第39話 少年と旅②
ウェッジの前に並んでいた人たちがその雑誌を手に取るたびに歓声をあげている。
どうやら期待通りもしくはそれ以上の品物のようだ。
「うお! これはすごい! この周辺の『観光スポット』が目白押しだぜ?」
「おまえ、なに知ったかぶりしてんだよ? 『観光スポット』なんて言葉、今見て知ったばかりだろう?」
「ねぇ、この滝、本当に行けるみたいよ!?」
「えぇ! 本当に!? どのぐらい
などという声が聞こえてくる。
――これは、もしかしたら当たりかもしれないぞ?
と、ウェッジの心もその瞬間を待ちわびていた。
三人、二人と徐々に前に並んでいた人が減っていく。
充分に数を用意しているとは言っていたが、まさか自分の前で売り切れなんてことはないよな? と、心が
あと、一人――。
そしてようやくウェッジの番が回ってきた。
担当の店員はウェッジと同じ年代の少女だった。
「はい、お待たせいたしましたぁ~。一冊でよろしいですね?」
と、やや甲高い声でウェッジに問いかけてきたその声は、さっき店内に呼びかけていた声と同じものだった。
「え、ええ。一冊です――」
「はい、こちらです! レシルアの滝以外にもおすすめスポットが満載ですよ? もしご旅行の際は当店の品物もよろしくです!」
と、まったく自然に店の宣伝まで付けてくる。が、その笑顔から本当に楽しそうに仕事をしていることが伺えて、嫌な気分はしない。
「あ、ああ、はい。ありがとうございます」
と、思わずウェッジも返してしまう。なんで、自分が「お礼」を言ったのかと誰かに問われたら答えに窮しただろう。
そのぐらい自然にこぼれた言葉だった。
それでもどうしてかと聞かれれば、それはおそらく彼女の笑顔のせいだと答えるしかないだろう。それほどにいい表情だった。
ウェッジは「エンカーション!」の創刊号を脇に抱えてそそくさと店を出た。
すぐにでも開きたい衝動に駆られるが、読み始めたら時間を忘れてしまう質である自分にとって、外で本を拡げるのが得策ではないことを承知している。時間も時間だ。じきに日が暮れて読むのに明かりが足りなくなるだろう。
ウェッジは足早に自室へと戻ると、さすがにここまで我慢してきたものが一気に解放される気がして、覚束ない手で包み袋を破いた。
はたして、あのポスターと同じ「レシルアの滝」が表紙に印刷されている本が顔をだす。
(なんて綺麗な本なんだ。それに、軽い。確かにページ数とかは物語や小説などに比べるべくもないけど、表紙にこんな「投影画」が付いているだけで、もう充分に価値があるじゃないか。よくこんな値段で作れたな――)
「投影画」が魔法で作られることぐらいはウェッジも知っている。
総じて魔術師の手による仕事というのは結構お高くつくものであるというイメージを持っていただけに、こんなに安く「投影画」を手に入れられるだけでも充分に価値があると思う。
さて、中身は――。
(素晴らしかった――)
それが初めに出た言葉だった。
投影画がふんだんに差し入れられているこのような「本」は完全に初体験だった。
ウェッジは結局表紙を開いてから一気に巻末まで読みふけってしまった。
これは次号も相当期待されるに違いない。もしかしたら、今日この本を手に入れられたのはとても幸運だったかもしれないとさえ思える。
「エンカーション!」というタイトル通り、内容はと言えば、簡潔に言えば、観光地や名所、自然豊かな景色など、「旅」の目的地としてふさわしい場所の紹介が主体のものだった。
しかし、そのどれもがこのグランエリュート近郊に位置しており、遠くても一泊ほどすれば行って帰ってこれる距離の範囲内に限られている。
しかも、この情報源は冒険者ギルドの冒険者が収集しているもので、彼らが旅先でふと目にした雄大な自然や、奇妙な岩、清流湛える湖沼などの情景豊かな場所ばかりだ。
つまり、冒険者でなくても冒険者気分が味わえる場所が盛りだくさんだった。
そしてありがたいことに、そこへのアクセスや道中の注意点、
そして、かなりの確率で魔獣や野獣の類いとは遭遇しないという、冒険者たちのお墨付きも付いているため、基本的には安全な場所しか紹介していないとも記載されている。
(これなら僕でも――)
――「旅」ができるかもしれない。
と、確かにそう思わせる記事の内容だった。そして何よりも、そんなに安全安心に手軽に「旅」ができるのなら、次の休暇にすこし行って見ようかと思わせるぐらい魅力と臨場感にあふれる紹介記事に心から感動した。
(買ってよかったな……。次号も楽しみだけど、次はいつ出版なのだろう?)
と、巻末の予告記事を見ると、どうやら隔月刊という事らしい。
今回の記事に紹介されていた個所は、全部で5つだった。
そして、最後の方にあの店の商品が紹介されている。
(ああ、あの紙容器に包まれていた食料のことか――。ふうん、これは一度味見しておいてもいいかもな……)
翌日、ウェッジは再度「
入り口にはあの雑誌のポスターが大きく掲げられていたが、昨日と少し様子が違った。
『完売御礼!! 次回入荷は今週金曜の予定です! しばらくお待ちください!』
と、そのような張り紙がついていた。
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