。
しかし、この雄大な景色はそれを補って余りあるものだ。
なにより、自分の足で一人でここまでやってこれたという充実感の方が圧倒的に大きい。
(――ん! おいしい! りんごの香りが鼻に抜けて行くように爽やかで、程よい甘みを感じさせる……。ちょうど喉が渇いていたところにこの爽やかさは病みつきになるな……。お!? こっちの携帯食料のほうも結構な味だ! 冒険者セットとかいう商品名だから、適当に栄養のありそうなものを詰め込んでるだけかと思っていたが、どうして、しっかりとした味わいが感じられて、料理屋の味に引けを取らないぞ?)
ウェッジは夢中になって
そうして、紙容器のアップルティーも飲み干すと、それらをまた包みなおしてナップザックへしまい込む。
本来冒険者たちであれば、魔法使いの炎魔法や、焚火の火などで焼却処分するらしいのだが、もちろんウェッジにはそんな魔法は使えないし、また、たかだかごみの二つだけを焼却するためにここに焚火を焚くまでもない。
ウェッジはそのあと数分にわたってゆっくりと自然の息吹と流れ落ちる水音に体を浸すと、そろそろ腰を上げることにする。
(レシルアの町で一晩逗留するなら、もうしばらくはここにいられるけど、明日もまた仕事だから、今日中にはグランエリュートに帰らないといけない。名残惜しいけど、そろそろ帰るとしよう――)
ウェッジは立ち上がるともう一度滝壺の方まで寄って行った。
滝壺のすぐそばまでやってくると、さすがに水しぶきが降り注いでくる。季節はまだ暑いとはいえ、びしょ濡れになってしまうのはやはりまずい。
ふと、滝の上方を仰ぎ見て、「最後のお別れ」を告げると、くるりと向き直って歩み始めた。
(今度はもっとゆっくりと味わえるよう日程を調整してもいいな――。レシルアの町には湯屋もあるらしいし、湯に浸かって旅の疲れを癒したりとかもいいなぁ――)
などと考えながら、滝をあとにする。
「ごみの焼却、受けたまわりますよー。どうぞ、お気軽にお出しください~」
と、滝の見える広場の入り口辺りで声をかけるものがいた。
見たところ、どうやら駆け出しの魔法使いの冒険者のようだ。
「あ、もし、君。ごみがあったら引き受けるよ? 持ってないかい?」
と、ウェッジはその少年から声をかけられた。
「え? 僕? まあ、あるにはあるけど……」
「よろしければくださいませんか? 僕はまだ駆け出し魔法使いなので、ごみ焼却のギルド依頼を受けてるんです。報酬はギルドからいただきますので、一切不要です。それに、炎魔法の修練も兼ねてるんで、どうぞお気になさらず――」
「そうなんだね。じゃ、じゃあこれ――お願いしようかな……」
「あ、ありがとうございます! では、いただきますね。道中お気をつけてお帰りください!」
(なるほど……。そういう『依頼』もあるんだ――。冒険者ギルドっておもしろいところだな)
あの筋骨隆々で汗やほこりの匂いしかしないような、自分とは全く無縁だと思っていた
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