第38話 少年と旅①


 新ジャンル書籍、雑誌「エンカーション!」が本日発売されるという情報を、昨日、ウェッジはたまたま知ることになった。


 ウェッジはこの街に住む人間の少年だ。

 

 「エンカーション」という言葉はなんでも「小旅行」といういみらしい。

 というのは、そのポスターに書かれていたことだ。

 

(旅、かあ――。小説や物語なんかでは冒険者や英雄が険しい山々や極寒の大地を行くさまを読むけど、僕には到底そんなことは出来ないな……)


 これまで書籍と言えば、冒険者が扱う「呪文書」や、専門家が扱う「専門書」、もしくは装丁の分厚い高価な「物語」や「小説」だった。

 そのどれもが高価なもので、一般市民が手を出すにはなかなかにハードルの高いものだと言えた。


(でも、広告ポスターではその本の金額はそんなに高くなかった。旅には行けなくても、そんなに高い買い物じゃなくって、近所の名所を知ることが出来るのならそれも一興かも――)

と思い直し、取り敢えず一目見て、買うかどうかを決めようと思ってこの店やって来たのだが――。


 ――なんだこの店!?


 これがウェッジの第一印象だった。


 店の中には千差万別ありとあらゆるものが並べられている。見たこともない箱に入った菓子、見たこともない容器に入った食料。それだけではない、普段使う調味料の小瓶や袋、かと思えば、木づちや小型ナイフ、呪術道具やポーション類、呪文書まで置いてあるではないか。


 ――これが、「コンビニエンスストア」!?


 いや、確かに噂には聞いていた。

 しかし、自分にはこれまであまり無縁の店だと思っていたため、足を運んだことは無かった。


 今日ここに来たのもたまたま偶然のことだ。


 ウェッジは昨日、今務めている八百屋の用事で冒険者ギルドへ訪れたのだが、その時にホールに掲示されていた大きな紙(ポスター)に目を奪われた。

 それが、新雑誌「エンカーション!」の告知広告だったのだ。


 ウェッジは冒険者たちというのがどうも苦手だった。

 この日も、親方から冒険者ギルドに届け物を頼まれたから来たのであって、自分から進んでこんなところに来る用事など全くない。

 この人たちと自分では「住む世界」が違うとさえ思っていた。


 ウェッジ自身は、幼いころからそれほど活発ではなく、体力も周囲の同年代の子供たちよりは若干劣っているように思っていた。

 そんなウェッジにとって、冒険者とは競技者アスリートと同義であり、自分には到底入り込めない世界だと規定している。


 実際、冒険者ギルドで見かけた人たちの身体は、総じて大きくしなやかで、力強く見える。背格好的には自分と大して変わらないホビット族にしても、明らかにたくましく敏捷そうに見えるのだ。


 ――やっぱり、この人たちと自分は違う。僕はせいぜい物語や小説の中で旅をする程度が関の山だ。


 結局はそう思ってしまった。


 そんなとき、その広告ポスターを目にしたのだった。

 ポスターに映し出されていたのは落差の大きな水量充分の滝だった。


 まるで、物語の一場面に登場しそうなほどに荘厳で神秘的な光景である。


――へえ、こんな滝がこの街からそう遠くないところにあったんだ……。


 だが、まあ、自分は到底そこに行くことは出来ないのだろう。こう言った神秘的な場所というのは、結構自然の秘境の奥地に存在しているものだと、物語のなかでは定番の設定だ。


――え? なに? どういう事!?


 ウェッジはそのポスターの中にある一言に目を疑った。


「この神秘的な滝に一般の方でも誰でも行ける方法をお教えします!! 詳細は掲載記事にて、乞うご期待!!」


 広告に記載されているその「雑誌」とかいう書籍の金額はたいして高くない。ウェッジの少ない給金であっても、購入しても生活に支障をきたさない程度のものだ。


 本当だろうか?

 本当に、誰でもそこへ行けるのだろうか?


(発売日は――。明日じゃないか! なになに……、店頭販売は夕方16時から――、初回販売分は充分に用意してございますが、売り切れの場合はご容赦ください――か)


 そして結局気になって、この店にやって来たという訳だった。



 ところで、その雑誌は――。

 と、思っていたところだった。時間はちょうど16時だ。一応売り切れては何もならないと、時間を合わせてはきたのだが、見たところ店内にはまだそれらしきものは並んでいなかった。



「たいっへん、お待たせいたしました!! 雑誌「エンカーション!」これより販売開始いたします! ご希望のお客様は、特設レジの方へとお並びください!!」


と、少し甲高い女性の声がする。


「おお! やっとか!」

「待ってたわよ~」

「おい、とにかく並ぼうぜ!」

と、店内にいた購入客らしきものたちが動き始める。


 ウェッジもその流れに身を任せて、その人たちと一緒に列の一部となった。

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